「ヤルタ2.0」――大国による世界分割論をどう理解すべきか
Foresight World Watcher's 4 Tips

米トランプ政権の脱価値的な外交を目の当たりにしたことで、「世界を決めるのはトランプ大統領のビッグディールだ」といった指摘がメディアにも増えています。批判にも悲観にも、あるいはどこか傍観のようにも感じられる解説ですが、話はそう単純なものではなさそうです。
ビッグディール論の背景にあるのは、ロシア・ウクライナ戦争の停戦交渉をめぐる当事者外し、つまりウクライナや欧州を交渉に参加させず、米ロ両国の直接交渉を軸に話を進めようというドナルド・トランプ大統領の姿勢です。ロシア側にもこれを歓迎する空気があり、大国同士による戦後体制決定という意味で、1945年に米英ソの連合国三カ国首脳が行ったヤルタ会談になぞらえ「ヤルタ2.0」と呼んでいるとも伝えられます。
ただ、トランプ大統領は7日、自身のSNSに対ロ制裁強化を検討していると投稿しました。「ウクライナとロシア、いますぐ(交渉の)テーブルに着け」と呼びかけるその姿勢は、ロシアを対等な交渉相手と位置付けているようにも見えません。トランプ大統領が自国にロシア・中国を加えた三カ国で世界を分割支配しようとしているという見立ては、少なくとも現時点では“本筋”ではないように思います。
もちろん、トランプ政権内には外交政策に関して何種類かの異なった志向が同居します。上記の見方は必ずしも荒唐無稽とも言えません。米アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)シニアフェローのハル・ブランズ氏は、「トランプは5つの外交政策を持っている」と論じ、政権内の影響力争いはこれまで以上に大きな意味を持つだろうと論じています。本誌ではこの点、森聡(慶應義塾大学法学部教授)の論考(下記「関連記事」)に詳しい分析が行われています。
フォーサイト編集部が熟読したい海外メディア記事4本、よろしければご一緒に。
[Europe Express]Finnish president warns Europe faces new Yalta or Helsinki moment【Henry Foy/Financial Times/2月17日付】
「欧州は自身の将来を決定する決定的な局面を迎えていると、フィンランドのアレクサンダー・ストゥブ大統領は警告する。/[略]『これはヤルタ対ヘルシンキという事態だ。ヤルタは当時の大国間での分割協定であり、ルーズベルト、チャーチル、スターリンは、それぞれの利益圏を基盤とした欧州の安全保障体制を構築した』と、ストゥブはFT紙に語った」
「『別の選択肢は、1975年のヘルシンキだ。国家間の行動のあり方が明確に定められ、それは後に国家の3つの主要原則である独立、主権、領土保全となった』と、彼は続ける。/[略]こうした原則は1975年のヘルシンキ協定で再確認され、冷戦の緊張緩和に貢献した」
「ウクライナ和平交渉において欧州各国が直接的な役割を担うことは拒否された。マルコ・ルビオ米国務長官は今週[2月18日]、サウジアラビアでロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と会談する予定で、これが最初の公式な交渉となる。ウクライナも招待されていない」
「今日[2月17日]パリで行われる緊急会談では、[欧州]各国首脳が米ロ交渉に対する共同の対応策を練る予定だ。『私はこれを、80年前のヤルタ会談ではなく、50年前のヘルシンキ会談のようなものにしたい』とストゥブは語る。『(現状は)その中間のような事態になっている。進行中のプロセスのなかにはヤルタ的なものもある。しかし、最終的な結果はヘルシンキ的なものになることを願っている」
この引用は、英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙の2月17日付「フィンランド大統領が警告 欧州は新たなヤルタかヘルシンキかという事態に直面している」からのものだ(同紙のニューズレター「ヨーロッパ・エクスプレス」からの転載で、筆者はブリュッセル支局長のヘンリー・フォイ)。
この1カ月ほど、「ヤルタ2.0」という言葉を見かけることが増えた。欧米では「新たなヤルタ(new Yalta)」と表現されることが多いが、意味するところは同じだ。米ロが当事者を交えることなく、ロシア・ウクライナ戦争と欧州の安全保障体制について協議し、決めてしまいそうだとの危機感が高まるなかで注目されるようになった。

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