瀬戸内海は“きれい”になり過ぎた? 海苔・ワカメの発育不良を「下水の力」で解決する

執筆者:山口亮子 2025年3月24日
タグ: 日本
エリア: アジア
水は澄んだが、海が豊かでなくなった――[兵庫県明石市の江井島漁港](筆者撮影、以下すべて)
かつて漁業を脅かすものの代表例は、水中の植物プランクトンが異常増殖する「赤潮」だった。プランクトンの養分となる窒素やリンを下水から取り除く水質浄化は欠かせない。だが、実は日本や欧米の一部では、浄化のし過ぎによる湖沼や海の「貧栄養化」が問題化している。漁獲量の減少につながるため、浄化の水準を意図的に落とす下水処理場も増えている。

 

「海がきれいになり過ぎた」

 兵庫県明石市にある江井ヶ島漁業協同組合を2024年秋に訪ねた。コンクリート造りで灰色の二階建ての建物が播磨灘に面して建っている。二階の窓の上に黒い丸ゴシック体で大きく「江井島漁協」と書いてある。ペンキは退色が進み、漁協の文字の一部が剥落していた。

 鮮やかな青色の半袖ポロシャツに黒いズボンといういで立ちで、組合長の橋本幹也さんが取材に応じてくれた。冒頭の言葉は、橋本さんが何度も口にしたぼやきだ。そして、兵庫県、ひいては瀬戸内海の多くの漁師が共通して持つ感想でもある。

橋本幹也組合長

 橋本さんが漁師になったのは、1979年のこと。海苔の養殖と、タコ壺、刺し網漁を生業にしている。当時は、魚もタコも獲れ、養殖も順調だった。「まさに右肩上がりの時代」だったと振り返る。

 明石の海はいま、沖合に出れば海水面から10メートル下まで見通すことができる。「昔の三倍くらいは見通せるようになった」と橋本さん。そしていま、魚もタコも獲れる量が以前より減り、海苔の品質の低下に悩まされている。

 漁協の取扱高は年間6、7億円ほどで、その9割以上を養殖の海苔が占める。屋台骨とも言うべき海苔が、黒く色付かずに薄茶や緑色になってしまう色落ちを起こしている。窒素やリンといった栄養の不足が原因だ。

 橋本さんは、腰かけている黄土色のソファを指さして、「こんな色になって」と嘆く。

「定食でごはんと一緒に出てきたら、食べても美味しくないような色ですよね。こういうふうになったら、もう商品価値がないんで」

 水は澄んだが、海が豊かでなくなった――。これが水産関係者の共通認識になっている。

江井ヶ島漁業協同組合

かつては播磨灘で国内最大の赤潮被害も

 原因の一つとして指摘されるのが、海水に含まれる養分が減ってしまう「貧栄養化」。その解消策として期待されているのが、下水だ。

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カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
山口亮子(やまぐちりょうこ) ジャーナリスト 京都大学文学部卒、中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。時事通信社を経てフリーになり、農業、地域活性化、中国について執筆を続けている。主な著書に『ウンコノミクス』(2025年4月7日発売、集英社インターナショナル新書)、『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』(新潮新書)、『人口減少時代の農業と食 』(共著、ちくま新書)、『誰が農業を殺すのか』(共著、新潮新書)。雑誌や広告などの企画編集やコンサルティングを手掛ける株式会社ウロ代表取締役。
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