中東―危機の震源を読む (67)

チュニジア革命の「詩」と統治の「散文」

執筆者:池内恵 2011年1月28日
カテゴリ:
エリア: アフリカ 中東

 もしある日、人々が「生きたい」と願ったら
 運命は応えてくれるだろう
 夜は明け染める
 手鎖は切れ落ちる
 生命を追い求めない者など、切に望まない者など
 煙と消えていく、吹き散らされる


 アブー・カースィム・アッシャーッビー「生への願い」『生命の詩集』より
 

 チュニジアでベンアリー政権が崩壊した時、多くのアラブ世界の知識人たちがこの詩を連想したという。この詩を書いた夭折の詩人アッシャーッビー(Abu al-Qasim al-Shabbi; 仏語表記はAbou el Kacem Chebbi 1909-1934)は、チュニジアのトズールに生まれ、たった1冊の詩集を残してこの世を去った。死の遥か後の1955年にエジプトで刊行された『生命の詩集』は、アラブ近代のロマン派詩の最大の到達点とされる(M. M. Badawi(ed.),Modern Arabic Literature, Cambridge Universtiry Press, 1992, p. 127)。愛と生命をテーマにしたアッシャーッビーの詩は、1950年代、英・仏の植民地主義へ対抗する民族主義が高まった頃、抑圧に立ち向かう人々の心を鼓舞するものとして広まり、初等教育の教科書にも盛り込まれてきた。アッシャーッビーのもう1つの著名な詩「世界の専制君主に」の冒頭は次のようだ。

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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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