「ガザ危機」で露呈した日本外交「3つの曖昧性」

執筆者:篠田英朗 2024年6月3日
エリア: 中東
日本は、イスラエルに引きずられるアメリカに引きずり込まれて、国際社会における法の支配をめぐる「二重基準」の泥沼に陥り始めている[イスラエル軍の攻撃後に避難区域でテントの点検をするパレスチナ人=2024年5月18日、ガザ地区南部ラファ](C)EPA=時事
「法の支配」原則を擁護するはずの日本が、戦争犯罪を糾弾されるイスラエルには曖昧な態度に終始している。欧州との連携まで視野に入れた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」政策は、地中海とインド洋を結ぶ紅海を事実上封鎖してしまったフーシー派に有効な対応策を見出せない。安全保障の米国依存とエネルギーのアラブ依存をバランスさせることに終始してきた中東政策の伝統は、「ガザ危機」のグローバルな性格を捉えられるものではないだろう。ガザ危機で露呈した日本のこうした曖昧性は、今後の外交にも否定的な影響を与える恐れがある。

 深刻度を増す「ガザ危機」は、とどまるところを知らない。ガザにおける人道的惨状が深刻であることは、言うまでもない。加えて、国連安全保障理事会、国連総会、国際司法裁判所、そして国際刑事裁判所で、ハマスのみならず、イスラエルに批判的な内容の決議・命令等が繰り返し発出されている。しかし当事者は全く受け入れる様子がなく、軍事行動が続いている。

 この状況で、日本外交は、困惑しているように見える。もちろん日本にできることは限られている。「危機」が解決されないことは、日本のせいではない。ただそれにしても、「危機」に狼狽している様子は、今後の日本外交に否定的な影響を与えていく恐れがある。

 日本政府の立場は曖昧だ、と言われる。あるいは、日本の外交姿勢は揺らいでいる、とも言われる。それが問題だ。日本外交には戦略的な一貫性が欠如しているという評価が国際的に固まると、どうしても日本の国際的立場は弱まっていく。現状分析を怠らず、将来への布石を構想している姿を、世界に見せていく方法を考えるべきだ。

「法の支配」原則の曖昧性

「ガザ危機」に直面した後の日本の外交姿勢の最大の問題は、原則的な立ち位置が揺らいでしまったことだ。2022年ロシアのウクライナ全面侵攻以降、日本は「国際社会における法の支配」の重要性を掲げている。日本にとっては珍しいロシアに対する制裁と、多大なウクライナへの支援を続けている。23年5月のG7広島サミットの際には、「法の支配」の重要性を訴えつつ、「グローバル・サウス」に共鳴者を増やしていくことを目標として打ち出していた

 22年、23年と国連総会に提出されたロシアの侵略行為を非難する決議には、141カ国が賛同した。ロシアへの非難については、多数の諸国の同意があった。それをG7が採用してきた政策への協力につなげていけるかが、日本外交の課題であった。

 G7サミットから一年が経つが、日本を中心とするG7諸国の試みは、功を奏していない。それどころか、24年になって大幅に票を減らすことを嫌って、国連決議案が提出されなくなったことからもわかるように、日本を中心とするG7諸国の国際世論工作は、不調だ。

 日本の目論見では、ロシアの侵略は、国連憲章違反であり、「国際社会における法の支配」の観点から、普遍的に非難されるべき問題だった。ところが、それにしても、トルコ、インドネシア、南アフリカなどの非欧米圏の有力国の和平調停の試みを、ウクライナ及びその支援国が迷惑がるような素振りを見せる中で、ロシア・ウクライナ戦争の構図が、あまりにも「アメリカの同盟諸国vs.ロシア」で固まってしまった。ロシアへの非難が、アメリカとその同盟国による戦争継続の政策と同義であるとすれば、他の諸国は、もうただ、不要な対立に巻き込まれなくない、と考えるしかない。

 不当な領土侵攻の解決には、軍事力による奪還以外の方法はなく、交渉による解決の可能性は否定して、戦争を続けなければならない、というアプローチは、世界のどの地域でも見たことがない。「法の支配」を唱えながら、二年以上にわたって、唯一の解決策はただ軍事力による敵の駆逐だけである、という姿勢を取り続けるのは、非常に特殊だ。

 この「二重基準」は、「ガザ危機」によって劇的に明らかにされてしまった。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。現在も調査等の目的で世界各地を飛び回る。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より2024年まで外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)、『パートナーシップ国際平和活動』(勁草書房)など、日本語・英語で多数。
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