戦争多発の2024年が投げかける問い――「欧米主導の時代」の終わらせ方は見つかるか

執筆者:篠田英朗 2024年12月26日
タグ: 紛争
2010年代以降に、戦争の数は、特に急激に増加した[レバノンの首都ベイルート南郊で、イスラエル軍の攻撃を受けて立ち上る煙=2024年11月12日](C)AFP=時事
われわれは2024年もたくさんの戦争を目撃した。この極めて武力紛争が多い国際情勢の根底には、3つの構造的要因が横たわる。アメリカが9.11を受けて始めた「対テロ戦争」が、アメリカの手を離れて広がり続けている。冷戦終焉後にバランス・オブ・パワーの主要な構成国を欠いた旧ソ連地域は、いまだに安定的な安全保障システムを見出せない。そして欧米諸国は「植民地主義」の清算を突き付けられている。欧米諸国の優位を前提にして構築された国際秩序を、その前提が崩れた後もなお円滑に運営できるのか。2024年が投げかけるこの問いは、今後も世界を悩ませ続けるだろう。

 現在の世界は、極めて武力紛争の数が多い状態にある。2024年も高止まりだった。非常に犠牲者数の多いロシア・ウクライナ戦争や、ガザ危機を中心とする中東の一連の戦争、そしてアフリカ大陸の「アフリカの角」からサヘルにかけての複数の諸国にまたがる諸々の戦争は、以前から深刻化していた戦争群だが、今年もやはり激しさを和らげることなく続いた。

 しばしば、第二次世界大戦以降の世界で戦争がなくなったときはない、と言われることがある。それは事実である。ただし約80年の歴史の中で、武力紛争の数の増減には、様々な浮き沈みがあった。

 近年では、冷戦が終焉した1990年代初頭に、武力紛争数が顕著に増加したことがある。ただしその後は、徐々に武力紛争数は抑え込まれた。ところが2010年代になって一気に増加した(UCDP[Uppsala Conflict Data Program]https://ucdp.uu.se)。

 なぜ、現代世界では、戦争が多発しているのか。そもそも、どのような事情で、戦争の数は減少したり、増加したりするのか。そのような世界的な傾向の変化は、どのような構造的な事情によって引き起こされているのか。

 沢山の戦争を目撃した2024年の終わりにあたって、これらの問いについて、あらためて考えてみる。

国家間戦争へのこだわりは相対化すべき

 分析にあたって、整理しておくべき事柄がある。それは一部の研究者層に見られる「国家間戦争」に着目したい、というこだわりである。このこだわりは、国際政治学は国家と国家の間の関係を扱うべきだ、内戦のような国家内の出来事を扱うべきではない、といった学問分野の分化に関わる信念のようなものに裏付けられているかもしれない。あるいは国家間戦争は、より珍しく、より激しいので、重要性が高い、といった考え方も存在しているかもしれない。

 だが現代世界では、国家間戦争と国家内戦争の違いは、ますます相対化されている。たとえば現代世界では珍しい国家間戦争の例とされる場合が多いロシア・ウクライナ戦争の事例を考えてみよう。この戦争について、ウクライナ人であれば、たいてい2022年2月に突然始まったとは考えない。2014年からウクライナ東部で続いていたドンバス戦争の延長線上にロシアの「全面侵攻」があることを知っているからだ。22年2月に起こったのが「全面侵攻」と呼ばれるのは、ロシアの侵攻それ自体は2014年から始まっていた、と考えるためである。つまり「内戦」と分類されるドンバス戦争の中に、ロシアの侵攻という国家間戦争の様相があった。逆に2022年2月の「全面侵攻」によってドンバス戦争が慌てて終結させられたとは言えないため、ロシア・ウクライナ戦争の中にドンバス戦争の様相が吸収されている、と考えることが妥当である。実際に、ロシア・ウクライナ戦争のほとんどの期間は、ドンバス戦争が膨らんだ形で、東部地域を主戦場にして、展開してきている。国家内戦争と国家間戦争は、実際には、重なり合っている。

 ガザにおけるイスラエルの軍事作戦が続いている中東情勢は、さらに事情が複雑だ。ガザは、国際社会の大多数が国家承認しているパレスチナに属する。しかし長期にわたってイスラエルの占領体制下に置かれてきた。ガザ危機を、イスラエル・ハマス戦争と呼ぶ場合も多々みられる。だがイスラエルとハマスという非対称な関係にある二つの交戦主体が、国家内戦争の状態にあるのか、国家間戦争の状態にあるのかと問うならば、完全に確定的にはどちらかが正しいとは答えられないだろう。ましてイスラエルは、国家を正式に代表する政府とは言えないレバノンのヒズボラやイエメンのフーシー派と交戦関係にあるのと同時に、イランに対しても軍事攻撃を加えてきている。イスラエルを取り巻く中東の一連の戦争は、国家間戦争と国家内戦争の区別を無意味に感じさせるほどに、多様な交戦主体が重なり合いながら展開してきている。

 脆弱国家の内部要因で紛争が出現することもあるが、外国勢力による外部要因によって紛争が引き起こされることもある。内部要因と外部要因は、相互に影響を与え、連鎖し、密接不可分に展開している。もし分析者が、国家間戦争だけに注目したいという動機づけで、機械的に戦争を国家間戦争と国家内戦争に分類したうえで、前者だけに着目しようとするならば、気づかないうちに重要な要素を無視してしまう態度をとることになりかねない。

 そもそも異なる別々の戦争だと分類されている戦争が、相互に連動しているような状況は、頻繁に起こっている。中東や、アフリカで起こっている数々の紛争は、別々に考えることもできるが、いずれも相互に密接に結びついている。国家あるいは非国家の交戦主体が、国境横断的に暗躍している場合も多々ある。

 国家内戦争と国家間戦争の機械的な区別分類に固執するならば、相互に連動しながら、一定の傾向を持って増減をする戦争という事象を、捉えきることはできない。機械的な区分をこえて、全体動向を見据える視点を持っていく必要がある。

 このことを述べたうえで、現代世界でなぜ戦争が多発しているのか、その構造的要因を考えてみたい。

アメリカという中心を失って広がる「対テロ戦争」

 2010年代以降に、戦争の数は、特に急激に増加した。その多くは、「対テロ戦争」の余波によるものであり、さらには不安定化した中東で起こった「アラブの春」の現象の余波によるものであった。

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カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。現在も調査等の目的で世界各地を飛び回る。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より2024年まで外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)、『パートナーシップ国際平和活動』(勁草書房)など、日本語・英語で多数。
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