安保3文書の運用で鍵となる「政策の統合」と「国力としての技術力」

執筆者:相良祥之 2023年1月6日
タグ: 岸田文雄 日本
エリア: アジア
内閣府の「K Program」、総理主催の「CSTI」など、振興技術の開発支援プログラムを連携させることも必要だ[宇宙開発戦略本部の会合で発言する岸田文雄首相(左から2人目)。同3人目は高市早苗宇宙政策担当相=2022年12月23日](C)時事
3文書改定は外交・防衛のみならず経済安全保障、サイバー、海洋、宇宙、エネルギー、食料といった多元的な安全保障政策を「高次のレベルで統合」する指針を明確にした。ただし、日本の国力の重要な要素である「技術力」について、「民生用か、安全保障用か」という非現実的な議論の呪縛を解くという課題が残っている。

   日本は太平洋を背に、中国、北朝鮮、ロシアという3つの核保有国を前にし、民主主義国家と専制主義国家の対立の最前線に位置している。同時に、インド太平洋地域は世界の人口の半数とGDP(国内総生産)の約6割を擁し、世界経済の成長エンジンである。地政学的競争が激化するなか、日本はいかにして平和と安全、繁栄、国民の安全、国際社会との共存共栄など自らの国益を守っていくべきか。いわば、荒れ狂うインド太平洋の海で、日本はどう生き延びていくのか。2022年12月16日、岸田政権が閣議決定した安全保障3文書は、その荒れ狂うインド太平洋における航海の海図となるものである。

防衛力の統合から「総合的な国力」の統合へ

   戦略に求められる要素とは、脅威を分析したうえで、守るべき国益を明確にし、目標(ends)を設定し、とるべき政策のアプローチを手段(means)と方法(ways)として示すことである。新しい国家安全保障戦略は、日本が「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のただ中にある」という国際情勢認識に基づき、「国家の対応を高次のレベルで統合させる戦略が必要」であるとの視点に立ち、旧戦略と比べ国益や安全保障上の目標をより明確にし、反撃能力の保有など新たなアプローチを示した。また目標達成のための手段として、外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力の5つを束ねた「総合的な国力」を活用すると明記した。さらに昭和51年(1976年)に防衛計画の大綱が策定されてから46年、政府は国家防衛戦略を初めて策定した。安全保障に関する国家戦略の体系化が進んだと言えよう。日本の安全保障政策にとって歴史的な転換点である。

   2013年12月、第二次安倍政権は史上初の国家安保戦略を策定し、あわせて防衛計画の大綱(25大綱)を定めた。25大綱は陸・海・空の統合機動防衛力の構築を、さらに2018年の30大綱では宇宙・サイバー・電磁波といった新領域を含めた多次元統合防衛力を構築することとした。政府はこうして統合運用体制の整備を進めてきたが、はたして有事に、自衛隊を真に統合して運用できるのか、という懸念が提起されてきた。こうした中、2021年に発足した米バイデン政権統合抑止(integrated deterrence)を提唱し、あらゆる領域、戦域、紛争の烈度において、米国の全ての国力に加え、同盟国や同志国とのネットワークもフルに動員して、中国をはじめとする脅威を抑止する、という方針を掲げた。自衛隊は統合運用の実効性を高めつつ、統合抑止を旗印に掲げる米軍とともに、日米共同運用のオペレーションを、より一層、進化させる必要がある。

   そのため今回の国家防衛戦略は、常設の「統合司令部」創設を定めた。これまで有事となれば自衛隊はその都度、統合任務部隊を編成する必要があった。東日本大震災では東北方面総監を指揮官とする災統合任務部隊が編制された。今後は平素から統合司令部が一元的に部隊運用を行い、有事となれば統合司令部の長である統合司令官が部隊を指揮し、統幕長は防衛大臣や総理など政務の補佐に徹する、という体制が見込まれている。

   このように防衛力の統合は着実に進んできたが、今回の安保3文書で重要なことは、統合が防衛力に留まらなくなった、という点にある。岸田文雄総理は3文書の閣議決定後の記者会見で「防衛力だけでなく、総合的な国力を活用し、我が国を全方位でシームレスに守っていきます。このため、海上保安庁の能力強化、経済安全保障政策の促進など、政府横断で早急に取り組みます」と明言した。

   日本の国益を守り抜く。その手段として総合的な国力を統合するというアプローチが、「国家の対応を高次のレベルで統合させる」最上位の戦略である国家安保戦略で明記された。

経済安全保障という新機軸

   その国家安保戦略の新機軸として盛り込まれたのが、経済安全保障である。ポイントは以下のとおりである。

   第一に、経済安全保障を「我が国の平和と安全や経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を講じ確保すること」と定義した。これは自民党が2020年12月に発表した「『経済安全保障戦略』策定に向けて」における定義を修正した表現になっている。2022年5月に国会で成立した経済安全保障推進法、そして同年9月に閣議決定された基本方針(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針)のいずれも、経済安保の定義付けを行ってこなかった。

   第二に、経済安保政策のアプローチは、おおむね既存の政策体系を踏襲したものとなった。国家安保戦略は、我が国の自律性を向上し、優位性、不可欠性を確保すべく、サプライチェーン強靭化、重要インフラ、先端重要技術に関する措置に言及した。そのうえで、「セキュリティ・クリアランスを含む我が国の情報保全の強化の検討」を進めると明記した。

   第三に、経済安保政策について、「取り組んでいく措置は不断に検討・見直しを行い、特に、各産業等が抱えるリスクを継続的に点検」することとした。政府は安定供給を確保すべき重要物資の特定を進め、2022年12月20日、抗菌薬、半導体、蓄電池、重要鉱物、工作機械など11物資を政令で指定した。このプロセスで各省庁が実施したのが、サプライチェーンの全体像や脆弱性を把握する調査――サプライチェーン・マッピング――である。経済安保をめぐる脅威はダイナミックに変わるため、リスクは「継続的に点検」し、措置も「不断に検討・見直」すことが肝要である。

   第四に、経済安保と密接不可分なサイバーセキュリティについて、「サイバー安全保障分野での対応能力の向上」を掲げた。対応能力を欧米主要国と同等以上に向上させるべく、能動的サイバー防御を導入し、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を発展的に改組し、サイバー安全保障分野の政策を一元的に総合調整する新たな組織を設置する。この政策の対象は、国のみならず「重要インフラ等」の安全等となっている。これは経済安保推進法で取り組む、基幹インフラ役務の安定的な提供の確保と、直結している。サイバー攻撃を仕掛けてくる、あるいは、その兆候が見られるサーバを検知するためには、国内の通信事業者の情報も必要となる。経済安保政策とサイバー安保政策を統合するため、法制度整備や運用強化がこれから課題となる。

   第五に、「エネルギーや食料など我が国の安全保障に不可欠な資源の確保」は、「経済安全保障政策の促進」と別のセクションで論じた。書きぶりからは、エネルギー安全保障は経済産業省や資源エネルギー庁、食料安全保障は農林水産省が主管省庁として想定されているように見える。しかし、いずれも経済安全保障担当である高市早苗大臣の担務である、特定重要物資の安定供給確保と重なる。特定重要物資には天然ガスや肥料が候補にあげられている。

   改めて2013年の国家安保戦略と比べてみると、国力や国益の拡がりとともに、アプローチとしての安全保障政策の対象も拡大したことがわかる。優先順位も変わった。旧戦略でとりあげられた国際平和協力や人間の安全保障は、新戦略でトーンダウンした。地政学的競争が激化し、日本を取り巻く安全保障環境が変わったことによる変化なのであろう。

   これからの3文書の運用では、外交、防衛のみならず、新機軸である経済安全保障、そしてサイバー、海洋、宇宙、エネルギー、食料といった多元的な安全保障政策の統合が求められる。

国力としての技術力に不可欠なマルチユース技術と社会実装力

 総じて言えば、国家安保戦略は高く評価されるべき文書となった。

   一方で、取り残された課題もある。最大の課題は、技術力をめぐる指針である。

   新戦略が「総合的な国力」を構成する要素に技術力を含めたこと自体は画期的なことであった。その技術力について、有識者からもイノベーティブな概念が提唱された。岸田総理は2022年9月から11月にかけ「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」を開催した。有識者会議の報告書は、「最先端の科学技術の進展の速さは、これまでの常識を遥かに超えており、基礎研究の成果がすぐに実用技術で展開されるようなケースが増えている」とし、次のように論じた。「先端的で原理的な技術は、ほとんどが民生でも安全保障でも、いずれにも活用できるマルチユースである。言い換えれば、民生用基礎技術、安全保障用の基礎技術といった区別は、実際には不可能になってきている」。

   ここで注目すべきは、マルチユース、つまり技術の多義性である。

   これまで技術をめぐっては軍民両用のデュアルユースの是非が問題となってきた。それは民生か安全保障かという二項対立での議論を惹起し、時として先鋭化した論争を巻き起こしてきた。マルチユースは、そうした議論を過去のものとし得る、包摂的で、知的にイノベーティブな概念である。それは重要新興技術をめぐる最近の動向にも合致している。たとえば、火災報知器がビルや住居、オフィス、工場、軍などで幅広く使われるように、CBRN(化学・⽣物・放射性物質・核兵器)脅威の検知技術は、産業、防災、治安、防衛など様々な分野で活用できる。

   国家安保戦略は「技術力の向上と研究開発成果の安全保障分野での積極的な活用のための官民の連携の強化」について指針を定めた。そして、内閣府が所掌する経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)を含む研究開発の成果を、安全保障分野へ積極的に活用すると記した。5000億円規模のK Programは無人航空機(UAV)、衛星通信、AI、量子、ロボット工学、先端センサー、バイオ領域などの重要技術を支援対象とする。いずれも民生や防衛のみならず、防災、治安などマルチユース技術としての可能性を秘めている。

   興味深いことに、3文書では、国家防衛戦略が有識者会議の提言を受け止め、マルチユースに言及した。しかしそれは「装備化に資するマルチユース先端技術を見出し、防衛イノベーションにつながる装備品を生み出すための新たな研究機関を創設する」との指針であり、あくまで防衛技術基盤の強化という文脈である。そこには、GPSのように、防衛分野で開発された先端技術を、民間や防災、治安など、マルチユースに還元させるという発想は見られない。

   本来であれば、マルチユースという包摂的な概念は、最上位の国家安保戦略にこそ書き込まれるべきであったろう。その意味で3文書は、民生か安全保障かというデュアルユースの呪縛から逃れることができなかったとも言える。

   今後は3文書の運用において、内閣府が進める経済安保のK Programや、総理主催の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が推進する科学技術政策と、防衛省・自衛隊が進めていく防衛基盤技術の強化について、政策を統合していくことが必要である。国による新興技術の開発支援政策を「高次のレベルで統合」していかなければ、支援の分散、重複、逐次投入につながりかねない。

   海外に目を転じれば、日本にとって「これまでにない最大の戦略的な挑戦」である中国は、「科学技術の自立自強」を掲げ、米国、日本、欧州など西側諸国にチョークポイントを握られている技術とサプライチェーンの内製化、そのためのイノベーション推進に躍起になっている。

   これに対し米国は、自らの国力の源泉が経済力と技術的優位性にあると考えている。バイデン政権が2022年10月に策定した国家安保戦略(NSS)は技術のセクションに1ページ以上を割き、「技術は、今日の地政学的競争、そして国の安全保障、経済、民主主義の将来にとって中心的な存在である」と力説した。

   国の存亡が、新興技術にかかっている。そうした切迫した危機感は、残念ながら日本の国家安保戦略からは伝わってこない。

   新型コロナは日本で5万8000人以上の国民の命を奪ってきた。そのコロナ危機の初期、日本はPCR検査とmRNAワクチンについて優位性のある技術を持ちながら、社会実装できなかった。日本のある企業は全自動PCR検査機器を開発していた。日本でPCR検査の目詰まりが指摘されていた2020年3月頃、この検査機器に飛びついたのは日本政府でなく、フランス政府だった。また2015年頃から日本で進んでいたmRNAワクチンの研究開発も、国から臨床試験の予算が得られず途中で打ち切られ、国産mRNAワクチン計画は頓挫した。その結果、日本は2.4兆円をかけて海外からワクチンを調達することになった。

   米中が新興技術をめぐって覇を競うなか、日本は、アカデミアやスタートアップ企業が有望なマルチユース技術を持っていても、社会実装まで仕上げることができていない。

   日本の技術力には、社会実装力が欠けている。その現実を直視しなければ、科学技術の研究開発にどれだけ国費を投じても、有望なイノベーションを創出し、国益を発展させることにつながらないのではないか。

荒れるインド太平洋を生き抜くために

   国家安保戦略は、「国家としての力の発揮は国民の決意から始まる」ことを強調した。戦後日本の安全保障にとって大きな転換点となった3文書は、1年間におよぶ政府横断、そして有識者や財界も交えた政官財学での議論の結晶である。

   戦略は、政策当局のオペレーション(作戦)と戦術と組み合わされることで、現場で実践されていく。国民の決意を引き出すため、安全保障政策の統合が、これからますます重要となる。

   その鍵を握るのが技術力である。

   天然ガスを冷却して液化し、船に積み、輸入して電力を供給するLNG(液化天然ガス)発電。その社会実装に世界で初めて成功したのは日本であった。日本は1969年にアラスカからLNG輸入を実現し、1970年にはLNGを燃料にした火力発電に成功した。そして1970年代、日本は石油危機で原油輸入の中東依存という課題に直面した。それを克服するため日本は東南アジアや豪州へ、太平洋を渡ってLNG確保に奔走した。いまやLNGは日本の発電の約4割を占めるに至った。

   荒れるインド太平洋を生き抜くため、日本には安保3文書という海図とともに、技術が要る。日本がLNG発電というイノベーションを社会実装したように、スタンド・オフ防衛能力を活用した反撃能力も、無人アセット防衛能力も、技術を社会実装させねば、国力とならないのである。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
相良祥之 公益財団法人 国際文化会館 アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員。1983年生まれ。研究分野は外交・安全保障政策、経済安全保障、制裁、国際紛争、健康安全保障。民間企業、JICAを経て国際移住機関(IOM)スーダン(2013-2015)、国連事務局政務局 政策・調停部(2015-2018)、外務省アジア大洋州局北東アジア第二課(2018-2020)で勤務したのち現職。著作に『新型コロナ対応・民間臨時調査会(コロナ民間臨調)調査・検証報告書』(共著、2020年)など。国連ではニューヨークとスーダンで勤務しアフガニスタンやコソヴォでも短期勤務。東京大学公共政策大学院修了。ツイッター:https://twitter.com/Yoshi_Sagara
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