対中投資、「人治経済」リスクを回避する鍵は「生活水準」重点分野

執筆者:武田淳 2023年10月20日
エリア: アジア
中国政府は景気回復のためにも、人民の生活に対する期待を満足させるためにも、個人消費の拡大が重要だと認識している[荷物を抱えた若者らが集まる中国の北京駅=7月15日、北京市](C)時事
政策が見通せない「人治経済」リスクは大きいが、人民の生活に対する期待を満たす分野は、正当な統治者としての認知を得たい党も7月の「消費の回復・拡大に関する措置」で重視を強調した。ここで挙げられた飲食・文化・スポーツ・レジャーなどの分野は、最先端技術とは無縁のため米国の規制対象となる恐れも小さい。経済成長は減速しても、中国は引き続き世界2位の市場であり続ける。リスクをコントールしながら成長分野の投資先を探す視点が必要だ。

 不動産市場の混乱が収まらず未だ出口が見えない中国経済だが、中国政府および共産党は今年7月、それまでの不動産市場対策や金融緩和を中心とする景気刺激策とは毛色の異なる3つの政策を相次いで打ち出している。まずは7月19日の「民営経済の発展・壮大化に関する党中央・国務院意見」とする民間経済の活性化策である。民間部門に景気回復の一翼を担わせることで、短期的には景気の回復、中長期的には成長力の底上げを狙ったものだと思われる。

 そして7月25日には、「外国投資誘致の強化に関する意見」として、重点分野の外資導入を強化し、政府調達への参加の保障、知的財産権の保護の強化、外国籍従業員の滞在政策の見直し、税制優遇、発展奨励分野への投資の支援などに力を入れる方針を示した。このところ減少が目立つ対中直接投資を回復させ、景気の底上げや成長の源泉となる技術力の強化を図るものとみられる。

 7月28日には、政府が「消費の回復・拡大に関する措置」を公布、景気回復のためにも人民の生活に対する期待を満足させるためにも個人消費の拡大が重要であるとし、6つの重点分野に関して具体的な方向性を示した。この重点分野については後ほど詳述する。

政府の「奨励・支援」強調にも反応が鈍い民間

 これら3つの政策から垣間見られる中国政府の狙いは、外資の力も借りて民間経済を活性化し、個人消費を柱とする経済成長へ移行する形で景気を回復させることであろう。しかしながら、政府の期待通り民間経済が活性化し、景気の回復を牽引できるのか、疑問が残ることも確かである。

 習近平政権は2021年8月、所得格差の是正を目指す「共同富裕」政策を進める方針を明確にした。それまでの中国は、豊かになれる人は先に豊かになり、その富が「染み出す」トリクルダウン効果によって社会全体が豊かになる「先富論」を掲げ、ある程度の所得格差を許容していたが、それを大きく方針転換した。

「共同富裕」方針が示された直後、IT大手のアリババやテンセント、フードデリバリーの美団など、成功した大手プラットフォーマーは、社会的弱者への配慮や低所得者支援などの名目で多額の寄付や基金設立を実施、従業員の処遇改善などを自発的に行った。また、高額な学習塾費用が少子化の原因だという一部の声を受けて営利目的の学習塾が何の議論も猶予期間もなく突然禁止された。

 このような、「共同富裕」への過剰反応ともとれる動きは、政府が民間の経済活動を制限するのではないかという観測を強めた。そのため政府は、こうした懸念を払拭すべく、国有企業と同様に民間企業の発展も重視するという意味の「2つのいささかも揺るがない」という方針を堅持すること、具体的には「公有制経済(国有企業)の発展」だけでなく、「非公有制経済(民間企業)の発展を奨励・支援し導くこと」も目指す、と繰り返し強調してきた。

 それでも、今までのところ民間の反応は、特にスタートアップにおいて鈍い。中国のコンサルティング会社、清科研究センター(清科研究中心)のデータによると、ベンチャー投資の件数、金額は、コロナ禍関連ビジネスの成長期待もあり2021年は前年に比べともに大きく増加したが、2022年は件数で13%、金額では33%も落ち込んだ。さらに、報道によると2023年上半期(1~6月)の上海・深圳・北京でのIPO(新規株式公開)総額は前年同期を14%下回っており、未だベンチャー投資に持ち直しの兆しは見られない。

 その背景には、ゼロコロナ政策により中国経済が低迷したことや、規制当局による審査が厳格化された点も指摘されているが、共同富裕に象徴される習近平政権の社会主義志向が起業家精神に水を差した面もあるのではないか。現に7月19日の「民営経済の発展・壮大化に関する党中央・国務院意見」では、市場参入障壁の除去や行政手続きの明確化、資金調達支援、中小企業に対する支払遅延防止、財産権や権益の保護、科学技術開発への支援などを掲げる一方、「一帯一路」への参加や農村振興の推進といった、政府の進める重要政策への民間企業の誘導とも映る方針も散見される。また、〈「中国の特色ある現代的な企業制度」の擁立〉〈民間経済代表メンバーの中に共産党員を育成〉〈民間企業が社会的責任を果たせるように支援〉といった文言からは、政府と党による関与を強化しようとする姿勢も窺われる。

 西側諸国の常識では、民間経済の活性化には市場原理が不可欠である。一方で、習近平国家主席が目指すのは個人独裁下での理想を追求した社会主義体制であり、特定の権限を持つ人の判断に多くを依存する「人治経済」であるため、市場メカニズムが十分に働かない。そのため、政策が連続性・合理性なく変更される懸念を払拭できず、予見可能性が著しく低い。さらに、海外企業にとっては、完全に自由化されない人民元相場が投下資本の回収における不確実性を高めるため、特に長期投資はリスクが大きい。

中成長に減速しても世界2位の「普通の市場」は変わらず

 こういう中国に、日本企業を含む外資はどう付き合うべきなのか。まず、大前提として、中国経済の減速が不可避であることを受け入れることが必要である。経済が成熟化すれば成長ペースは鈍化するのが必然であり、かつての日本も平均成長率9%超の高成長期(1955~72年)から第一次オイルショックを経て平均4%の中成長期(74~91年)に移行した。これからの中国も、2000~19年の平均9%成長からコロナショックを経て平均4%程度の中成長期に移行する。つまり、これまでのような高成長で「全ての分野が成長し儲けやすい市場」から、不確実な政策と成長分野の見極めが必要な「普通の市場」になると認識すべきであろう。

 一方で、中国は世界で2番目に大きい市場であり、しかも、今後も相当の期間、日本など多くの先進国を上回るペースで拡大を続ける可能性が高い。不動産市場の調整は成長の重石となるが、世界3位の対外純資産が示す通り、マクロ的には資金を海外に依存しておらず、まだ中成長期に入ったばかりであることも踏まえると、政策運営を大きく誤らない限り、不動産バブルの崩壊により日本の90年代のような長期低迷入りには至らない。多くのグローバル企業にとって中国は無視できない市場であり続けるだろう。

政府は消費拡大に関する「6つの重点項目」を提示

 では、「人治経済」のリスクを避けつつ、中国市場で生き残るためにはどうすれば良いのか。一つの答えは、生活水準の向上に資する分野である。冒頭でも触れた通り、人民の生活に対する期待を満たすことは、国民から正当な統治者としての認知を得たい中国共産党と利害関係が一致するため、競争力を持ち続ける限り中国政府によって市場から排除されるリスクは小さい。その具体的な方向性が先述の「消費の回復・拡大に関する措置」に6つの重点項目として示されている。

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
武田淳(たけだあつし) 伊藤忠総研・代表取締役社長/チーフエコノミスト。1990年 3月、大阪大学工学部応用物理学科卒業、2022年3月、法政大学大学院経済学研究科修了。1990年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。第一勧銀総合研究所(現みずほ総合研究所)出向、日本経済研究センター出向、みずほ銀行総合コンサルティング部を経て、2009年1月、伊藤忠商事入社、マクロ経済総括として内外政経情勢の調査業務に従事。2019年 4月、伊藤忠総研へ出向。2023年4月より現職。
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