
【前回まで】漁船と衝突した台湾潜水艦を中国軍が拿捕という衝撃の事態から一夜が明けた。保守党政調会長の都倉と中国の華首相が、潜水艦の引き渡しで合意したとの速報が流れる。
Episode5 四面楚歌
憎むべきは運命のいたずら、
いわば捨てばちの落とし子、
なぜ貴様は信じやすい人の心につけこんで、
在りもしないものを在るかのように見せかけるのだ?
ウイリアム・シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』より
1
潜水艦事故の3日前――。
北京入りを控えた都倉響子は、衆議院議員会館の自室に籠もり、中国語のオンラインレッスンを受けていた。講師は中国系日本人の友人、中村麗花[リーファ]だ。
北京大学に2年間の留学経験がある都倉も、それなりに中国語は使えるが、すっかり錆び付いていた。
「我真诚地希望和平。我需要采取什么行动?(私は心からの平和を願っています。私に必要な行動とは何ですか)」
“響子さん、カンペキです”
褒め上手の麗花が、画面の向こうで拍手している。
「ありがとう。でも、子音が難しいわ」
“大丈夫。ネイティブ並みの発音だよ。自信持って”
「それで、麗花、さっきの私の質問、答えて欲しいんだけど」
明るかった麗花の表情が曇った。
“難しいですね。私も響子さんと同じで、中日の平和を心から祈っています。だから、今、日本で起きていることは、心が痛みます。
あえて言うなら、中国と日本、いつ喧嘩しましたか? 争いごともないのに、なぜ、戦争の準備をするのですか――ということです。
私が国連本部で働いた時に知ったのは、理由も分からないままに戦争は起きるという恐怖です。その一方で、敵国に友人がいたならば、戦争への道を回避できるかも知れないという希望を見つけました。親友と殺し合うなんてあり得ない! という気持ちがあれば、戦争は避けられる。
だから、響子さんのように中国に友達がたくさんいる政治家に、頑張って欲しい“
きれい事に聞こえるが、この方法が戦争回避には有効と言われている。尤も、友達をどんどん増やす必要はあるが。
自分はそのために、周囲の反対を押し切って渡中するんだ。……

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