米中「競争」「共存」の展望に静かな変化(2022年11・12月)

2021年末までを目指していたアメリカの新たなNSS、NDS公表は大きく遅れた[国家防衛戦略の概要を説明するロイド・オースティン国防長官=2022年10月27日、国防省](C)AFP=時事
昨年10月に公表された米国の「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」は、国際秩序の前景にロシア・ウクライナ戦争を捉えつつ、後景には中国との大国間競争を見据えている。注目すべきは、これを受けての中国側の言説が、ある種の共存を展望しているように見えることだ。双方の競争は熾烈化する可能性があるものの、過度の悲観に流されず、より長期的な観点から捉えるべき時代に入っているのかもしれない。

 

1. 大国間競争時代の新戦略

■バイデン政権「NSS」「NDS」への評価と批判

 2022年10月12日および27日、バイデン政権下のアメリカで、新しい「国家安全保障戦略(National Security Strategy ; NSS)」と、それを受けた国防政策の指針である「国家防衛戦略(National Defense Strategy;NDS)」が公表された。当初は2021年末までの公表を目指していたが、ロシアのウクライナ侵攻の可能性が浮上し、実際に軍事攻撃が始まったことにより、大幅にとりまとめと公表が遅れることになった。 

 このアメリカの新しい「国家安全保障戦略」と「国家防衛戦略」では、ロシアを「差し迫った脅威」とする一方、中国をアメリカにとっての「唯一の競争相手」とし、より大きな脅威と位置づけている。同時に、「統合抑止」の概念を導入し、同盟国との協力や、軍事力以外の手段を総合的に活用することによって、それらの脅威に対抗する方策が示されている。

 これらの戦略文書について、ワシントンDCのシンクタンクは早期にコメンタリーを掲載している。たとえば、新米国安全保障センター(CNAS)は、この「国家防衛戦略」が脅威の優先順位を適切に位置づけ、また、同盟国との協力を重視している点を高く評価している[Stacie Pettyjohn, Becca Wasser, Katherine L. Kuzminski, et al. “CNAS Responds: Analyzing the 2022 National Defense Strategy(CNAS の反応―国家防衛戦略2022の分析)”, CNAS, October 28, 2022]。

 他方で、しばしば他でも指摘されることだが、「統合抑止」が依然として曖昧な概念であることや、多くの目標が列記されつつもその実現可能性に懸念があることなどへの批判も見られる。大西洋評議会(Atlantic Council)の報告書でも、そのような「統合抑止」概念の曖昧さが指摘されると同時に、各省庁の役割分担の明確化の必要性などにも言及されている[Catherine Sendak, John K. Culver , Thomas Warrick, et al., “Eight things you need to know about the new US National Defense Strategy(米国の新国防戦略について知っておくべき8つのこと)”, The Atlan-tic Council, October 27, 2022]。

■中国メディアが示す「共存」の展望

 この、アメリカの新しいNSSとNDSについて、中国のメディアも高い関心を示している。たとえば、『環球時報』紙では、復旦大学米国研究センターの張家棟教授が、NDSについての論評を行っている[張家棟(Zhang Jiadong)、「美最新国防战略报告,传递出哪些信息(最新のNDSとそのメッセージについて)」、『环球网』、2022年10月29日]。ここでは、バイデン政権が中国を「戦略的競争相手」として位置づけるトランプ政権以来の姿勢を継承している点が指摘される。あわせて、アメリカが大規模な戦争への関与を望んでいないことを文書から読み取り、米中が軍事衝突を回避できるとの楽観的な展望を示している。今回の戦略文書からは、アメリカには非軍事的な手段を用いて中国の優位性を阻止しようとする競争戦略を継続する姿勢が垣間見られると張は言う。

 この論評から演繹できることは、米中間での平和的な共存が可能であるという中国側の展望と、同時に半導体を含めた経済領域での米中間の大国間競争の熾烈化という見通しである。実際の中国政府の対米政策にも、このような基本的な認識は反映されているのではないか。

 自らも1990年代前半にクリントン民主党政権の対中政策の立案に関与していた国際政治学者のジョセフ・ナイは、「米国の対中戦略の進化」と題する論稿において、クリントン=ブッシュ時代からバイデン政権に至るアメリカの対中戦略の変遷を概観している[Joseph S. Nye, Jr, “The Evolution of America’s China Strategy(米国の対中戦略の進化)”, Project Syndicate, November 2, 2022]。そこでは、対中関与政策の限界が指摘されるとともに、バイデン政権が関与政策を通じて中国を変革することが困難だと認識していることについて、肯定的に評価している。同時に、そのような限界を前提としながらも、ジョー・バイデン大統領が米中関係の安定化に努力することへの期待を寄せている。

 他方で、ブッシュ政権で国家安全保障会議(NSC)アジア担当上級部長を務め、現在はシドニーの米国研究センター長に就いたマイケル・グリーンは、アメリカは日本の安倍晋三政権が行った対中政策から多くを学ぶことができると、『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄せた「真のチャイナ・ハンズ」と題する論文のなかで論じている[Michael J. Green, “The Real China Hands(真のチャイナ・ハンズ)”, Foreign Affairs, November/December 2022]。日本は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」戦略や、同盟強化という「外的バランシング」によって、中国に対する抑止力強化に努めた。日豪韓という同盟諸国とのそのような関係強化こそが、アメリカにとっての望ましい対中戦略であると論じている。

2. 日本の新しい国家安全保障戦略

■米国内では肯定的評価

 バイデン政権のアメリカが昨年10月に新しいNSSとNDSを公表した後、12月16日には日本で新しい「国家安全保障戦略」と「国家防衛戦略」、そして「防衛力整備計画」の安保3文書が公表された。2013年以来となる二度目の日本の「国家安全保障戦略」は、国際的にどのような評価を受けたのだろうか。

 マイケル・グリーンの後任として戦略国際問題研究所(CSIS)のジャパン・チェアに就任したクリストファー・ジョンストンは、日本でこの安保3文書が公表される前の時点で、有識者会議報告書などを通じて、今回の国家安保戦略改定について主要な論点を説明している[Christopher B. Johnstone, “Japan’s Transformational National Se-curity Strategy(日本にとって転換となる国家安全保障戦略)”, Center for Strategic and International Studies, December 8, 2022]。そこでは、自衛のための防衛能力強化など必要な方向へと議論が進んでいることを肯定的に評価し、あわせて今後は抗堪性の強化などに注力する必要が指摘された。アメリカの国防省や国家安全保障会議など、長年政府の中枢で重要なポストに就いてきたジョンストンは、このような進化が安倍政権のレガシーをさらに発展させ、日米同盟を強化すると高く評価している。

 安保3文書の公表後には、ダートマス大学のジェニファー・リンド准教授が、日本の新しい国家安全保障戦略による前進を高く評価している[Jennifer Lind, “Japan Steps Up: How Beijing’s Aggression Con-vinced Tokyo to Abandon Restraint(日本が立ち上がるー北京の攻撃的な姿勢が日本の抑制的な姿勢を放棄させた)”, Foreign Affairs, December 23,2022]。その上で、日本が「普通の世界大国」となるための一歩を踏み出したのだと指摘する。これまでの日本は、専守防衛を基本として、抑制的な防衛政策を継承してきた。ところが、中国の急激な軍拡や、北朝鮮によって繰り返されるミサイル実験、さらにはロシアのウクライナ侵略によって日本国民がより深刻な安全保障上の懸念を抱くようになった。それゆえに日本の従来の抑制的な防衛政策に新たな変化をもたらしたのだとリンドは指摘する。巨大な経済的・技術的資源を擁する平和国家の日本が、地域の安定のためにより大きな貢献をしようと動き出したことを、アメリカやそのパートナー諸国は高く評価するべきだと論じるのである。

■韓国では保革ともに警戒感

 このようにアメリカ国内では日本の安保3文書について肯定的な評価が多く見られたが、韓国の左派系の新聞『ハンギョレ』紙はその社説で、日本の防衛能力強化が東アジアの軍拡競争をさらに激化させ、緊張を高めると、警鐘を鳴らしている[[사설] ‘전쟁 가능 국가’로 나아간 일본, 역사의 교훈 잊지 말아야([社説]「戦争可能な国家」となった日本、歴史の教訓を忘れてはいけない)、『ハンギョレ』、2022年12月16]。ここにはとりわけ、日本が新たに「敵基地攻撃能力(反撃能力)」を保有することへの警戒感が見られる。同様の意識は、保守系の『東亜日報』紙でも見られ、同紙は戦後77年続いてきた「専守防衛」が大転換を迎えると論じている[[사설]77년 만에 전수방위 폐기… 북핵과 군사 2·3强에 포위될 韓([社説]77年ぶりに専守防衛廃棄、北の核と軍事大国に囲まれる韓国)、『東亜日報』、2022年12月17日]。

 他方で、保守系の『朝鮮日報』紙はその社説において、中国の秘密警察署が世界約50カ国で反体制派の人物に目を光らせていることへの警戒感をあらわにしている[ [사설] 전 세계에 비밀경찰서 둔 중국, 한국에 1곳뿐인가([社説]全世界に秘密警察署をおいている中国、韓国には一箇所のみか)、『朝鮮日報』、2022年12月22日]。このような中国の対外行動は、「国際法の違反であり主権侵害である」と『朝鮮日報』は批判する。そして、韓国政府は今後、韓国国内にある中国の秘密警察署をすべて閉鎖するべきだと主張する。保守系の新聞とはいえ、以前よりは確実に、韓国国内での中国への警戒感が高まっている様子がうかがえる。

3. ドイツは「歴史的な転換」を実現したか

■中国メディアがショルツ訪中を一方的に称賛する意図

 アメリカと日本はそれぞれ、ロシアによるウクライナへの侵攻を受けて、従来よりもはるかに厳しい言葉を用いてロシアを、そしてそのロシアを支援して軍事行動を活発化させる中国を脅威や挑戦と位置づける新しい「国家安全保障戦略」を発表した。

 他方で、ドイツのオラフ・ショルツ首相は、昨年2月の開戦から3日後に、ドイツの安全保障政策が「歴史的な転換(Zeitenwende)」を迎えたことを明言した。それによって、ドイツ政府はより大胆なウクライナへの支援、そしてより厳しいロシアへの制裁を行うようになると期待された。ところが、ショルツ政権はそれをめぐる国内の亀裂を一要素として、過度に慎重で、明確性を欠いた姿勢を示してきた。そのようなショルツ政権の揺れ動く政策をめぐっては、ドイツの国内外でさまざまな立場が見られた。

 11月4日、北京を訪問したショルツ首相は、中国共産党党大会を終えて体制が3期目に入り、よりいっそう権力を集中させた習近平国家主席と会談を行った。これについては、ショルツ首相自ら訪問の直前に『フランクフルター・アルゲマイネ』紙に寄稿し、その意図を説明している[Olaf Scholz, “Darum geht es bei meiner Reise nach China(私の中国への旅に際して重要なこと)”, Frankfurter Allgemeine Zeitung, Novem-ber 3]。ショルツ首相はそこで、現在の中国が5年前の中国や10年前の中国とは異なると、自らの中国に対する基本姿勢を明らかにする。

 ただし、ショルツ首相はこうした前提に立ちながらも、中国は依然としてドイツやヨーロッパにとって重要な通商相手であり、「デカップリングや中国との断絶を望んでいるわけではない」と主張している。また、そのような中国寄りの発言とバランスをとるかのように中国と距離をとる必要も指摘して、「一方的な依存からは脱却すべきだ」とも論じている。さらに、ルールに基づいた秩序の維持、紛争の平和的解決、人権やマイノリティの権利の保護、自由で公正な世界貿易の重要性も強調している。

 このように慎重に言葉を選ぶショルツ首相は、しばしば批判されるようなビジネス上の利益優先で中国との友好関係を希求しているのではない。「一方的な依存からの脱却」の必要性や、台湾問題をおそらく示唆して「紛争の平和的解決」の必要にも言及していることを見逃してはならないだろう。

 他方で、中国のメディアはショルツ訪中を一方的に賞賛し、デカップリング政策を続けるアメリカを牽制した。対中強硬姿勢を強めるアメリカは、10月7日には半導体の対中輸出規制を発表して半導体のサプライチェーンからの中国排除を試みていた。そのような背景の中で、中国政府はショルツ首相の訪中を利用して、ドイツが中国に接近してアメリカに異議を唱えているような印象をつくったのだ。それはおそらく、ショルツ首相の意図とは異なるものであっただろう。

 ショルツ首相が習近平主席と首脳会談を行った11月4日の『環球時報』紙においては、「ショルツの訪中は歴史に残る高評価だ」と賞賛する社説が掲載された[姜锋(Jiang Feng)、「朔尔茨访华将获得历史的⾼分(ショルツの訪中は歴史に残る⾼評価だ)」、『环球⽹』、2022年11⽉4⽇]。そこでは、中国とドイツの間にはデカップリングは存在せず、あらゆる領域での重要なパートナーとなりつつあることを強調している。さらに翌11月5日の『環球時報』社説では、「ショルツ訪中は、象徴的な意味合いだけではない」と題し、ショルツ首相が明確にデカップリングに反対した点を強調して報じ、そのようなドイツの姿勢を高く評価している[社评:朔尔茨访华,不⽌具有象征意义(社説:ショルツの訪中は、象徴的な意味合いだけではない)」、『环球⽹』、2022年11⽉5⽇]。ちょうど中国共産党党大会を終えて、習近平主席に権力を集中させている時期であった故に、あたかもドイツなどの諸国が習近平体制の中国に正統性を認めているかのような印象を国内に与える意図もあったのかも知れない。

■ドイツ一国の問題か、ヨーロッパ全体の問題か

 ただし、ショルツ首相の外交姿勢については、ドイツ国内からも「立ち位置が定まらない」との批判が見られた。

 たとえば、訪中前日の11月3日の独『ツァイト』紙において、シンクタンクでドイツの対外政策を専門とするトーステン・ベンナーは、「熱狂的な巡回セールスマン、オラフ・ショルツ」と題する論稿を出し、そのようなショルツ首相の対中接近を厳しく批判した[Thorsten Benner, “Der enthusiastische Handlungsreisende Olaf Scholz(熱狂的な巡回セールスマン,オラフ・ショルツ)”, Die Zeit, November 3, 2022]。ベンナーによれば、そのようなビジネスを優先するショルツの行動は、ハンブルク市長時代と前政権の財務相時代の経験に由来する。ショルツはかつて、ハンブルグ市長就任直後に北京と上海を訪れて、中国政府首脳と面会していた。また首相として昨秋に、ほかの閣僚の抵抗を押し切って、ハンブルク港への中国国営企業コスコの参入を実現し、批判を受けた。ベンナーはそのようなショルツ首相の宥和的な対中認識に、再考を迫っている。

 同様に、カーネギー国際平和財団のソフィア・ベッシュと米外交問題評議会のリアナ・フィックスも、「『歴史的な転換』を台無しにしてはならない」と題する論文のなかで、ヨーロッパにおけるドイツの指導力に懸念を示している[Sophia Besch and Liana Fix, “Donʼt let Zeitenwende get derailed(「歴史的な転換」を台無しにしてはならない)”, War on the Rocks, No-vember 21,2022]。

 ベッシュとフィックスは、ドイツがヨーロッパで指導的な役割を果たすという当初の希望は消えつつあるという。ショルツ首相の訪中は、ドイツが経済的な自己利益を優先することを、他の同盟国に示唆するものとなった。現在ドイツは、はじめてとなる国家安全保障戦略を策定中であり、間もなく発表する予定である。ドイツはウクライナを支援する上で、より大胆な指導力を発揮するべきだと提言している。

 方針の定まらないドイツの国際的な役割に対する不安は、ショルツ首相のロシアに対する政策にも向けられた。

 たとえば、12月9日付の仏『ルモンド』紙は、「ショルツ首相の不完全な変身」と題する社説の中で、ショルツ首相の1年間の実績は当初の想定よりは大きいものの、依然としてそれが不完全な「歴史的な転換(Zeitenwende)」であると指摘する[Editorial, “Allemagne : la mue incomplète du chancelier Olaf Scholz(ドイツーオラフ・ショルツ首相の不完全な変身)”, Le Monde, December 9, 2022]。

 ヴィリー・ブラント首相の東方政策(オストポリティーク)以降、ドイツの社会民主党はモスクワとの良好な関係を常に提唱してきた。だが、ロシア・ウクライナ戦争の開戦直後、ショルツ首相が自らの所属する同党の平和主義的な文化に背を向けるように1000億ユーロの特別防衛費を提唱したことは周囲を驚かせた。さらに、そのような「歴史的な転換」の決断後も、「痛みを伴う改革」は続いた。約20基の石炭火力発電所が再始動し、稼働中の原子力発電所も稼働停止が延長されることになった。『ルモンド』紙の社説は、このようなショルツ首相の1年間の努力に一定の評価を与えながらも、前任者たちが拒否してきた役割を現在のドイツが担うための努力を、さらに今後も続けねばならないと主張している。

 国内外からそのような批判を浴びていたショルツ首相は、『フォーリン・アフェアーズ』誌に、「グローバルな『歴史的な転換』」と題する論稿を寄せた[Olaf Scholz, “The Global Zeitenwende(グローバルな「歴史的な転換」)”,Foreign Affairs, January/February, 2023]。そこでは、グローバルなレベルでEU(欧州連合)やアメリカ、NATO(北大西洋条約機構)諸国と協力し、ロシアの侵略に抵抗して、中国の挑戦に対抗しなければならないと論じている。

 ドイツは国連憲章の原則にのっとって国際秩序を守り、そのために出来る限りの努力を行ってきたこと。ドイツは権威主義体制やレイシズム、帝国主義的な戦争に対して特別な責任を負って対抗する一方で、イデオロギー的および地政学的な世界の分断や、「新たな冷戦」に対して特別な使命感を抱いていること。それは、自らがそのような分断の歴史を経験しているからであること。そして、ドイツには新しい戦略文化が必要であり、数カ月以内に新しい国家安全保障戦略を発表すること。『フォーリン・アフェアーズ』誌への寄稿でショルツ首相が強調したのは、以上のような点である。

 また、ショルツ首相は、ドイツ大手メディアによるインタビューの中で、自らがウラジーミル・プーチン大統領と行った電話会談の概要も語っている[Interview, “Einen Diktatfireden zu russichen Bedingungen darf es nicht geben(ロシアの条件のもとでの独裁的な平和はあってはならない)”, Die Bundesregierung, December 8, 2022]。ここでは、ロシアと西側諸国はあまりにも異なる世界観を抱いているとしながらも、対話が依然として必要だと述べている。そして、ロシアがいつウクライナから撤兵するつもりなのか質問したことなど対談の様子を伝えつつ、ロシアが核兵器による脅しをやめた点をこの電話会談の成果に位置付けている。

 ショルツ首相によれば、11月4日の習近平主席との独中首脳会談の際に、独中間で核兵器の使用や威嚇に反対する意向を確認し、それがロシアの行動に大きな影響を及ぼしたという。そして実際にも、同首相を見解を同じくする報道や論稿は少なくなかった。この核戦争リスクの低減こそが、ウクライナへの武器供与は戦争のエスカレーションにつながるという懸念を払拭し、ドイツをはじめ各国による供与実現を容易にさせたといえる。この点において、ショルツ首相の中国やロシアへの接近による対話は、大きな批判を受けながらも一定の成果も上げたといえるかもしれない。

 このようなドイツが抱えている問題は、ドイツ一国の問題というよりも、ヨーロッパ全体のものともいえるだろう。イタリア国際問題研究所のナタリー・トッチは、「欧州の防衛努力は依然として不十分である」と題する論稿の中で、ヨーロッパの安全保障秩序はロシアによるウクライナ侵攻以前からすでに崩れていたと論じる[Nathalie Tocci, “Europe’s defense efforts remain underwhelming(欧州の防衛努力は依然として不十分である)”, Politico, November 22, 2022]。すなわち、2008年にロシアがジョージアに侵攻し、自国のエネルギー資源を「武器化」したときからすでに、危機は始まっていたのだ。

 確かに、昨年のロシアによるウクライナ侵攻以後、欧州諸国は防衛力増強のための多くの努力を行ってきた。だがそれは十分とは言えない。ロシアはアフリカでも影響力を拡大している。欧州諸国は国防費を増加しているものの、各国が協調性なく支出を増やし、また装備調達を行っていることで、むしろ問題が複雑化している側面もある。それゆえ、トッチは依然としてヨーロッパによる防衛努力があまりにも不十分だと指摘するのである。

4. 戦争の「始まりの終わり」?

■「ヘルソン奪回」後の長期戦

 はたして、ロシアのウクライナへの侵略、そしてそれに伴う両国間の戦争は、いつまで続くのであろうか。誰もがそのような疑問を抱く中で、CSISの上級副所長のセス・ジョーンズと、CIAやNSCで31年勤めたフィリップ・ワシレウスキーが共同で、「ウクライナでの始まりの終わり」と題する論稿を寄せた[Seth G. Jones & Philip G. Wasielewski, “The End of the Beginning in Ukraine(ウクライナでの始まりの終わり)”, Center for Strategic and International Studies, November 17, 2022]。

「始まりの終わり」とは、第2次世界大戦の戦局が大きく転換したエル・アラメインの戦いでイギリス軍が勝利した際にウィンストン・チャーチル首相が述べた言葉だが、ジョーンズとワシレウスキーは同様のことがウクライナによるヘルソン奪回という勝利についても当てはまると論じる。ここで圧力に屈して早期の停戦を求めるよりも、将来の侵略者の行動を抑止するために、ウクライナの領土保全という長期の戦いに備える必要があるという。また、そのような長期戦に向けて、アメリカ政府はウクライナに対して、長距離射程の弾薬や戦闘機なども供与すべきと提唱する。二人によれば、プーチンは必ずしも非合理的なアクターではなく、核兵器を使用する可能性も低いという。アメリカが天然ガスをヨーロッパに提供することで、西側諸国の連帯を持続できるとも、提案している。これから欧米諸国で、ウクライナ支援疲れが広がる可能性がある。そのような中で、より実効的で明確なウクライナ支援の方策を検討することは重要であろう。

 同時に不安が見られるのも事実だ。ブルッキングス研究所のシニア・フェローのコンスタンツェ・シュテルツェンミュラーは、『フィナンシャル・タイムズ』紙に寄せた論稿の中で、西側諸国の慎重な対応こそが巨大なリスクとなっていると論じている[Constanze Stelzenmüller, “The west’s axis of prudence risks a Kremlin victory by default in Ukraine(西側の慎重軸は、ウクライナでクレムリンがデフォルトで勝利する危険を冒す)”, Financial Times, December 21, 2022]。そして、より積極的なウクライナ支援を継続することが必要だと主張する。

 西側諸国の多くは、ロシアによる核のエスカレーション、あるいはロシアとNATOとの直接的な戦闘につながることを懸念して慎重な姿勢を崩さない。たとえばドイツはレオパルト2戦車の供与に躊躇し、アメリカは長射程ミサイルのATACMSの供与を拒絶した。ロシアの封じ込めはうまくいっていない。今でも、ロシアの無人機や弾道ミサイルによる攻撃が続いており、侵攻開始以来で最悪の戦況となっている。シュテルツェンミュラーはこうした要素を挙げることで、すでにエスカレーションは進行しているのだと指摘する。そして、ウクライナが平和で安定した民主主義国家となることこそが、ヨーロッパにとっての安全保障上の利益だと唱える。

 プーチンの「合理性」や核兵器が使用される可能性について過度な楽観を危険視するのは、カーネギー財団シニア・フェローのアレクサンダー・ガブエフだ。中ロ関係の専門家として活躍するガブエフは、「プーチンによる終末の日のシナリオ」と題する論文を『アトランティック』誌に寄せ、プーチンはウクライナでの敗北を回避するためには核兵器使用のオプションを完全に捨てることはなく、いずれ現在の戦略が破綻した際にそのようなオプションを選ぶかもしれないと論じる[Alexander Gabuev, “Putin’s Doomsday Scenario(プーチンによる終末の日シナリオ)”, The Atlantic, November 11, 2022]。

 ガブエフによれば、本来はそのような事態を回避するために西側諸国はモスクワとのコミュニケーションを取れていなければならないが、実際には、プロパガンダを繰り返すロシア政府との十分な意思疎通は取れていない。過度な楽観は、想定外の悲劇をもたらす。核攻撃のシナリオも考慮に入れながら、エスカレーションの危険性を常に留意することも必要だ。

 他方で、ドイツ元副首相・外相のヨシュカ・フィッシャーは、「新しい国際秩序の誕生」と題する興味深い論稿の中で、パンデミックの収束や、ウクライナにおける戦争の勃発などを受けて、新しい世界秩序が誕生しつつあると主張する[Joschka Fischer, “The Birth of a New International Order(新しい国際秩序の誕生)”, Project Syndicate, November 29, 2022]。そこでは、軍事、技術、経済の超大国であるアメリカと中国に加えて、欧州、日本、インドが幅広い領域での影響力を発揮することになる。他方でロシアについての断定的な見通しは述べられないと前提をつけながらも、戦争の帰趨によってはロシアの影響力が後退することを予期している。そして、米中が巨大な影響力を有する中で、これらの主要な大国が協力して危機を乗り越え、安定した国際秩序を形成する必要を説いている。

5. 米中関係の安定化の曙光

■米中首脳会談を歓迎したアジア諸国

 米中間で厳しい緊張や対立が続いている。だが、そのようななかでも、11月14日にインドネシアで行われた米中首脳会談を通じて、米中関係安定化の兆しも見られた。

『環球時報』紙は、首脳会議開催前の11月12日の社説で、「米中首脳会談自体がポジティブな兆し」というタイトルの論稿を寄せ、関係改善への一定の期待を示している[「社评:中美元首会见,本身就是积极信号(社説:米中首脳会談自体がポジティブな兆しである)」、『环球网』、2022年11月12日]。これは、バイデンが大統領に就任してはじめての対面となる米中首脳会談であり、困難な議題を避けて友好的なムードを創ろうとしている姿勢が感じられる。また、米中首脳会談翌日の11月15日付『環球時報』紙では、「久しぶりの米中首脳会談の絵面は世界の緊張を緩和した」と題する社説を載せ、米中関係の悪化の原因はアメリカにあると論じながらも、その緊張緩和は世界が求めていることであると述べている[「社评:中美久违的画面,缓解了世界紧张情绪(社説:久しぶりの米中首脳会談の絵面は世界の緊張を緩和した)」、『环球网』、2022年11月15日]。そして、その中では、「対抗でなく対話を、ゼロサムでなく深い意見交換を」と主張している。

 具体的な争点についての解決にはほど遠いとは言え、米中首脳会談の開催自体は、アジア諸国でも歓迎された。たとえばシンガポールの中国語新聞である『連合早報』紙は、11月17日に「米中首脳会談が両国間の紛争を管理することに期待する」と題する社説を載せた。同紙は、両国が生み出した友好的な雰囲気によって楽観的な見通しが生まれ、会談後に両国の株価も上昇したと指摘。依然として両国間の対立の争点をめぐって歩み寄りは困難だが、米中関係が平和的に発展することは、全世界が期待することだと論じている[社论:盼习拜会管控中美矛盾(社説:米中首脳会談が両国間の紛争を管理することに期待する)」、『連合早報』、2022年11月17日]。

 そのような、限定的ながらも米中関係の緊張の緩和は、日中関係にも良い影響を及ぼす。11月17日にバンコクで岸田文雄首相と習近平主席が3年ぶりの日中首脳会談を行ったことを受けて、日本政治が専門の劉江永清華大学教授は『環球時報』に論稿を寄せた[劉江永(Liu Jiangyong)「中⽇需要共同谋求可持续安全(持続可能な安全保障のために⽇中は協⼒する必要がある)」、『环球⽹』、2022年11⽉19⽇]。

 劉は、岸田首相が日中国交正常化に貢献した大平派の系譜の宏池会トップであること、他方で安倍政権時代の外務大臣でもあり大平内閣の対中政策と同一視はでいないことを挙げ、尖閣諸島や台湾問題などで問題が山積ながらも、今回の会談でお互いに脅威を与えないことを確認したことは大きな意義があると論じている。中国共産党の内部でも、日中関係が悪化せぬよう努力をすることには、一定の価値を見出しているのであろう。

■台湾に対して「戦略的明瞭性」に移行すべきか

 アメリカでは外交問題評議会が、『フォーリン・アフェアーズ』誌において、アメリカが台湾に対して戦略的曖昧性から戦略的明瞭性に移行すべきかどうかについて、専門家に対するアンケート調査を行った[“Should the United States Pledge to Defend Taiwan? Foreign Affairs Asks the Experts(米国は台湾に防衛を約束すべきか?フォーリン・アフェアーズが識者に聞く)”, Foreign Affairs, November 15, 2022]。そこでは、54名中、そのような動きに反対する意見が39名、賛成が8名で、その中間の立場が7名であった。

 中国専門家やアジア専門家の間では、その多数が戦略的明瞭性に基づいた台湾の安全に対する保証の提供に慎重さを求めている。たとえば、ジャーマン・マーシャル・ファンドのボニー・グレイザーは、そのような戦略的明瞭性へと政策を転換すれば、中国を刺激することになり、中国による台湾侵攻の可能性が高まるとする。他方で、2018年のトランプ政権下の国防戦略の起草にも関与したエルブリッジ・コルビーは、上記の中間的な立場にあり、非公開の場で台湾を守ることを明らかにすべきだとする。このようにアメリカの専門家の間でも、米中関係を安定的に管理することを求める声が多数となっている。

 米中間は依然として対立の様相が強いが、両者の間で安定的な関係を模索する声も確実に存在し、これは両国関係の曙光ともいえる。米中の軍事衝突は必然ではない。他方で、非軍事的な領域での双方の競争はこれまで以上に熾烈になる可能性がある。過度な悲観に流されず、米中競争を長期的な観点から捉えるべき時代に入っているのかもしれない。 (11・12月、了)

カテゴリ: 政治
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