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韓国の「見果てぬ夢」:くすぶる「戦時作戦統制権」移譲と「核武装」の真相

執筆者:春名幹男 2021年11月25日
エリア: アジア 北米
朴正熙大統領が進めた核武装計画は、CIAがすべて把握していた(写真・米議会図書館アーカイブ)
文在寅政権下での大幅な軍備増強――韓国の「自主国防」は保守・進歩を問わず、朴正煕政権以来の悲願だ。だが70年代の「核武装」計画は、米韓関係を危機に陥れるほどのずさんなものだった。

 この秋朝鮮半島では、韓国と北朝鮮がミサイル発射の競演か、と思われるような出来事が続いた。

 9月11~12日、北朝鮮が新型の長距離巡航ミサイルを発射すると、韓国が初の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験に成功。その4日後、北朝鮮もSLBMを発射、さらに同28日極超音速ミサイル(火星8)を発射し、10月19日にSLBMを発射した。そして韓国はその2日後、偵察衛星の打ち上げなどを目的とした初の国産ロケット「ヌリ号」を打ち上げた。

 これより先、8月31日に韓国国防省は総額55兆2000億ウォン(約477億ドル)の2022年国防予算案を発表した。この額は、日本の防衛省が発表した同年の防衛予算概算要求5兆4000億円(約490億ドル)に迫る急増ぶりだ。韓国の国防予算案には、3万トン級の軽空母導入に向けた研究費72億ウォンなど、野心的な軍備増強策が多々盛り込まれている。

 文在寅(ムン・ジェイン)政権がこの時期にあえて軍備増強を急ぐ理由は何か。日本でも疑問が強まっている。東アジアの軍拡競争が懸念される今、冷静な分析が必要となっている。

軍備増強「演出」の理由

「自主国防」を掲げる文大統領は任期中に、いわば戦争指揮権である「戦時作戦統制権(OPCON)」を米軍から韓国軍に取り戻すことを目標に掲げてきた。

 しかし、来年5月に任期末を迎え、任期内のOPCON返還は不可能となった。今、文大統領ができるのは、韓国軍が十分な指揮権能力を持つことをアピールすることであり、そのため軍備増強の実績を「演出」したのではないか、と観測されているのだ。

 予算額の伸びは文政権になって年平均約6.5%、5年間で約37%に上る。今後も年平均約6%の増額が見込まれており、日本の防衛予算額を近く上回るのは必至。国防予算額の対国内総生産(GDP)比率は既に2%を超え、日本の2倍以上となっている。

CIAが丸裸にした韓国核開発の裏側

 同時に、来年の韓国大統領選挙に向け、韓国政治家らの間で、核武装論がまた頭をもたげ始めた。

 朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の時代、1970年代に秘密の核開発を米中央情報局(CIA)から徹底的に監視され、対米同盟関係が危機に陥った悪夢を忘れたのだろうか。韓国では、その検証と反省が十分行われていないようだ。

 実は、CIAは当時、朴政権による核開発の全容を「韓国:核開発と戦略的決定」と題する20ページの報告書にまとめていた。

 CIA国家対外評価センターが1978年6月に国家安全保障会議に提出し、その後機密解除されたこの報告書を、核問題などを調査する米ノーチラス研究所が入手し、公開していた。

 その〈結論〉は以下の通りだ。

■朴正煕大統領が、1974年末に核兵器技術を開発する計画を承認した。

■しかし当時、彼は核兵器製造を決定していなかった。弾頭または運搬手段の生産を決定する必要に直面するとは予想していなかったようだ。

■米国の圧力を受けて、韓国は1976年12月、核兵器技術開発計画の全体を中断した。

■韓国の核兵器開発への懸念は残った。

■朝鮮戦争後、北朝鮮の対韓敵意は低下せず、攻撃能力を強化。他方米国の安保公約と核抑止に対する韓国の信頼感は低下した。

■韓国の核オプション維持のため、国防開発局(ADD)による高性能爆薬や地対地ミサイル技術などの活動は続けるべきだと韓国高官らは考えた。

■核問題に関する決定は1980年代中期まで控える、と韓国高官らは認めた。

■韓国の将来の核決定に関して最も重要な要素には、米国の安保公約への信頼性があり、反対に、北朝鮮の脅威の切迫感もある。

■米国への信頼低下に、米国の韓国への影響力の低下が伴うと、核兵器オプションを追求する韓国高官の力を強めることになる。

核・ミサイル開発に「890」のコード名

 計画が進展しなかった裏に何があったのか。

■1974年、韓国原子力研究所(KAERI)がカナダの天然ウラン重水炉とフランスの再処理施設輸入交渉を開始。

■再処理施設は韓国初の原発の使用済み核燃料の約1%しか扱えないが、1年で1個の核 爆発装置製造が可能なプルトニウムを分離できる。

■韓国は国産でより大型の再処理施設を建設するのに必要な専門知識を得た。

■1974年、同型炉からプルトニウムを得たインドの核爆発成功で、カナダは韓国への同型炉輸出交渉を停止した。

■米国とカナダの圧力で、KAERIは再処理施設輸入を取りやめた。

■韓国は独自に同型炉を設計・建造する6カ年計画を開始、1976年末に向けてKAERIの子会社、韓国核燃料開発研究所(KNFDI)を設立した。しかし、同年12月計画は中止された。

■韓国軍は、1972年からADDで物理学者と爆発物技術者による核兵器設計作業を行っていた。

■1974~1975年、ADD副所長の管理下で、「890」のコード名を付けたミサイルおよび核・化学兵器弾頭設計の広範な計画を進めたが、1976年12月、朴大統領が直ちに中断を命じた。

「デタラメな計画立案」

 この報告書から判明したのは、当時韓国は核兵器製造に至る技術開発を実質的にまったく達成させられず、米国の圧力で中断せざるを得なかった、という厳しい事実だ。

 計画中止に至った核開発の原因について、報告書は「政策立案が常軌を逸していて、デタラメでさえあった」と断定している。

 議論は、内閣の中では1969年に少なくとも一部の間で始まっていたが、「計画開始の決定は朴大統領が内閣の支持を得ないまま行った」。開発賛成論、反対論の比較検討などは十分に行われず、「890」計画の中止に至るまで、青瓦台(大統領官邸)でも内閣でも定期的な議論がなかった。計画に関わった研究所では、プロジェクトの遂行は、「能力も手段も超えていた」という。

 それでいて、朴大統領も軍部も「ワシントンの支援で最も効果的な戦争抑止力が得られる」と考えていたというのだ。ただ軍部の一部は「最終的には、自主防衛には核兵器開発が必要」だと信じていたという。米韓同盟と核武装が両立すると考えていたなら、相当ずさんだ。

 しかし、「核の傘」を提供する米国は、核拡散防止条約(NPT)体制を維持するため、同盟国であっても核兵器開発を認めない。

 韓国も含めて、NPT加盟国が国際原子力機関(IAEA)の許可を得ないまま違反を犯せば、国連安全保障理事会の決議で制裁を受けることになる。現在、北朝鮮やイランが制裁対象になっているのはNPTに違反し、IAEAの規定に従わなかったからだ。

 ノーチラス研究所のピーター・ヘイズ所長は、当時の韓国のような独裁国でも、ほぼリアルタイムに米情報機関の探知網に「核開発の秘密を知られる」と指摘している。CIAはしっかり監視していたのだ。

 しかしその後も、ヘイズ所長らの調査・研究によると、1979~2000年の間に少なくとも12回、IAEAに申告せずさまざまなウラン濃縮実験を行ったことが知られている。

 近年はまた、著名な政治家による不適切な発言が相次いでいる。昨年は、最大野党「国民の力」の金鍾仁(キム・ジョンイン)前非常対策委員長(党代表)が「われわれも核武装を考えるべき」と発言。今年は、次期大統領選挙に向けた各党の候補者選出過程で、北朝鮮が核兵器を保有し続けるなら「韓国も」と主張する議員が少なくなかった。

 世論調査でも、韓国の核武装を支持する国民は、北朝鮮の核実験、ミサイル発射が活発化した2017年9月で60%、2020年でもなお50%弱にとどまっている。しかし韓国では、核武装に伴う制裁で経済的損失を蒙る可能性への配慮はあまりされていないようだ。

韓国軍の軍事能力向上が条件

 米韓両国間で最重要の課題は、OPCONの韓国への移譲問題だ。この戦争指揮権限は1950年、朝鮮戦争勃発で北朝鮮人民軍の侵攻を受けて、当時の李承晩(イ・スンマン)韓国大統領が国連軍司令部(UNC)に移管して以後、何回か変遷があった。

 1953年の朝鮮戦争停戦合意後も、UNCはこれを維持、1978年にUNCから米韓連合司令部(CFC)に移管された。1994年になって、平時の作戦統制権だけが韓国軍に返還された。

 現在は、UNCとCFC、在韓米軍(USFK)の3つの司令官を兼ねる米陸軍大将が戦時の作戦統制権を掌握している。

 しかし、2007年に当時の盧武鉉(ノ・ムヒョン)韓国大統領が戦時の作戦統制権も韓国に返還するよう米国に要請。2012年に移譲することで合意したが、北朝鮮情勢が緊迫化したため、2015年に延期となった。そして2014年には、条件が整うまで無期限延期、とされるに至った。

 明らかに米軍側には移譲への消極的な態度が見られる。やはり、戦時の作戦統制権を韓国に移譲するには微妙な問題が伴うからだ。

 移譲した場合、CFC司令官は米軍大将から韓国軍大将に代わり、この米軍大将はCFC副司令官となる。これにより、有事には米韓連合軍に加わる米軍兵士が韓国軍大将の指揮下に置かれることになる。その状況に多くの米国民が違和感を持つ可能性がある。

 こうした状況に配慮して、米側は、戦時の作戦統制権の韓国への移譲に対して、条件を設定した。

 第1に韓国軍が「連合防衛を主導するために必要な軍事的能力」を備えること、第2に「北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対する対応能力」を備えることなどだ。

国産偵察衛星の完成まで何年も

 かくして、当時の盧武鉉大統領の側近だった文在寅大統領には、軍事力増強の義務が課せられたというわけだ。

 「自主国防」を掲げる文政権は発足後、「国防改革2.0」を発表、戦時作戦統制権移管のため(1)韓国型ミサイル防衛の構築、監視・偵察体制の強化、(2)防衛産業の強化――によって国防力を強化し、韓国軍がCFCを指揮できる能力を備えることを目標にした。

 具体的には、「3K」(現在は改名)と呼ばれる軍事態勢整備計画だ。

 しかし、実はその計画の進展にはなお問題がありそうだ。

 第1は、「キルチェーン」(戦略目標攻撃)。これは、北朝鮮が核・ミサイルを発射しようとすれば、先制攻撃する「包括的監視・第1撃戦略」である。

 その戦略遂行には北朝鮮のミサイル発射準備を上空から監視する偵察衛星が必要となる。10月21日に発射した「ヌリ」ロケットはそのために必要だ。しかし、高度700キロに達したものの、模擬衛星を軌道に投入できなかった。3段目燃料タンクの圧力不足が原因とみられている。

 来年5月を含めて、さらに5回の発射実験で技術を習得する構えだが、国産偵察衛星網の完成には何年もかかりそうだ。

指揮権移管の見通しは立たず

 第2は「韓国航空・ミサイル防衛システム(KAMD)」だ。PAC2と同3、早期警戒レーダーで構成され、最終的には中・長距離地対空ミサイルを開発する計画。当面、イージス艦から発射するSM3と同6を調達することを検討中、と伝えられる。

 これとは別に、米軍は2017年韓国に終末高高度防衛ミサイル(THAAD)を配備したがこれは韓国のシステムではない。

 第3は「韓国大量報復システム(KMPR)」。弾道ミサイル、巡航ミサイル、空対地ミサイル、SLBMなどにより、北朝鮮指導部や人民軍に報復攻撃するシステムだ。

 玄武2A(射程300キロ)、同2B(500キロと1000キロ)弾道ミサイル、同3Bと3C(1000キロと1500キロ)地上発射巡航ミサイルで報復能力を増したと評価されている。さらに北朝鮮の地下司令部などに貫通して破壊する玄武4を開発中と伝えられる。

 軽空母には短距離離陸・垂直着陸(STOVL)用の米国製F35Bを搭載する計画で、2019年、現代重工に概念設計を発注契約、2020年代中期に設計終了といわれ、建造にはさらに何年もかかるとみられる。

 もう1つの大きい問題は、北朝鮮の核戦力にどう対応するのか、明らかにされていないことだ。

 こうした現状で、米軍が韓国に指揮権を移譲するとは思えない。

 こうした状況を全体的に見て、韓国が戦時の作戦統制権の移譲を受けるまでにはなお何年間も要するとみられる。

 ジョー・バイデン米大統領は今年1月の発足直後に、国務省東アジア太平洋担当の副次官補にジュン・パク元CIA分析官を起用、朝鮮半島対策を強化した。韓国の軍備増強の状況を分析するインテリジェンスの強化も図られることになる。

 

カテゴリ: 軍事・防衛 政治
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執筆者プロフィール
春名幹男(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
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