
(C)AFP=時事[写真はイメージです]
【前回まで】江島元総理らが待つ上野の料亭に向かう車中で、都倉防衛大臣は中国国家安全部の劉唯から極秘裡に呼び出される。都倉は米国防長官との会談を翌週に控えていた。
Episode6 一世一代
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「キョーコの英断に乾杯!」
持参したルイナール ブラン ド ブラン ブリュットを、フルートグラスになみなみと注ぎ、劉唯は都倉に向かってグラスを掲げた。
喉が渇いていたこともあって、爽やかな果実の味が染みた。
「日本にも、ようやく本物の防衛大臣が登場して、私は本当に嬉しい」
中国にとっては「厄介」なはずだが、ウェイウェイは、心の底から喜んでいるようにしか見えない。
「ハト派を自任してたのに、今日ですっかりタカ派にされてしまったのは、辛いけどね」
「あら、ハトよりタカの方が、私は好きよ。それに、軍事行為を行わないのが平和主義者だなんていうのは、お花畑のアホな理想主義でしょ。
平和は、適切な武力による抑止力と外交力があってこそ守れるのよ。日本は、ようやくその第一歩を踏み出した。あなたは、日本の歴史に新しい1ページを加えたと自負しないと」
ウェイウェイにかかると、すべて彼女の言うとおりに思えてしまうから不思議だ。
「そんなこと言っていいの? 中国外交部は、今回の迎撃に対して、遺憾の意を表明しているでしょう」
「それは当然。隣国の武力行使を黙認するわけにはいかないからね。だからこそ、日本は、それに対抗できる外交力を持たないと」
同感だが、実現は難しい。今に至るまで、外務省は公式見解を発表していない。
「ところで、希宝からの伝言がある」
ついに、来たか。
いよいよ面倒な事態に巻き込まれるのだろうか。
「まずは、お祝いの言葉。
さすが、キョーコだ! 君はいつも有言実行の人だったのを改めて思い出した、ですって。今日のこのルイナールも、彼からの贈り物なの」
ならば、飲みたくなかった。
「別に賄賂じゃないから、そんな顔しないで。旧友からの祝福なんだから、ちゃんと飲み干してあげようね。
で、彼のメッセージ。来週から始まるアメリカ国防長官との会談を頑張れ――」
驚きを隠せなかった。そして、じわりと脳内を恐怖が駆け巡った。
中国の情報網を考えれば、知っていて当然かもしれない。だが都倉自身も、一昨日突然、官房長官から言い渡されたばかりで、未発表なのだ。
それを、既成の事実として話されるとは。

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