
「海がきれいになり過ぎた」
兵庫県明石市にある江井ヶ島漁業協同組合を2024年秋に訪ねた。コンクリート造りで灰色の二階建ての建物が播磨灘に面して建っている。二階の窓の上に黒い丸ゴシック体で大きく「江井島漁協」と書いてある。ペンキは退色が進み、漁協の文字の一部が剥落していた。
鮮やかな青色の半袖ポロシャツに黒いズボンといういで立ちで、組合長の橋本幹也さんが取材に応じてくれた。冒頭の言葉は、橋本さんが何度も口にしたぼやきだ。そして、兵庫県、ひいては瀬戸内海の多くの漁師が共通して持つ感想でもある。

橋本さんが漁師になったのは、1979年のこと。海苔の養殖と、タコ壺、刺し網漁を生業にしている。当時は、魚もタコも獲れ、養殖も順調だった。「まさに右肩上がりの時代」だったと振り返る。
明石の海はいま、沖合に出れば海水面から10メートル下まで見通すことができる。「昔の三倍くらいは見通せるようになった」と橋本さん。そしていま、魚もタコも獲れる量が以前より減り、海苔の品質の低下に悩まされている。
漁協の取扱高は年間6、7億円ほどで、その9割以上を養殖の海苔が占める。屋台骨とも言うべき海苔が、黒く色付かずに薄茶や緑色になってしまう色落ちを起こしている。窒素やリンといった栄養の不足が原因だ。
橋本さんは、腰かけている黄土色のソファを指さして、「こんな色になって」と嘆く。
「定食でごはんと一緒に出てきたら、食べても美味しくないような色ですよね。こういうふうになったら、もう商品価値がないんで」
水は澄んだが、海が豊かでなくなった――。これが水産関係者の共通認識になっている。

かつては播磨灘で国内最大の赤潮被害も
原因の一つとして指摘されるのが、海水に含まれる養分が減ってしまう「貧栄養化」。その解消策として期待されているのが、下水だ。

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