米国よりロシアに打撃となりかねない「タリバン勝利」

2015年以降、ロシアはアフガニスタン和平に積極的に関与していった(写真は2018年11月、モスクワでの和平会議に出席したタリバン代表)(C)時事
米国の敗北を対岸の火事のごとく評するロシアメディア。タリバンとの信頼関係も演出されるが、新政権への肩入れは中央アジア諸国の反発を招く可能性がある。そして最も恐れるべきシナリオは、北カフカスのイスラム過激派が刺激され、2000年代初頭のチェチェン独立派テロの悪夢が再現されることだろう。

 アフガニスタンの親米派政権崩壊について、ロシアは「米国の敗北」「民主主義の押し付け失敗」などと失策をはやす論調が目立つ。

 ロシアのメディアは、「親ソ派のナジブラ政権はソ連軍撤退後3年半持ちこたえたが、親米派のガニ政権は米軍撤退前に崩壊した」(『モスクワ・タイムズ』、8月16日付)、「米軍が20年でアフガンに投入した戦費は、ソ連軍の戦費の7倍以上」(『ベドモスチ』、8月23日付)などとあまり意味のない比較をしていた。

 ロシアは、首都カブールを攻略したイスラム原理主義組織タリバンとは、

「7年前から対話を重ねており、信頼関係がある」(ザミル・カブロフ・アフガン担当大統領特使)

 としている。西側諸国が慌ててカブール駐在外交官を撤収させるのを尻目に、ロシアの外交官は駐留を続ける。

 ロシアは米国が撤収した空白で、中国と組んでアフガン新政権に影響力を行使し、この地域におけるプレゼンス拡大を図る構えだ。

 しかし、タリバンはかつて、ロシア国内のイスラム過激派によるテロ攻撃を支援した経緯があり、ロシアはタリバンを「テロ組織」に認定したままだ。ウラジーミル・プーチン政権は、イスラム過激思想が再び中央アジアやロシア南部に浸透し、国際テロが再燃する可能性を警戒している。

ソ連軍侵攻が諸悪の根源

 1970年代、ユーラシアの「オアシス」(沢木耕太郎『深夜特急』新潮文庫)とうたわれ、穏健なイスラム社会だったアフガンが、40年以上にわたり戦乱と混乱を極めた発端は、1979年のソ連軍によるアフガン侵攻だった。レオニード・ブレジネフ政権時代末期、アフガンのクーデターで親米派政権が誕生すると、ソ連は軍と国家保安委員会(KGB)の主導で10万の大軍をアフガンに投入し、親ソ派政権を誕生させた。

 しかし、ソ連軍はムジャヒディンと呼ばれる反政府武装勢力の激しい抵抗に遭い、都市部を掌握できただけで、1万5000人の戦死者を出し、10年後に撤退した。アフガン戦争の失敗は「ソ連のベトナム」と呼ばれ、ソ連崩壊の一因となった。

 アフガン戦争の負の遺産は今もロシアをむしばんでいる。たとえば、アフガン帰還兵が麻薬を持ち込み、今日ロシアの麻薬常習者は500万人以上といわれる(『コメルサント』、5月24日付)。70年代までソ連に麻薬は流入していなかったが、帰還兵が持ち帰り、欧州への輸送ルートとなった。タリバン政権は国際援助を絶たれるため、外貨獲得に向け麻薬を増産しそうだ。

 米国や中国の武器援助で肥大化したムジャヒディンの活動はその後、イスラム原理主義運動やテロ活動につながり、分派であるアルカイダが20年前、9・11米同時多発テロを実行。その後大型テロが欧州や中東、南・東南アジアなど世界各地で吹き荒れた。

チェチェン独立派テロでタリバンを「テロ組織」指定

 ムジャヒディンを源流とするタリバンは1994年、イスラム神学生を中心に結成され、96年から5年間政権を握った。この間、タリバンは周辺諸国にイスラム革命の輸出を行い、ロシア南部チェチェン共和国の独立運動を支持。世界で唯一、チェチェンを独立国に認定した。ロシアはアフガンで、故アフマド・マスード司令官が指揮する「北部同盟」を支援し、タリバンと敵対した。

 プーチン氏が先頭に立ってチェチェン独立派政府を一掃した1999年の第2次チェチェン戦争開始後、独立派武装勢力はモスクワなどで報復テロを実行。劇場や航空機、地下鉄、コンサート会場、スタジアム、学校などのソフトターゲットが無差別自爆テロの標的となり、多数の死傷者が出て市民を恐怖に陥れた。ロシア情報機関は「アルカイダ-タリバン-チェチェン独立派」のテロネットワークの犯行との見方をメディアに流した。

 ロシア最高裁は2003年、タリバンがチェチェン独立派に大量の武器を提供した証拠があるとして、タリバンを「テロ組織」に指定、今日も各種の制裁を続けている。タリバン経由でチェチェン独立派に資金を提供したのは、サウジアラビアのイスラム教ワッハーブ派の富豪グループとされた。

 中央アジアでも90年代から2000年代にかけて、アルカイダやタリバンと連携する地元のイスラム過激派組織が活動し、テロ事件が頻発した。

2015年「シリア軍事介入」の頃から関係改善?

 初期のプーチン政権を揺るがせたイスラム過激派のテロは、死者330人を出した北オセチア共和国での学校占拠人質事件の後下火となり、2017年のサンクトペテルブルク地下鉄爆破テロを最後に大型テロは起きていない。チェチェン人過激派の一部はシリアやイラクに転戦し、「イスラム国(ISIS)」に加担した模様だ。

 ロシアとタリバンの関係が好転したのは、2015年ごろとされる。ロシアは同年、シリアに軍事介入し、バッシャール・アル・アサド政権を支援してISISを攻撃したが、タリバンとISISは敵対関係にあり、タリバンが攻撃を好感したという。同年、タリバン創設者の1人で、アルカイダを囲った強硬派のムハンマド・オマル師の死去が発表された後、タリバンが穏健化し、ロシアとの対話が可能になったとの見方もある。

 ロシアはその後、米、中、パキスタン、トルコなどとアフガン和平プロセスに積極的に関与した。今年3月には和平会議をモスクワで主催し、各勢力を集めて暫定政権作りを後押しした。

 7月にはタリバン幹部が訪露し、記者会見で、

「政権を取っても、近隣諸国へイスラム革命を輸出しない」

「アルカイダには国内で活動させない」

「ロシアとは非常に良い関係にある」

 などと融和姿勢を示した。ただし、外交交渉に登場するタリバン幹部は、カタールに拠点を置く穏健派であり、タリバンの指導部や指揮系統は不透明な部分が多い。

タリバン承認については慎重姿勢

 親米派政権崩壊後、ロシアはタリバンとの対話を維持しながらも様子見の構えで、すぐに承認することはなさそうだ。

 プーチン大統領は8月24日、与党党大会で、

「旧ソ連はアフガニスタンで独自の経験をした。われわれは必要な教訓を学んでいる」

とし、軍隊を派遣したり、内政干渉することはないと強調した。セルゲイ・ラブロフ外相は、

「タリバン政権を承認するのは時期尚早だ。彼らが近い将来、責任ある方法で統治を確立するかどうかにかかっている」

 と述べた。タリバンを「テロ組織」指定から外すことも検討していないという。

 ロシアはタリバンの単独政権より、各勢力を糾合した連立政権を望んでいるが、これはタリバンが拒否するだろう。

 ロシアが承認に慎重なのは、アフガンが再び内戦状態に陥ったり、過激主義の輸出をしたり、中央アジアが不安定化することを警戒しているためだ。アフガン北部にはタジク族やウズベク族が多く、中央アジア諸国はこれらの少数民族を支持し、パシュトゥン族中心のタリバンには敵対的だ。ロシアはタジキスタンに7000人規模のロシア軍基地を設置しており、8月にはアフガン情勢悪化を受けてロシア、タジク、ウズベク3国の合同軍事演習が行われた。

 早期のタリバン政権承認は、中央アジアの反発を招く恐れがある。

過激派がロシアに帰還してテロ攻撃も?

 ロシアが最も恐れるシナリオは、タリバンが20年前のように、イスラム原理主義を強めて、「ジハード(聖戦)」をロシアや中央アジアに輸出する事態だ。

 ロシア戦略研究所のエレナ・スポニナ研究員は、

「タリバンはアフガン情勢の安定を望んでいるが、実現は難しい。それは第1に、タリバン内部が分裂しており、統一司令部は存在しない。第2に、大国や周辺諸国が内部対立を利用しようとする。第3に、国内の他の武装勢力や地方部族はタリバンを嫌って抵抗を続けるだろう。一方で、急速に勢力を回復しつつあるアルカイダやISISなどのテロ組織がアフガンに地歩を固めつつある」

 と指摘した(『モスコフスキー・コムソモーレツ』電子版、8月16日)。

 米国のロシア専門家、ポール・ゴーブル氏は、

「タリバンのアフガン制圧は、ロシア南部のイスラム教徒居住地域である北カフカス地方の情勢を不安定化させる」

 とし、(1)タリバンの勝利は北カフカス地方のイスラム過激派を刺激し、反露活動を促す(2)タリバンの戦闘に参画していた北カフカスの戦士が、戦闘終了でロシアに戻ってくる(3)北カフカス地方の政治・経済情勢が悪化しており、地場の過激派を生みやすい――と指摘した(『ユーラシア・デイリー・モニター』、8月19日)。

 ゴーブル氏は、

「大規模なジハード運動や分離主義の動きがすぐに北カフカスやロシアの他の地域で起きるわけではない」

 としながら、そのような動きを活発化させる条件はすでに存在しており、

「この数カ月の静かな期間は、新たな暴力の勃発やロシアでのテロ攻撃の可能性によって終焉を迎えるかもしれない」

 と指摘した。

国内で急増するイスラム人口

 ロシアのテロ問題専門家、ニキータ・メンドコビッチ氏は、タリバンの勝利が北カフカスでイスラム分離主義国家の形成につながる可能性は低いとしながら、

「タリバンやISISと一緒に戦った北カフカスの戦士らが次々に帰国しており、今度は故国で戦いを続けようとするだろう。ロシア政府はそれを阻止できていない」

 と指摘した(『Kavkazr.com』、8月17日)。

 北カフカス地方では、新型コロナ禍や失業増、生活苦などから抗議デモの発生が伝えられており、反政府機運の土壌が存在するとの見方だ。ロシアのイスラム教徒は出生率が高く、人口増が進み、ロシア連邦に占めるイスラム教徒の割合は2割近いとの分析もある。

 プーチン大統領も8月22日、

「テロリストが難民を装って中央アジアに入国する可能性がある」

 とし、難民流入を防ぐよう指示した。プーチン大統領にとって、2000年代初頭にモスクワなどで吹き荒れた大型テロの再来は悪夢となる。

 こうみてくると、タリバンの勝利は中長期的には、米国よりもロシアに厄介な問題を突きつける可能性がある。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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