イスラエル・ハマス戦争はトルコ外交の新たな岐路となったのか

執筆者:今井宏平 2024年1月29日
タグ: トルコ
エリア: 中東
イランへの接近と同時に欧米諸国との関係改善も図っている[共同記者会見に臨むエルドアン大統領(左)とイランのエブラヒム・ライシ大統領=2024年1月24日、トルコ・アンカラ](C)AFP=時事
中東情勢の動揺により、2021年以降顕著だったトルコの協調外交は頓挫を余儀なくされている。3月31日に地方選挙を控えるエルドアン政権にとっては、「パレスチナを支持するものの、ハマスからは距離を置く」という与党支持者への配慮も難題だ。ただしイスラエル批判の一方で、スウェーデンのNATO加盟承認を筆頭に欧米との関係重視を強調していることも見逃せない。昨年12月に実現したエルドアン大統領の6年ぶりのギリシャ訪問など地域における協調を継続する動きともあわせ、既存の外交政策をできるだけ継続しようと努力していることが窺える。

 2023年後半にトルコ外交を大きく動揺させたのは、2023年10月7日に勃発したハマスのイスラエル領内への奇襲攻撃およびその後のイスラエル軍のガザ侵攻であった。このイスラエル・ハマス紛争の前まで、トルコとイスラエルの関係は良好なものとなっていたが、敬虔なイスラーム教徒(ムスリム)のレジェップ・タイイップ・エルドアン率いる親イスラーム政党である与党第一党の公正発展党としては、ガザの惨状を放置することはできなかった。紛争開始から1週間ほどは静観していたが、10月中旬から次第にハマスを擁護しイスラエルを非難する言動が目立つようになった。

2023年後半におけるトルコ外交の3つの動き

 この問題が勃発して以来、エルドアンはパレスチナのマフムード・アッバス議長、イスラエルのイツハク・ヘルツォーク大統領との会談をはじめ、各国首脳と対応について積極的に協議している。ただし、トルコはロシアによるウクライナ侵攻への対応と異なり、双方の仲介者としての存在感は見せていない。国内のエルドアン支持者の多くはパレスチナの人々を支持しているため、トルコ政府としてもイスラエル政府との密接な協議が難しくなっている。

 一方でトルコはここ1年半ほど欧米諸国との間で問題となっているスウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟問題に関して、2023年10月23日にエルドアン大統領が加盟を承認し、その決定を大国民議会に問うという段階に進めた。大国民議会での承認は、①まず、大国民議会の外交委員会の承認を得る、②そのうえで本会議において承認を得る、という2段階であった。12月26日にまず、外交委員会が加盟を承認され、2024年1月23日に本会議でも承認がなされ、トルコはスウェーデンのNATO加盟を認めることとなった。

 もう1つ、2023年後半のトルコ外交で目立ったのは、12月7日のエルドアン大統領のギリシャ訪問と両国関係の改善である。アテネでエルドアンはギリシャのキリアコス・ミツォタキス首相と会談し、地中海の天然ガス開発、キプロス問題を含めたあらゆる問題の解決に協力していくことを約束した。エルドアン大統領がアテネを訪問したのは実に6年ぶりであった。

トルコ外交に対するイスラエル・ハマス戦争のインパクト

 この3つの出来事からは、何が読み取れるのだろうか。トルコ外交は地政学的特徴、国際社会における立ち位置、地域における立ち位置、そして国民の意向を検討して決定される。全方位外交、大国を敵に回さないリスクヘッジ、そして地域における協調外交、トルコ・ナショナリズムの高揚が2020年代に入ってからのトルコ外交のトレンドであった。

 今回のハマスとイスラエルの対立を受けて……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
今井宏平(いまいこうへい) ジェトロ・アジア経済研究所研究員。中東工科大学Ph.D. (International Relations)、中央大学博士(政治学)。専門は現代トルコ外交・国際関係論。2004年に中央大学法学部卒業後、同大大学院を経てトルコのビルケント大学に留学。中東工科大学国際関係学部博士課程修了後、中央大学大学院法学研究科政治学専攻博士前期課程修了。2016年より現職。著書に『中東秩序をめぐる現代トルコ外交――平和と安定の模索――』(ミネルヴァ書房、2015年)、『トルコ現代史――オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで――』(中央公論新社、2017年)、『国際政治理論の射程と限界』(中央大学出版部、2017年)がある。
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