
【前回まで】衛力強化資金対策室で周防の上司となった土岐は、寄付で防衛費増額を賄う江島元総理の法案を否定する。土岐は対案として、法人税増額と安全保障税新設を主張した。自衛隊幹部との対立を恐れず、都倉大臣は防衛費の精査と防衛力強化策を進めようとする。陸自隊員半減の真剣な検討とミサイル迎撃の徹底を、都倉は統幕長らに命じた。
Episode6 一世一代
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その週末、土岐は周防に誘われて世田谷区宮坂区民センターで開かれた「平和と安全保障を考えるタウンミーティング」に参加した。
当初は、60人程度と考えて会議室をおさえていたが、メディアの取材も多く、急遽会場を体育室に移しての開催となった。
参加者は、約200人にのぼり、タウンミーティングとして意見交換するには、多すぎる気がした。
土岐らは、主催者側席の背後の壁際に用意されたパイプ椅子に案内され、大臣の到着を待った。
「やっぱり、東京でやると雰囲気が違いますね。メディアも半端なく多い」
テレビカメラだけでも、6台もある。
防衛省の広報課長が、「まもなく都倉大臣が到着されます」とアナウンスすると、体育室に緊張した空気が流れた。
都倉が現れると歓声が上がった。
昔から人気のある政治家だったが、中国での一件以降、ファンが増えた気がする。
世田谷区長の挨拶などが終わると、司会者を挟まず、大臣自身がマイクを手にした。
「タウンミーティングは、国民のみなさんと、平和と日本の安全保障についての意見交換をしたいと思って始めました。忌憚のないご発言を楽しみにしています」
簡単に挨拶した後、広報課長が防衛費の現状と増額理由を説明した。
「自分の国は自分で守らなければならないという点、それには相応の費用が必要です。それについて、ご意見を伺えますか」
都倉の呼びかけに、最前列で乳児を抱えていた女性が挙手をした。
「北朝鮮からミサイルが飛んで来たり、中国が台湾に侵攻することが、予想されるそうですが、それに対して私たちに、何が求められているんでしょうか」
「戦後、平和憲法を掲げ、日米安全保障条約によるアメリカの保護もあって、我が国は約80年間平和でした。しかし、国際情勢やアメリカの方針も変わって、今や、日本の防衛の考え方を変えなければならない時代です。国民のみなさんには、そうした事情をご理解戴き、幾分かのご負担をお願いしたいと思っております」
「でも、子どもが産まれて、私は暫く職場復帰もできない状況での、増税って困ります。別の方法はないんでしょうか」
最初は、サクラかと思ったのだが、どうやらそうではないようだ。
「小さいお子さんがいらっしゃるご家庭や、生活が大変な方への負担を最小限に抑える方法を考えています」
別の女性が指名された。40代ぐらいだろうか。
「大臣、トマホークミサイル1発のお値段っておいくらですか」
「5億円ぐらいです」
「5億円! いつ使うかも知れないミサイルに、それだけのお金を使うなら、もっと私たちの生活を楽にして下さい」
そう、こういう意見をどうするかなんだ、と土岐は思いながら、都倉の返答を待った。……

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