ワクチン打てぬまま診察か――コロナ「第4波」に丸腰で臨む医療現場で悲鳴続出

執筆者:磯山友幸 2021年4月28日
エリア: その他
2回接種が済んだ医療従事者は、まだ約15%に過ぎない(C)時事
高齢者への接種開始が喧伝される一方で、医療従事者の接種はまったく進んでいないという現実。なぜ最優先のはずの現場が「丸腰」なのか。ワクチン供給不足以上に深刻なのは、旧日本軍ばりにロジスティクス軽視の国の姿勢だ。

「丸腰で戦えということですね」――4月中旬、新型コロナウイルスの感染が爆発的に増えていた関西の中規模民間病院の医師はこうボヤいた。自治体からは新型コロナ患者の受け入れを要請されているが、一方で、医師や看護師を守るワクチンは届いていなかった。480万人にのぼる医療従事者へのワクチン接種が始まったのは2月17日。それから2カ月が経った4月16日時点で、1回目の接種が終わった人は119万8346人。2回の接種が完了した人は71万8396人と、全体の約15%に過ぎなかった。

 大阪では4月13日に新たな感染者確認が1日1000人を初めて突破、「第4波」の到来が深刻さを増していた。4月から「まん延防止等重点措置」が適用されていたが、大阪の感染者は減らなかった。病床があっという間に埋まっていく中で、医療従事者は臨戦態勢を余儀なくされたが、ワクチンはなかなか届かない。一方でテレビニュースは高齢者接種が4月12日から始まったことを伝えていた。

「ワクチン接種の済んだ高齢者を、ワクチンを打っていない医者が診察するというのは、ジョークではないか」

 首都圏の病院でもそんな声が聞かれた。首都圏のある市では、高齢者用に配布されたワクチンを医療従事者への接種に回すことにした。病院からの苦情に耐えられなくなったからだ。

 なぜ、こんなことが起きているのか。

「届いても打てない」事態が頻発

 1月に新型コロナ・ワクチン担当になった河野太郎規制改革担当相は、3月5日の記者会見でこう述べていた。「当初見込んでおりました優先接種の医療従事者370万人分の1回分の配送は4月中に完了する見込みです。その後、100万人程度、数が増えましたので優先接種の医療従事者は約480万人になりますけれども、5月前半にはこの2回分を含めた必要量の配送が終わるということになります」

 4月末には医療従事者の1回目の接種が370万人に達してもいいはずだったが、実際に接種を受けた人はその半数程度に止まった模様だ。もっとも、河野大臣が嘘をついているわけではない。河野氏は「配送が終わる」と言っているだけで、「接種が終わる」とは言っていなかった。ワクチンの供給が追いつかないと多くの国民が気を揉んでいるので、配送されれば、すぐに接種されるはずだと思い込みがちだが、実際はまったく違う。配られても接種ができない事態に直面しているのだ。

 真っ先に始まった医療従事者への接種は都道府県が責任を持ち、4月からの高齢者接種は市町村が責任を持つことになった。なぜそうした「分担」が決まったのかは河野大臣周辺に聞いても分からずじまい。「河野さんがワクチン担当大臣になった時には、すでにそういう分担が決まっていた」という。この分業が大混乱を招く一因になっている。

 つまり、国は自分たちの仕事は「ワクチンを配る」ところまでで、その先、つまり接種するのは自治体の責任だと思っているのだ。河野大臣ら政治家は有権者の批判に晒されるから、そうは言わないが、厚生労働省は明らかにそう思っている。厚労省はワクチンを配分するために「ワクチン接種円滑化システム(通称V-SYS=ヴイシス)」を新たに導入、ワクチン接種を行う医療機関や接種機関に必要な数量を入力させ、それに従って効率的に分配する仕組みを作ったが、これが完成したのは医療従事者向けの接種が始まった後の3月になってから。結局、医療従事者分のワクチンは都道府県の衛生主管部が紙の書式で厚労省の予防接種室に配送先と配送箱数を申告することが3月10日に通知された。同時にV-SYSにも実際に使う医療機関のデータを入力しないと、配送に支障が生じるとされていた。多くの関係者が、このV-SYSの出来が悪いことが大混乱の大きな理由になっていると口を揃える。

 国は手に入った少ないワクチンを都道府県に分配した。3月22日の週と29日の週にはそれぞれ200箱のワクチンが国から都道府県向けに配送され、最多の東京は19箱、鳥取県や島根県などは1箱といった具合だが、そこには接種の準備ができたかどうかという判断基準はなかった。その結果、配布したものの実際には接種する体制が整わず、ワクチンが冷凍保管されたままになっている県もあった。

 V-SYSがフル稼働するはずだった高齢者接種でも同じことが起きた。入力された必要数を届けるのではなく、都道府県を通じて市町村に配布したため、接種の準備ができていない市町村にもワクチンが届いたのだ。NHKが4月26日に報じたところによると、前週までに配送された107万2500回分のワクチンのうち、実際に使用されたのは7万4852人(4月25日時点)だけで、配送されたもののわずか7%にとどまっていた。そもそもV-SYSで実際の需要がリアルタイムで把握できていれば、準備のできたところから配送して、接種していくこともできたはずで、役所で滞留して使用されないなどという事態は起きなかったはずだ。

 また、ファイザーのワクチンは-75℃±15℃で保存して6カ月もつが、-20℃±5℃では14日しか保管できない。中核病院などには国から-75℃で保管できるディープフリーザーが配分されているが、小規模な医療機関では-20℃の冷凍庫で保管する。つまり配送されると時間との勝負になるのだ。また、接種できるように解凍した場合は、速やかに使い切るよう求められているため、高齢者向けで予約のキャンセルが出た場合などに廃棄されるものも出ているとされる。国は、高齢者に拘らず、医療機関従事者などに柔軟に打つように要請しているが、現場では混乱が収まっていない。

配った後は把握できない「ワクチン在庫」

 新型コロナが世界に広がる前から、新型ウイルス感染症の世界的なパンデミックが起こることは想定されていた。実際に鳥インフルエンザの蔓延なども起きており、日本でもパンデミックのリスクは認識されていた。ところが、ワクチンや治療薬などを全国民に行き渡らせるという事態を、まったく想定していなかったのではないかと思わせる混乱が続いている。問題はこうしたパンデミックを想定した対応策を平時に準備しておかなかったことだろう。

 予防接種の管理は市町村の責任で行われており、「予防接種台帳」に記録されることになっている。接種した「予診票」が市町村に回って台帳に記載されることで、誰が何の接種を受けたかが分かる仕組みになっている。「予防接種台帳」はようやくデジタルになったが、予診票は紙のままで、入力作業に自治体は膨大な費用をかけているのが実情だ。全国民へのワクチン接種の手順や情報の把握をどう行うのか、まったく決まっておらず、新型コロナの蔓延が始まった後になってシステム開発を始めている。V-SYSの開発に向けて入札が行われたのは昨年7月だったし、情報を管理するワクチン接種記録システム(VRS)の開発が始まったのは河野氏がワクチン担当大臣に就任した1月以降だ。

 V-SYSでは都道府県や市町村のどこに未接種のワクチン在庫が残っているのかも正確に把握できない。今や消費者が毎日のように使うオンラインショッピングや宅配便会社のシステムは、どこまで商品が配送されているかを把握するのは当たり前だが、直近で開発したにもかかわらず、そうしたシステムになっていないのだ。

 太平洋戦争で日本軍が敗退したのは「兵站」つまり「ロジスティックス」を軽視したためだと言われる。今まさに新型コロナとの戦いの中で、ワクチンの確保でも後手に回り、その配送や接種の仕組みも満足にできていない日本のお粗末ぶりは、先進各国とのワクチン接種率の差を見れば歴然としている。イスラエル62%、英国50%、米国42%に対して、日本はわずか1.6%に過ぎない(少なくとも1回接種のデータ)。新型コロナが終息した際には、この危機対応のお粗末さの原因が何だったのか、きちんと検証すべきだろう。

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執筆者プロフィール
磯山友幸(いそやまともゆき) 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト活動とともに、千葉商科大学教授も務める。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。
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