
与党連合・バフチェリ党首の衝撃的な発言
昨年10月22日、トルコではレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が党首を兼任する与党・公正発展党(AKP)政権と選挙協力の連合を組む(以下「与党連合」)民族主義行動党(MHP)のデヴレト・バフチェリ党首が、トルコ議会のMHP党内会議で突如度肝を抜く発言を行った。
1999年からマルマラ海のイムラル島刑務所において加重終身刑で服役中のクルド労働者党(PKK)元指導者アブドラ・オジャラン(76)の独房拘禁が解除された場合、議会に召喚してクルド系政党・人民平等民主党(DEM)党内会議で演説させ、テロ終焉とPKK解体を宣言させよというのだ(以下「バフチェリ発言」)。
バフチェリ発言は、後にこれに対する全面的支持を表明したエルドアン氏との合作だ。そこには、今年23年目に入るエルドアン政権の可能な限りの継続を狙う思惑が透けて見える。オジャラン服役囚(以下「オジャラン」)の釈放は果たして、テロ終焉の実現、そしてエルドアン政治の半恒久化に向けたウルトラCになるのか。バフチェリ発言の舞台裏とともに考察する。
狙いは憲法改正に向けた多数派工作
MHPはトルコ民族主義を掲げる老舗の極右政党で、77歳のバフチェリ氏はPKKを生んだ1960年代後半以降の政情不安・イデオロギー闘争の時代をオジャランとは対極で生きた。クルド民族主義に最も厳しい姿勢で臨んできた老練の政治家だ。
いっぽうエルドアン氏率いるAKPにとり、クルド系政党はクルド系有権者の票を激しく競い合う相手である。一般的にクルド系国民は、大都市圏在住か本来の地元である東部在住かを問わず、宗教的保守性が強い。エルドアン氏としては、地域や民族性を超越した普遍宗教としてのイスラム教を紐帯にクルド民族主義を押さえ込むことは、選挙対策上重要な課題だ。
それぞれの理由でクルド系政党を敵視してきたバフチェリ・エルドアン両氏だが、今回のDEMへの急接近をクルド系政党との和解への方針転換とするのは早計だ。無論テロ終焉はトルコの国家的悲願だが、今回の与党連合の意図は、どの野党にとっても党内事情により共闘困難な相手であるDEMを取り込み、再び圧倒的勢力を担保する議会工作だと見られている。
しかし、DEM側がAKPに抱く警戒が消えることは考えられない。クルド系政党は2002年以降のAKP単独政権下でも何度も解党処分を受けながら再結党を繰り返し、危機を乗り切ってきた。そうしてDEMを含む歴代の政党は政界のキャスティングボートを握る勢力に定着している。だがバフチェリ発言後、DEMは圧迫の再発にも遭っているのだ。
エルドアン氏は、実権型大統領としての3選を目指している。バフチェリ氏はそれに協力することで、エルドアン体制が続く限り、大統領の恩人かつ盟友の座に君臨できる(2月4日以降、心臓手術のため療養中)。
トルコは2017年の国民投票で議院内閣制を廃止し、実権型大統領制を導入した。現行憲法によれば大統領は原則として2選までだが、2期目の任期中に議会が総選挙と一体での大統領選の前倒しを議決すれば3度目の立候補が可能で、エルドアン氏に多選の余地を残すとして議論になってきた。エルドアン氏が3選を目指すには、国民投票で憲法を再改正するか、あるいは議会で大統領選の早期実施を議決するしかない。与党連合の現議席数は320余りで、いずれの方法についても最低限必要な360議席には足りない。
しかも政権には、超長期化した独裁的な政権運営が生んだ経済危機が強い逆風になっている。国民の間には従前の分断と閉塞感のみならず、自国通貨リラの暴落と激しい物価高への不安が鬱積している。そこで与党連合は、現在57議席を持つDEMに目を付け、同党が精神的支柱とするオジャランの仮釈放を持ち出す奇策に打って出たのだ。
根拠は2014年の欧州人権裁判所判決
バフチェリ氏は自身の発言が仮釈放を意味すると公言している。トルコの刑罰執行法が規定する加重終身刑の仮釈放権をオジャランが得るには、(現行法でも判決確定時の旧法でも)最低条件となる服役年数を満たしていない。だが、バフチェリ発言は超法規的措置を示唆しているわけではなく、国際条約に依拠していると考えられる。
ギリシャの駐ケニア大使館に潜伏中のオジャランを、トルコとアメリカの諜報機関が合同捜査で拘束したのは1999年2月15日(トルコ連行は翌16日)だ。トルコの国家公安裁判所(2004年廃止)判事による裁判は同年5月31日に始まり、1カ月後の6月29日に同裁判所はオジャランに死刑判決を下した。被告人側控訴によって控訴審が行なわれたが、同年11月22日、控訴棄却で死刑は確定した。

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