UNRWAへの資金提供の再開をめぐる世界的な「思想戦」

執筆者:篠田英朗 2024年3月27日
エリア: 中東
UNRWAの活動分野は、教育、保健、社会サービス、難民キャンプのインフラ整備・環境改善、保護、小規模金融、緊急支援、と多岐にわたる[ガザ地区南部のラファでラマダン前に慈善団体から寄付された食料を受け取る人々](C)EPA=時事
UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)はパレスチナ問題の生成に関わった国連の贖罪意識が投影された組織と言える。占領者イスラエルに代わり難民の基本的生活を保障する「疑似行政機構」としての性格は、職員の99%以上が現地パレスチナ人という特殊な組織形態を必要にした。ハマスによる10月7日テロ攻撃にUNRWA職員が参加したとのイスラエルの糾弾と続く各国の資金提供停止・再開、UNRWAを介さない援助活動の模索といった動きは、こうしたイスラエル・パレスチナをめぐる大きな「思想戦」の文脈の中に位置付けて捉える必要がある。UNRWAとも良好な関係を持っていた日本は非常に苦しい立場だが、精緻な状況分析に基づく、意識的な政策判断が必要だ。

 ガザ危機をめぐるニュースで、「UNRWA」が、しばしば登場するようになった。イスラエル政府が、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の職員が10月7日のハマスのテロ攻撃に参加していたと糾弾したことを受けて、主要なUNRWAへの資金提供国が、資金提供の停止を宣言し、UNRWAの活動が停止に追い込まれる危機が訪れたのだ。しかしその後、イスラエル政府が糾弾の根拠となる証拠を何ら提示していないことが明らかになり、それどころかUNRWA職員を拘束して虚偽の自白を強要させていたという疑惑も高まるに至り、各国は資金提供の再開を始めるようになってきている。

 日本も欧米の主要な他のドナー国にならって、資金提供を停止した。ただしUNRWA事務局長の3月末の訪日を待って、4月初旬には資金提供を再開する、と報道されている。旅費を使って日本まで説明しに来てもらう儀式をへれば、懸念は解消したことになる、ということなのか。この間の外交当局の思考の経過は、必ずしも明らかになっていない。

 UNRWAとは、いったい何なのか。なぜ、このような問題の渦中に置かれるのか。そして、UNRWAをめぐる論争は、今、ガザ危機に対して、何を意味しているのか。

「贖罪」イメージが付きまとう設立経緯

 UNRWAは、数々の国連組織の中でも、非常に特殊な性格を持つ機関だ。通常、人道援助を行う機関は、たとえば難民保護や食糧支援などの特定領域の専門分野を持つ。代わりに、地理的には特定の専門地域を持たず、必要性に応じて世界各地で活動する。

 UNRWAは、パレスチナ難民の救済を目的にして設立された。そのため、特定分野の専門性を持たないまま、人道的な支援を行っている。パレスチナ難民が存在する特定地域においてのみ活動する。もっともパレスチナ難民が様々な地域に存在しているため、ガザ、東エルサレムを含むヨルダン川西岸のほか、ヨルダン、レバノン、シリアでも活動している。

 たとえば国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、世界各地で難民保護の活動を行うが、パレスチナ難民についてだけは、先にUNRWAが設立されていたため、支援活動の対象とはしていない。UNRWAは、パレスチナ難民という特別な集団のために存在している国連機関なのである。

 UNRWAが設立されたのは、第一次中東戦争後、1949年12月である(活動開始は翌1950年)。それに先立って1948年に設立されていたのが、歴史上最初の国連PKOであるUNTSO(国連休戦監視機構)である。第一次中東戦争後のイスラエルとアラブ4カ国(エジプト、ヨルダン、レバノン、シリア)の間の休戦の監視を目的にしている。ただし、その後に発生した中東でのいくつかの戦争に応じて、監視業務の対象を増やしてきた。UNTSOもまた、現在でも400名弱の要員で、活動し続けている。

 UNSTOは休戦監視を任務にしており、救援活動はしない。イスラエル国家設立の契機となった国連総会「パレスチナ分割決議」(決議第181号)が戦争の引き金になったこともあり、国連はパレスチナ人を救援するための組織を別途作らざるを得なくなった。そこでUNRWAが設立された。パレスチナ問題が全く解決されないため、UNRWAはそのまま今日に至るまで74年にわたって活動を続けることになった。

 UNRWAに、当時の主な国連加盟国であった欧米諸国の「贖罪」としてのイメージが付きまとうのは、こうした事情による。今日に至るまで、UNRWAを支えてきたのは、欧米を中心とする諸国の自発的な資金供与だが(国連本体の活動の一部ではないため分担金を資金とすることができず、UNRWAは諸国の自発的な資金提供によって成立している)、そこにはパレスチナ問題の歴史を踏まえた特別な政治的意味がある。

多岐にわたる活動分野

 パレスチナ難民の救援という広範な活動を含みうる目的を持っているため、UNRWAの活動分野は、教育、保健、社会サービス、難民キャンプのインフラ整備・環境改善、保護、小規模金融、緊急支援、と多岐にわたる。たとえば保健分野においてだけでも、パレスチナ人の診療・治療・予防を、歯科や産婦人科なども含む多分野で実施している。教育面では、5地域で702校を運営し、約55万人のパレスチナ難民の児童に無料で初等教育を提供している。さらには教員養成校2校(ヨルダン川西岸およびヨルダンに各1校)や、技能・職業訓練センター8校を運営し、毎年数千人を受け入れてきた。加えて、生計支援(社会保障)も提供し、特に女性、子ども、障がい者、高齢者や、生活困窮者に対して、セーフティネット支援を提供している。また社会的弱者むけの融資も手掛ける。

 パレスチナ難民の「難民キャンプ」は、約75年に及ぶUNRWAの活動期間において、建物が立ち並ぶ「町」となっている。UNRWAの活動範囲となっているヨルダン、レバノン、シリア、ガザ、そして東エルサレムを含むヨルダン川西岸には、認知されている難民キャンプが58カ所ある。いずれの場合であっても、当初は仮設テントが立ち並んでいた「難民キャンプ」は、現在では、狭い路地沿いに複数階建ての建物が密集する地区となっている。貧困層が数多く暮らす、超過密区域である。そこでUNRWAは、市街地化した「難民キャンプ」の管理支援として、キャンプ内のインフラ整備・環境改善事業などを行ってきている。そもそもパレスチナ難民を難民として「保護」するのも、UNRWAの主要な活動領域の一つである。

「疑似行政機構」としての性格

 このような広範な活動をしているUNRWAは、パレスチナ難民にとって基本的生活の保障者であり、疑似行政機構としての役割を持っている組織である。難民は本質的に帰属する国家を持たない。特に西岸とガザに居住するパレスチナ難民は、イスラエル政府が戦争の相手方の占領者でしかないため、UNRWAに生活の基本的サービスを依存せざるを得ない。占領地において占領者に代わり、現在の事情を作り出したという贖罪意識を持つ関与国の支援を受け、基本的な行政サービスを提供しているのが、UNRWAという特殊な国際機関である。

 このような性格からUNRWAは、2万7756 人の職員を擁する巨大組織となっている(2022年12月現在)。 そのうち、国際専門職員は 213 人とされ、1%にも満たない。つまり99%以上のUNRWA職員が、現地のパレスチナ人である。UNRWAは、パレスチナ難民の雇用の観点からも大きな機能を果たしているわけである。(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100561377.pdf

 UNRWAは、ガザ地区だけで、約1万3000人を職員として雇用しているという。医療従事者や学校教員なども、UNRWA職員である。ガザは、全人口が約200万人で、人口密度が1平方キロメートル当たり約6000人であり、日本の行政区で言えば、名古屋市 と比較的近いとされる。名古屋市役所の職員数は約3万3000人ということなので、それと比べれば、かなり少ない人数で行政機能を果たしていることになる。いずれにせよ、そういう視点から、99%以上が現地パレスチナ人の職員によって成り立っている疑似行政機構としてのUNRWAの性格を捉えておく必要がある。

「UNRWA閉鎖」を宣言しているイスラエル

 ハマスは、ガザ地区で行われた最後の選挙で勝利を収め、ガザにおける自治行政を監督する権限を有する政治団体としての性格を持つ(ただしもちろんそれはハマス軍事部門のことではない)。したがってUNRWAが疑似行政機構としてガザで活動する限り、ハマス関係者との接触を一切断つことは、不可能である。また職員がハマスの軍事活動に従事することを防止する策をとるとしても、1万3000人の職員の全ての思想・行動を完全に制御することは、やはり不可能に近いだろう。

 イスラエル政府が、ハマスの10月7日の攻撃に参加したとして糾弾の対象にしているのは12人とされているので、ガザにおける全職員の0.1%にも満たない人数である。しかもUNRWAが国連機関であることから一般の人々が直感的に抱くイメージとは異なり、糾弾対象になっているのが現地パレスチナ人の雇用者であることは間違いない。イスラエル政府の糾弾に証拠がないことに加えて、仮に事実であったとしてもUNRWAの組織全体の活動のあり方そのものの妥当性を疑わせる話ではない、という声があがるのは、無理のないことである。

 イスラエル政府のUNRWA糾弾は、国際司法裁判所(ICJ)においてジェノサイド条約に基づく暫定的な仮保全措置の命令がくだされた1月26日金曜に行われた。1月28日日曜 の深夜に日本政府までが資金提供の停止を発表するまで、資金提供を停止した18カ国・機関(米国、ドイツ、EU=欧州連合、スウェーデン、日本、フランス、スイス、カナダ、英国、オランダ、オーストラリア、イタリア、オーストリア、フィンランド、ニュージーランド、アイスランド、ルーマニア、エストニア)の発表のほとんどは、週末のわずか数日の間に行われた。かなり強い外交的働きかけがあったと思われる。(https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/02/c5ad6760684f3ab9.html

 イスラエルは従来からUNRWAの活動を快くは思っておらず、特にハマスの政治勢力が浸透しているガザにおけるUNRWAの活動を警戒していた。昨年10月の軍事作戦開始以降は、UNRWAへの敵対的姿勢を隠そうとしなくなった。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)など多数。
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