灼熱――評伝「藤原あき」の生涯(64)

執筆者:佐野美和 2019年8月11日
タグ: イタリア 日本
エリア: ヨーロッパ アジア
まだ戦争前、家族そろって洋行から帰国した頃(下関市「藤原義江記念館」提供、以下同)
 

 戦争が終わり、空腹が満たされてくると、あきは装うことに飢えていた。

 一方義江は彼のもう1つの舞台である、恋することに飢えていた。

 東京の下町を中心に10万人以上の人が死亡・行方不明になった関東大震災の時は、あきは前夫と別居中でありながら義江との不貞の贖罪のためか、夏の間夫の居る芦屋に滞在していた。あきの着物や装飾品、調度品のすべては京橋の自宅に置いてあったために、1つ残らず焼けてしまった。

カテゴリ: 社会 カルチャー
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執筆者プロフィール
佐野美和(さのみわ) 政治キャスター。東京都八王子市出身。株式会社チェリーブロッサムインターナショナル代表取締役。大学在学中、フジテレビの深夜番組として知られる『オールナイトフジ』のレギュラーメンバー「オールナイターズ」の一員として活躍した。1992年度ミス日本に選ばれる。TBSラジオのパーソナリティ、TBSラジオショッピングの放送作家を経て、1995年から2001年まで八王子市議会議員として活動。以後はタレントとしてテレビ出演のほか、講演会も精力的に行う。政治キャスターとしてこれまで600人以上の国会議員にインタビューしている。主な書籍に『アタシ出るんです!』(KSS出版)、『あきれたふざけた地方議員にダマされない!』(牧野出版)などがある。
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