シリーズ:中国「見そこない」の歴史(6)里見弴の場合

執筆者:樋泉克夫 2018年8月21日
カテゴリ: 国際 政治 文化・歴史
エリア: 中国・台湾
「国民服」は1980年代まで成人男性の標準スタイルだった(C)AFP=時事

 

里見弴『隣邦の今昔』(『世界紀行文学全集』修道社 昭和46年)

 このシリーズで取り上げてきた米川正夫柳田謙十郎安倍能成桑原武夫宇野浩二らの中国に対する姿勢は、おしなべて“拝跪”と表現するしかない。混乱と頽廃の旧中国は消え去り、あたかも道義国家の新中国として生まれ変わったことを伝える。中国政府の掌の上で、まるで己を失くしたかのようだ。彼らもまた中国を前にした時の日本人の悪癖――ある種の思い込み、あるいは先入観や既成観念にとらわれるあまり目の前の現実から目を逸らしてしまう――から逃れられなかったということだろう。どうすれば、この悪癖を克服できるのか。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫 愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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