やっぱり残るは食欲
やっぱり残るは食欲

切る切る切る

執筆者:阿川佐和子 2024年11月10日
タグ: 日本
エリア: アジア
ゴボウの笹掻きを細く薄く作ることの、なんと難しいことか(写真はイメージです)

 台所に立って料理をしていると、つくづく思う。料理の作業の大半は、「切る」ことなのだと。「切る」に始まって、「切る」を続け、「切って」仕上げる。

 煮るのも炒めるのも蒸すのも焼くのも、たいした労力にはならない。揚げるのはいささか恐怖と技術を伴うし、カリッと揚がらず失敗することも多々あるが、まあ、シロウトなりの揚げ物はなんとか出来上がる。

 味つけは、むしろ楽しい。カレーやシチューを作るとき、いったい何度味見をすれば気が済むのかと我ながら驚くほど、スプーンを頻繁に突っ込む。

 うーん、どうも味にしまりがない。生姜を入れてみるか。お醤油も少し。ニンニクも擂(す)って加えよう。だいぶコクが出てきたぞ。

 そんな具合に「おいしい方向」へ徐々に作り上げていく過程は、悩みも多いが、たいそう心躍るひとときだ。

 ところがそれらの料理を作るため、野菜や肉魚などの材料を切っているときは、忍耐力と持久力を要する。

 テレビや雑誌の料理コーナーにて、ガスコンロの前に立ち、一品作るという経験を何度かした。自分が作り慣れた料理を披露する場合もあるが、料理の先生の指導のもとで手を動かすこともある。

「ほら、簡単でしょう」

 先生はたいていそうおっしゃる。

「ここにパセリをのせて、はい、完成でーす!」

 器に盛り付けられた料理をカメラに向けて、私もニッコリ微笑む。

「本当に簡単でしたねえ」

 心の底から同意する。が、それがまやかしであることは、早晩わかる。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
阿川佐和子(あがわさわこ) 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』、『レシピの役には立ちません』(ともに新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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