実はもう財源枯渇:コロナ禍「雇用のセーフティーネット」の深刻状況

執筆者:鷲尾香一 2021年4月9日
エリア: その他
「雇用調整助成金」は従業員の失業手当などに使われる (C)時事
失業保険の財源5兆円近く、雇用調整助成金(雇調金)の財源1兆5000億円以上――2020~21年でこの金額が奇麗に消え、制度はまさに薄氷の上。「コロナ後」の企業と労働者には、過去に例のない保険料率引き上げという試練が待っている可能性が高い。

 

 新型コロナウイルスが再び猛威を振るい始めている。変異株の感染拡大が急速に進む中、4月5日から大阪、兵庫、宮城の3府県に「まん延防止等重点措置」が初適用された。追って8日夜には東京にも適用する方針が示された。終わりの見えない新型コロナとの戦いが続く中、「雇用のセーフティネット」に大きな綻びが生じている。財政が急激に悪化し、財源が枯渇し始めているのだ。

失業保険の月間受給者39万人→59万人

 雇用状況の悪化の際のセーフティネットとして、すぐに思い浮かべるのは「雇用保険(失業保険)」だろう。新型コロナ禍による雇用情勢の悪化を受け、2020年に雇用保険受給者数は急激に増加した。

 

 雇用保険基本手当受給者数は、20年1月から5月までは30万人台で推移、前年比増加率も1ケタ台だったが、6月に入ると受給者数は40万人台に増加、前年比も20%増を超えた。7~10月は50万人を超える受給者数となり、一時は前年比でも35%まで増加した。(表1:以下、図表はすべて厚生労働省資料より筆者作成)

 この結果、20年度の平均月間受給者数は19年度の39万人から15万人も増加し、54万人になると見込まれている。さらに、21年度の平均月間受給者数は59万人に増加すると予測されている。

 

 これにより、失業保険等の支払原資である雇用保険の積立金を大幅に取り崩さざるを得なくなり、20年度の積立金は19年度の4兆4871億円から2兆1323億円と半額以下(前年度比52.5%減)に減少する。さらに、21年度の積立金残高は1722億円(19年度比96.2%減)と激減すると予想されている。(表2)

 しかし、問題はそれだけではない。新型コロナ禍では、「雇用調整助成金(雇調金)」の特例措置が実施されている。これは休業要請などで事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用を維持するため従業員に対して休業手当等を支払う場合、その一部を助成するもの。

 

 20年に雇調金の支払いが急増したことで、その原資となる雇用安定資金の残高が激減した。19年度に1兆5410億円あった残高は、20年度には94.4%も減少し、わずか864億円まで減少する見込みだ。さらに21年度の残高も864億円と予想されており、雇調金制度は“首の皮一枚”でつながっている状況となっている。(表3)

リーマンショックを上回る衝撃

 雇用保険や雇調金がこのような状況に陥ったのは何故なのか。その仕組みを簡単に説明しよう。

 雇用保険や雇調金は、一般財政とは切り離され、「労働保険特別会計」で管理されている。特別会計にすることで、政府の一般財政の影響を受けづらく、財源を保全・確保できる側面がある。

 

 この特別会計で管理される雇用勘定には、「雇用保険給付」「雇用保険二事業」「育児休業給付」「就職支援法事業」の大きく4つの事業のための勘定がある。雇用保険給付、育児休業給付、就職支援法事業は文字通り、雇用保険(失業保険)の給付、育児休業の給付、就職支援を行うためのもので、雇用保険二事業とは雇用安定事業(雇用制度助成金)と能力開発事業を行うためのものだ。(表4)

 その財源となるのは、いずれも保険料だが、雇用保険二事業は事業主の負担で、それ以外は事業主と従業員が折半して負担する。

 いずれも、収入のほとんどは保険料収入で、保険料収入のうち、給付金等に使われなかった分を剰余金として積立て、給付金等が保険料収入を上回った場合には、積立金を取り崩して給付金等に充てる仕組みとなっている。

 では、各事業の収支がどのようになっているのかと言えば、雇用保険の20年度の収入は4277億円で、このうち保険料収入が4008億円だった。これに対して支出は1兆7028億円で、このうち失業保険の給付に1兆4843億円を使っている。従って、1兆2751億円の赤字であり、積立金を取り崩すことで埋めた。結果、積立金残高は前述のように2兆1323億円に減少した。

 さらに、21年度は収入が4306億円で、このうち保険料収入が4006億円を見込んでいる。支出は1兆7800億円で、このうち失業保険の給付に1兆5772億円を見込んでいる。収支の赤字額は1兆3494億円の見込みで、積立金残高は1722億円まで減少する。

 一方、雇調金の原資となる雇用保険二事業は、20年度の保険料収入は5878億円で、支出は4兆1172億円、このうち雇調金は3兆2159億円を占め、3兆5294億円もの巨額の赤字となり、積立金である雇用安定資金の取り崩しを行った。

 だが、前述したように19年度の同資金残高は1兆5410億円だったため、実際には積立金では赤字を埋めることはできず、同事業は事実上、“破綻”したのだ。

 実は、雇用保険二事業以外の雇用保険給付事業など3事業は財政負担が認められているのに対して、雇用保険二事業は財政負担が認められていない。

 雇用安定資金の枯渇、雇調金制度の“破綻”に直面した政府は、「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための雇用保険法の臨時特例等に関する法律(臨時特例法)」で急遽、一般会計から雇用安定資金への資金投入(財政負担)と雇用保険の積立金から雇用安定資金への貸出を認めた。

 この結果、20年度には雇用安定資金に一般会計から1兆762億円が投入され、雇用保険の積立金から1兆797億円の貸出が実行された。また、21年度も一般会計から363億円が投入され、雇用保険の積立金から6107億円が貸し出される。

 前述した雇用保険の積立金が20年度に19年度から半額以下に減少し、21年度には残高が1722億円に激減する大きな要因は、この雇用安定資金への貸出(20年度と21年度累計で1兆6904億円)にあるのだ。

 実際、08年のリーマン・ショック後、09年に失業保険受給者が急増した局面でも、雇用保険の積立金は大きく減少することはなかった。20年度と21年度に雇用安定資金へ貸出を行ったことで、積立金が大きく毀損したことがわかる。(表2)

財政負担で埋めてはいるが……

 問題は雇用保険(失業保険)と雇用保険二事業(雇調金)をどのように立て直していくのかという点にある。特に、雇用保険二事業への財政負担と雇用保険の積立金からの貸出は、所詮は弥縫策に過ぎない。抜本的な立て直し策が必要となる。

 すでに、雇調金の原資は864億円にまで減少している。新型コロナでの雇調金の特例措置の期限は、今年6月末までとなっているため、確かに21年度の原資は確保できているのかも知れない。

 とはいえ、新型コロナの終息はまだ見えない。それどころか、再び、雇調金の特例措置を実施しなければならない事態に陥る可能性も大いにある。

 臨時特例法によって急遽、財政負担が実施されたが、財政負担を継続する以上、これまで保険料収入で賄っていたものが財政負担に振り替わることになり、それは財政赤字の拡大につながる。

 また、財政負担が認められている雇用保険の積立金から雇調金の原資である雇用安定資金への貸出を行うことは、実質的に雇用保険の積立金を“トンネル”とした財政負担であり、これは“政府の隠れ借金”的な性格を強く持つ。

 失業保険など労働保険は保険料収入によって賄われるのが原則となっている。ところが、新型コロナ禍によって、保険料収入だけでは給付金等を賄えない状況となった。しかし、いずれ立て直しを行う際には、原則に戻り保険料収入を中心に立て直しを図ることになるだろう。

 失業保険を賄う雇用保険料率は原則0.8%だが、積立金の減少を補うため、過去には05年に1.6%にまで引き上げられたことがある。雇用の安定と積立金の増加により、09年には0.8%に引き下げられたものの、リーマン・ショックの影響を受け、10年に再び1.2%に引き上げられた。その後は順次引き下げが行われ、17年からは0.6%となっている。

 一方、雇用保険二事業の保険料率は現在0.3%となっている。かつては原則0.35%で運用されていたが07年に0.3%に引き下げられ、リーマン・ショックの影響を受けた10年~15年に0.35%に戻った以外は0.3%が続いている。

 だが、新型コロナ禍の後に待っているのは、雇用保険と雇用保険二事業の保険料率引き上げだ。

 

保険料率はどこまで上がるか

   雇用保険料は、05年当時の1.6%の水準まで引き上げが行われるかも知れない。そして それ以上に問題なのは、雇用保険二事業だ。19年度の雇用安定資金積立てに回された剰余金は1010億円。仮にこのペースで剰余金が積み上げられたとしても、雇用保険の積立金からの借り入れ1兆6904億円を返済し、さらに雇用安定資金の積立金残高が19年度の1兆5410億円の水準に回復するまでには、30年以上の歳月が必要になる計算だ。つまり現実的には、雇用保険二事業保険料率は、過去に例のない水準にまで引き上げられる可能性が極めて高い。

 こうした労働保険の保険料率の引き上げは、当然のことながら新型コロナ禍からの立ち直りを目指す企業や労働者にとって、大きな負担となるだろう。

 すでに、雇用のセーフティネットである労働保険は、これまでにない財政危機に直面している。特に雇用調整助成金は、実質的な破綻状態にあり、財政負担と雇用保険積立金からの借り入れにより、薄氷を踏む状態で制度存続が図られている。

 今こそ、労働保険のあり方について抜本的な見直しを行うべきではないか。

カテゴリ: 政治 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
鷲尾香一 金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。
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