台湾近海「中国軍事演習」から見えてくる「日本漁業」の窮状

執筆者:佐々木貴文 2022年9月15日
エリア: アジア
中国の軍事演習で浮き彫りになった日本漁業の実態とは(写真はイメージです)
中国の軍事演習で八重山の漁民は衝撃と経済的損失を受けている。漁業衰退が前提になってしまった状況を映し、このニュースもさほどの関心を呼ばないが、国境域住民の生活は国土の安定に直結する。「国境産業」としての漁業の重要性を安全保障から捉え直す必要がある。

午前4時、航行警報発表

 2022年8月3日の午前4時、海上保安庁は「日本航行警報」を発表。日本の西端、八重山諸島(石垣市・竹富町・与那国町)の沖合や台湾南部に警報区域を設定した。ナンシー・ペロシ米下院議長が台湾を訪問したことに対抗する、中国の「重要軍事演習」に合わせての設定であった。

 中国の「重要軍事演習」は、投入された火力の大きさもさることながら、実施された区域が、これまでより地理的にかなり踏み込んでいたことで注目された。台湾海峡の中間線を無視、さらには台湾の主張する「領海」をも一顧だにしない姿勢を見せつけたのだ。

 そして、日本として何より問題であったのは、波照間島のすぐ沖合に設定された演習区域が、日本の排他的経済水域(EEZ)とかなりの部分で重複していたことだ。もちろん、別の演習区域が、与那国島沖合60キロメートルほどの日本のEEZ境界付近に到達していたことも看過できなかった。

 今回の「事件」は、ウクライナ侵攻を後景に、北方領土問題やエネルギー資源問題、漁業問題などで日本に揺さぶりをかけてくるロシアの存在がクローズアップされる中での出来事であり、日本を取り巻く国際環境が、北から南まで全方位的に厳しさを増していることを国民に痛感させるものとなった。

初めてのミサイル「落下」

 海上保安庁によって航行警報が出された翌日、厳しい国際環境がより浮き彫りになる。防衛省は、8月4日の午後3時から4時過ぎにかけて中国軍が9発の弾道ミサイルを発射、そのうちの半数以上となる5発が日本のEEZ内に「落下」したと発表した(防衛省「中国弾道ミサイル発射について」令和4年8月4日)。これは、中国のミサイルが日本のEEZに「落下」した初めてのケースでもあった。

 防衛省は控えめに「落下」が「推定」されるとしたが、5発は浙江省や福建省の沿岸から発射され、500~650キロメートル程度飛翔し、「波照間島の南西に設定されている訓練海域内の我が国EEZ内」に「落下」したと詳報した。また、残り4発のうち1発についても、福建省沿岸から発射され、与那国島の沖合に到達したと推定した。

 中国が海洋進出を活発化させ、台湾海峡危機のリアルがかまびすしく語られるようになる中での出来事だっただけに、2022年3月24日に北朝鮮が発射した新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)が青森県沖約150キロメートルの日本のEEZ内に「落下」した際よりも、波紋は大きかったように思われた。

出典:防衛省「中国弾道ミサイル発射について」(令和4年8月4日)

難儀する八重山の漁業者

 海上保安庁の航行警報を受け、水産庁も3日、「漁業安全情報」を発出。全国の漁業団体や沿岸39都道府県の水産主務課などに向け、「関係漁船に対する注意喚起」を求めた。

 当然、矢面に置かれる沖縄県漁業協同組合連合会(那覇)にも至急電は届く。そして4日の中国によるミサイル発射とEEZ内への着弾。沖縄防衛局からも情報提供を受けていた沖縄県漁業協同組合連合会は、県内各地の構成36漁業協同組合に向けて注意喚起を行うとともに、県漁業無線局に操業中の漁船にも周知するよう要請した。

 艦艇や軍用機の展開で海や空が騒がしくなる中、台湾から111キロしか離れていない日本最西端の与那国島も重苦しい雰囲気から逃れることはできなかった。航空機の轟音を耳にした者や、艦艇の影を目にした漁業者もいた。

 与那国町漁業協同組合は5日、臨時理事会を開催し、所属する漁業者に8日までの操業自粛を呼びかけざるを得なかった。コロナ禍の最中とはいえ、魚価が期待できるお盆前、そして観光シーズン真っ只中の繁忙期に沖に出られないストレスは計り知れず、苦渋の決断であった。

 この時期、高級魚であるマチ類(ハマダイやアオダイなど)の「濃い魚群」に遭遇できれば一日20万円もの水揚げがある。漁協の苦しみは漁師の苦しみとイコールであった。

 石垣島にある八重山漁業協同組合もやはり、演習区域が漁業者たちにとって大切なマチ類の優良漁場から60キロメートルしか離れていなかったことや、演習区域がマグロはえ縄漁業の漁場そのものであったことから、小さくない衝撃を受けた。

 8月9日に、沖縄県漁業協同組合連合会と漁業協同組合長会が連名で、沖縄県知事に対し、ミサイル落下は「沖縄県漁業者の生命・財産を脅かし、操業に強い不安と深刻な懸念を抱かせる許し難い行為」であると断じ、「沖縄県においては、本県漁業者の安全操業確保のため万全の措置を講ずることを、政府に強く申し入れ、中国側による、このような行為を2度と繰り返さないよう、引き続き厳しい姿勢で臨まれる」ことを要請したのは、自然な成り行きといえた。

漁業者の不安の声が届かない理由

 しかし、かかる沖縄県漁業者の苦しみと知事への要請行動に気を留めた国民はどれほどいただろうか。残念ながら、こうした漁業者の声を、日本政府や国民に伝えるのは簡単ではなくなっている。声が伝わりにくくなる「構造」が徐々に形成されてきたからだ。

 それは「構造」というほど大袈裟なものではなく、シンプルに漁業の縮小、漁業就業者の減少が進んできたことによる。

 例えば、日本の漁業経営体数・漁業者就業者は、今年50周年の節目を迎えた沖縄本土復帰(1972年)以降だけをみても、23万2302経営体・51万727人(1973年の第5次漁業センサス)から9万9067経営体・15万1701人(2018年の第14次漁業センサス)へと減り、同じ期間に就業者の高齢化率は8.4%から38.3%へと逆に大きく増加した。

 漁業生産量も1984年の1281.6万トンをピークに漸減、2021年は417.3万トンとなった。半世紀で半減どころではないレベルで、日本の海上産業の規模が縮小してきたことがわかる。

 これだけ縮小すれば、その声は相対的に小さくなり、日本政府や国民に届けることは容易ではなくなってくる。政治を動かす力も同様だろう。しかし漁業者は、周縁海域で、すなわち島国である日本において「国境」で産業を守る者たちでもある。漁業者が発する不安の声は、すなわち日本の「国境」が「不安定」になっていることを意味すると理解したい。

国境線で日本の産業が消えて行く

 日本漁業全体が縮小するなか、八重山諸島(石垣市・竹富町・与那国町)の漁業もその例に漏れない。各種の振興策や地域人口の堅調な推移、陸地面積の小ささなどを要因に、八重山諸島全体でみれば漁業はまだ善戦しているといえるが、漁業経営体数・漁業者就業者は、553経営体・817人(1973年の第5次漁業センサス)から276経営体・361人(2018年の第14次漁業センサス)へと、やはり小さくない減少幅をみせている。

 竹富町では同期間に176経営体が22経営体に、277人いた漁業就業者は39人となった。与那国町では56経営体が33経営体に、80人いた漁業就業者は22人となった。国勢調査では、八重山諸島の人口は増加トレンドを維持している。最近は、補助事業のお陰で沖縄県の漁業には後継者の姿も散見されるようになっているが、より周縁部にある島では厳しい現実が続く。

 以西底びき網(政令で定められた東経128度29分53秒以西の漁場において、二隻一組の漁船で網をひいて操業する漁業)や大中型まき網といった日本の東シナ海漁業が縮小するなか、九州などから周縁海域にやってくる漁船も減っている。離島漁業の縮小は、国境域で日本の産業が徐々に消えていっていることを意味しており、寂寥感が漂うだけではすまない厳しい現実を表している。

 
 
 

 

話題にもならないことの深刻度

 日本の「国境産業」が衰退し、今以上にスポンジ化が進行すれば、現段階でもそうであるように、おのずと政府や国民の漁業への関心は薄れていく。安全保障上の顕著なリスクが浮上しなければ、議論の俎上にもあがらない。

 リスクが存在したとしても、漁業勢力が失われていけば漁業権益を確保しようとする根拠(意欲)は失われる。事実、日本にもロシア・ウクライナ戦争の影響が色濃く出始める中、ロシア外務省は2022年6月、「北方四島周辺水域における日本漁船の操業枠組み協定」に基づく安全操業事業(協定の履行)を「中断」するとしたが、影響は限定的とされ日本国内でそれほど大きな騒ぎになることはなかった。

 また水産庁も同月、「日ロさけ・ます漁業交渉」に基づくロシア側200カイリ水域での日本漁船の操業条件交渉は「本年の実施を見送る」としたけれど、1995年に2万8200トンあった割当量が、直近では試験操業との位置づけで125トンに激減していたことから、こちらも波風が立つことはなかった。

 東シナ海でも、中国の漁業勢力の拡大などがあって、日本の底びき網船団やまき網船団は打撃を受けてきたが、もう「過去」のこと、今さら話題にもならない。

 

東シナ海のEEZは「境界が未画定」

 漁業権益喪失の背景は単純ではないが、EEZの相互未承認問題は見過ごすことができない。

 今回、日本政府は、中国の軍事演習指定海域に日本のEEZが含まれ、ミサイルも「落下」したことに当然ながら反発した。松野博一官房長官は8月5日午前の記者会見で「わが国の安全保障、及び国民の安全にかかわる重大な問題であり、昨日、外交ルートを通じて中国の行動を強く非難し、抗議をするとともに、軍事訓練の即刻中止を求めた」とした。

 一方、中国外務省は日本が主張するEEZを「受入れない」としており、軍事演習の正当化に余念がない。日本政府もそうした中国側の主張があることを知っているので、上記の官房長官会見でも以下の通り、わざわざ説明して見せた。

 官房長官はまず、「国連海洋法条約の関連規定及び国際判例に照らせば、向かい合う国との間で排他的経済水域の権限が重複する水域において境界を画定するにあたっては、中間線を基に境界を画定することが解決になるとされています」とし、いわゆる等距離・中間線原則を主張したのである。

 そして「こうした前提に立ち、わが国は東シナ海を含め、境界が未画定な海域では少なくとも中間線から日本側の水域において、わが国が主権的権利及び管轄権を行使できる、との立場に立っております」と述べて、東シナ海のEEZは「境界が未画定」であることを認めつつも、重ねて等距離・中間線原則に基づく日本の権益を主張したのであった。

 軍事演習に関しても、「今般、中国側が一方的に設定した訓練海域には、中間線の日本側水域、すなわち日本の排他的経済水域を含んでおり、中国側の主張はまったくあたらないと考えております」として釘を刺した。

 ただ、だからといって中国との溝(EEZの相互未承認問題)が埋まることはない。

漁業維持が「国境」安定化につながる

 沖縄本島以西の「防衛の空白地帯」は埋められつつあり、与那国島など南西諸島への自衛隊の配備といった、西方重視の防衛政策の着実な進展はうかがえる。この点、日本の国境を守ろうとする意思は外に向けて発信されていると言えるし、普通、防衛の意思が示された領域に他国は簡単に手出しすることはできない。抑止力が存在することの意義は小さくないといえよう。

 しかし、防衛力は不可欠であるとしても、それだけで国境域住民の「暮らし」を維持することができるのかは考えなければいけない点だろう。そこに人々の「豊かな営み」が築かれることで国土としての安定性が増すことは、無人島である尖閣諸島の不安定性を指摘するまでもない。

 八重山諸島に限らず離島域であれば、営みの根拠となる産業の一つが「漁業」であることは間違いない。漁業は日本の「国境産業」なのだ。そして海の産業として漁業は、海そのものを生産の場とすることから、否が応でも「国境産業」の中核を担う。

 しかし一方で、東シナ海のEEZは「境界が未画定」であることから、中国や台湾の漁船団の前で日本の漁業者は立ち往生し、退場を余儀なくされてきたのも事実である。外国漁船だけではない。今回はミサイルまで飛んできた。

 日本の傍には、中国やロシアといった安全保障上の懸念がある国が存在する。離島を大切な国土であると認識するならば、離島経営の重要性に思いを寄せ、周縁地域の産業、漁業の衰退を是認することなく粘り強く支えていく姿勢が求められよう。

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執筆者プロフィール
佐々木貴文 漁業経済学者。1979年、三重県津市生まれ。2006年北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。鹿児島大学大学院水産学研究科准教授を経て、現在、北海道大学大学院水産科学研究院准教授。農林水産省 水産政策審議会委員。専門は近代産業史・漁業経済学・職業教育学。著作に『近代日本の水産教育──「国境」に立つ漁業者の養成』(北海道大学出版会、2018年、漁業経済学会賞)、『漁業と国境』(共著、みすず書房、2020年)、『東シナ海 漁民たちの国境紛争』(KADOKAWA、2021年)。
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