食料安全保障の最後の切り札、「米」のポテンシャルを正しく捉えよ

執筆者:山下一仁 2022年9月2日
エリア: アジア
減反政策は2018年度に廃止されたが、米の作付面積は今なお減り続けている(C)masa44/shutterstock.com
日本を脅かす食料危機の本質は、穀物価格高騰ではなく物流が途絶するリスクにある。穀物のみならず牛肉もチーズも石油も輸入が止まる台湾有事が勃発すれば、食料供給は米生産で凌ぐしかないはずだ。だがその時、いまの日本が準備できる米は国民が当座を生き延びる必要最低限の半分強にすぎないだろう。

いま今世界で起きている食料危機の実相とは 

 ロシアの黒海封鎖により、世界第5位(2020年)の小麦輸出国ウクライナの輸出が困難になり、同国産小麦への依存度が高い中東やアフリカの貧しい地域では飢餓が生じている。国連を交えた輸出再開の合意が7月22日に成立したが、完全な再開までにはほど遠い。

 また、トウモロコシからガソリンの代替品であるエタノールが作られるので、昨年からの原油・ガソリンの価格上昇は、トウモロコシ価格を引き上げるほか、その代替品である他の穀物や大豆の価格にも影響する。穀物や大豆の国際価格が上がると、パンなどの小麦製品、食用油、穀物や大豆を飼料として生産される肉、卵や乳製品の価格も上昇する。原油と食料の価格は連動している。これが、世界的なインフレの原因となっている。

 ウクライナについては、輸送だけでなく、生産面でも戦争による影響は避けられない。価格高騰に応じて世界の小麦生産が増加すれば飢餓は回避できるが、中国、ロシア、ベラルーシからの肥料の輸出が減少しているうえ、収穫されるまで1年ほど待たなければならない。ウクライナ侵攻が長期化すると、世界の食料危機もその分、長引く恐れがある。

 ウクライナ問題だけではない。世界の穀物生産は近年の天候不順、特に熱波や旱魃の影響を受けている。

 アメリカ西部の小麦生産地帯、アリゾナ州にある貯水湖、パウエル湖等では大幅な水位低下に見舞われている。世界第2位の小麦輸出地域であるEU(欧州連合)の、特に域内最大の小麦生産国であるフランスも、深刻な旱魃に見舞われている。米や小麦の生産量では世界第1位の中国も旱魃同様だ。中国は輸出国ではないが、その生産が減少すると、輸入量が増加して、これも穀物価格の上昇要因になる。その他、米の輸出国である、インドやベトナムも熱波や旱魃の影響を受けている。逆に、パキスタンは大洪水の被害を受けている。

 ウクライナ問題と世界的な異常気象によって。穀物価格の上昇は少なくとも1年程度は続くものと思われる。

日本が穀物を「買い負ける」ことはない 

 食料危機には2つのケースがある。1つは、現在中東やアフリカで起きているように、価格が上がって買えなくなるケースである。経済的なアクセスが問題になる場合だ。今報道されているのはこの種の危機である。

 途上国では所得のほとんどを食料品の購入に充てている。所得の半分を米やパンに充てていると、その価格が3倍になると、食料を買えなくなる。アメリカのエタノール生産振興で穀物価格が高騰した2008年には、フィリピンなどでこのような事態が生じた。

 しかし、日本で経済的なアクセスが困難となって危機が起きることはない。2008年の世界食料危機はG8の洞爺湖サミットの主要議題にもなったが、日本で食料を買えないと感じた人はいなかったはずだ。このとき、日本の食料品消費者物価指数は2.6%しか上がっていない。日本の消費者が飲食料品に払っている金のうち87%が加工・流通・外食への支出である。輸入農水産物に払っているお金は2%に過ぎない。その一部の輸入穀物価格が3倍になっても、全体の支出にはほとんど影響しない。今の経済力が大きく低下しない限り、日本が穀物を買えなくなることはない。

 穀物価格が上昇すると、必ず食料危機を煽る人たちが出てくる。中国の爆買いで日本が買い負けるという主張がある。しかし、高級マグロを買い負けるのと穀物を買えなくなることは同じではない。小麦輸入の上位3カ国は、インドネシア、トルコ、エジプトである。これらの国に日本が買い負けることはない。

 また、小麦の生産量世界第2位のインドが輸出制限をしたことが今年5月、大きく報じられた。インドのような途上国が輸出制限するのは、放っておくと穀物が国内から高価格の国際市場に輸出され、国内の供給が減少、価格も国際価格まで上昇し、貧しい国民が穀物を買えなくなるからだ。しかし、インドの小麦生産は1億トンを超えるが、輸出量は93万トンに過ぎない。日本の輸入量でさえ500万トンを超える。インドの輸出制限は世界の小麦市場に全く影響しない。

 他方、日本の小麦輸入相手国であり、輸出量が2600万トンを超えるアメリカ、カナダ、1000万トン超のオーストラリアは、絶対に輸出制限をしない。これらの国は、価格上昇を負担できる先進国であるうえ、生産量の半分以上(カナダやオーストラリアは7割強)を輸出に向けており、輸出制限すると国内価格が暴落してしまう。アメリカは1973年の大豆禁輸、1979年の対ソ連穀物禁輸で、手痛いダメージを受けた。アメリカが穀物を戦略物資として使うことはあり得ない。

 重要なファクツを無視して食料危機を煽る人たちは、食料問題の専門家とは言えない。しかし、国民は専門家と言われる彼らを信じてしまう。彼らは続けて「国内生産の振興が必要だ」と主張する。彼らは、食料危機を国内の農業保護に利用したい、農林水産省、JA農協、農林族議員とつながっているのである。食料問題についての知識がない主要紙の記者たちは、この裏側の事情に気がつかないで、「専門家」の意見を紹介してくれる。

備えるべきは台湾有事などによるシーレーン破壊

 食料危機のうち、日本に関係するのは、物流が途絶えて食料が手に入らないという、物理的なアクセスに支障が生じるケースである。あまり報道されていないが、ウクライナの都市では、食料、薬などの輸送がロシア軍に阻まれ、飢餓が発生している。

 日本は食料供給の多くを海外に依存している。仮に日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけなくなれば、重大かつ深刻な食料危機が起きる。台湾有事が想定されるし、日本の国土自体が戦闘状態となれば、輸入途絶に加え、国内の農業生産も打撃を受ける。

 実は、これと似たような事態を日本人は経験している。終戦直後の食料難である。この時、政府の東京・深川倉庫には、都民の3日分の米しかなかった。輸入はゼロである。朝鮮や台湾という植民地からの米の輸入はなくなった。米、麦、イモなど多くの食料は政府の管理下に置かれ、国民は配給通帳と引き換えに政府(公団)から食料を買った。いわゆる配給制度である。このとき、アメリカからの食料援助に日本は救われた。しかし、シーレーンが破壊されると、海外からの援助も期待できない。

輸入途絶――その時、当座を凌ぐに必要な最低限の米がない 

 輸入途絶という危機が起きた時に、日本はどれだけの食料が必要になるのだろうか?

 この場合は、小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する畜産はほぼ壊滅する。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦直後の食生活に戻るしかないのである。

 当時の、米の1人1日当たりの配給は標準的な人で2合3勺(一時は2合1勺に減量)だった。年間では120キログラムである。今は1日にこれだけの米を食べる人はいない。2020年の一人一年当たりの米消費量は50.7キログラムである。それでも戦後の国民は飢えた。米しか食べられない生活とは、そういうものだ。肉、牛乳、卵など、副食からカロリーを摂取することができないからだ。

 現在の日本の人口、1億2500万人に2合3勺(15歳未満を半分と仮定)の米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要となる。しかし、農水省とJA農協は、自分たちの組織の利益のために、減反で毎年米生産を減少させている。2022年産の主食用米はピーク時(1967年1445万トン)の半分以下の675万トン以下に供給を抑えようとしているのだ。もし今、輸入途絶という危機が起きると、エサ米や政府備蓄の米を含めて必要量の半分をわずかに上回る800万トン程度の米しか食べられない。

 しかも現在、政府は配給通帳を用意していない。食料不足の時に、配給制度がなかったら、価格は高騰する。その価格で購入できる資力のある人たちだけが、十分な米を買う事態が発生するのだ。半分以上の国民が米を買えなくなり、餓死が生じるかもしれない。その前に、米倉庫に群衆が押し寄せ、米は強奪されるだろう。米騒動の再来である。そして運よく入手した人も、いずれ食べる米に事欠くようになる。 

 これが、食料自給率向上や食料安全保障を叫ぶ農林水産省やJA農協という組織が行っている、減反、米減らし政策がもたらす悲惨な結末である。

 さらに、シーレーンが破壊される時は、石油も輸入できない。石油がなければ、肥料、農薬も供給できず、農業機械も動かせないので、面積当たりの収穫量(単収)は大幅に低下する。戦前においても化学肥料はある程度普及していたが、農薬や農業機械はなかった。シーレーンが破壊されると、終戦直後の農業の状態に戻ると考えてよい。現状の農地面積では、現在の米の生産量700万トンさえ生産できない。

 終戦直後の人口は7200万人、600万ヘクタールの農地があっても飢餓が生じた。仮に、この時と同じ生産方法を用いた場合、人口が1億2550万人に増加しているので、当時の600万ヘクタールに相当する農地面積は、1050万ヘクタールとなる。しかし、農地は宅地への転用や減反などで440万ヘクタールしか残っていない。この差600万ヘクタールは、九州と四国を合わせた面積に匹敵する。

 毎年、日本の農地は減少している。他方で、公共事業などで農地を造成している。農業界は、全体で280万ヘクタールもの農地を、半分は宅地等への転用で、半分は耕作放棄でなくしてしまった。これは日本で面積が2,3位の岩手県と福島県を合わせた面積に相当する。農家が農地の転用によって得た膨大な土地売却利益は、JAバンクに預金された。

危機への対応――平時の「国内生産拡大と輸出」が危機への対応 

 農林水産省やJA農協は、米生産を維持するためには高い米価が必要だとして米生産を減少させている。米生産を維持するためにそれを減少させるなど、言っていることは支離滅裂だ。

 JA農協は金融事業を兼業できる日本で唯一の法人である。減反による高米価で米に兼業農家等が多く滞留して、これらの農家の兼業・年金収入や年間数兆円に上る農地転用益がJAバンクへ預金された。JAバンクは預金総額100兆円を超える日本トップクラスのメガバンクとなり、その全国団体である農林中金はこれをウォールストリートで運用して巨額の利益を得た。この利益を背景に、JA農協は葬祭事業等にも進出し、地域で独占的に活動している。JA農協の収益源は金融事業(銀行・保険業務)であり、もはや農業団体とは呼べない。彼らが米生産を減少させて実現したいのは、コストの高い片手間な兼業農家の温存によるJA農協の発展である。

 下に示すグラフは1961年を100として見る、ここ60年間の各国の米の生産量の推移である。世界の米生産が3.5倍に増加した一方で、日本は4割の減少(1967年のピークからすれば半分以下)である。補助金を出してまで主食の米の生産を減少させている。そんな国が、どこにあるのか? JA農協は、最近「国産国消」を宣伝している。しかし、JA農協がやってきたことは、国産の“米殺し”だ。

出所:FAOSTATより筆者作成

 こうした支離滅裂な農政から日本の米農業を救う処方箋は、減反を止めることである。カリフォルニア米と同程度の単収の米を全水田に作付けすれば、1700万トンは生産できる。平時は700万トンを消費して1000万トンを輸出すればよい。危機の時は輸出していた米を食べるのだ。平時の米輸出は、危機時のための米備蓄の役割を果たす。しかも、倉庫料や金利などの金銭的な負担を必要としない備蓄である。平時の自由貿易が、危機時の食料安全保障の確保につながるのである。これだけで食料自給率は38%から62%に上がる。財政的にも減反廃止でその補助金3500億円が節約できる。価格が低下して影響を受ける主業農家に補償するとしても1500億円で済む。

 米を輸出できるのか、と思われるかもしれない。米の内外価格差は、大幅に縮小している。日本米は世界に冠たる品質を持つ。ベトナム米と日本米を比較するのは、軽自動車とベンツを比べるようなものだ。日本米と品質面で競合するカリフォルニア米との価格差は、最近はむしろ逆転して、60キログラム当たり1万3000円程度の日本米の方が安くなっている。しかも、これは減反政策下の価格である。減反をやめれば、7000円程度にまで瞬間的に価格は下がる。商社がそれを1万2000円ほどで輸出すると、国内の供給が減って価格は1万2000円に上昇する(価格裁定行為)。農家もこの値段を見れば、翌期は生産を増やすだろう。

 カリフォルニアでは、水不足に加え収益の高いアーモンドの生産が拡大し、米の作付面積が減少している。日本米がカリフォルニアさらには全米の米市場を席巻する日も遠くない。

 さらに有望なのは1億5000万トンの米市場を持つ中国だ。中国では主に長粒米が食べられてきたが、最近急速に短粒米への置き換わり(消費量の3~4割)が進んでいる。日本製の炊飯器の普及で、短粒のジャポニカ米のおいしさがわかってきたためだ。中国は病害虫を理由に検疫で日本米の輸入を制限しているが、政府はこの問題を解決するよう交渉すべきである。それまでの間も、レトルトパックにするなどの工夫をすれば輸出を増大できる。

 日本の米が輸出できる条件はすでに整っているのだ。輸出は無償の食料備蓄になり、食料安全保障に寄与する。減反政策は完全に廃止すべきである。

 減反は補助金を出して米価を上げるという異常で異例の政策である。国民は納税者として消費者として二重の負担をしている。主食の米の価格を上げることは、消費税以上に逆進的だ。減反がいかに不合理な政策かは、費用便益分析を行えば明らかである。経済学者も農業経済学者も、国民の経済厚生水準を低下させ、食料安全保障を脅かす、この政策の廃止をなぜ主張しないのか、不思議でならない。

国防族が見過ごす「食料有事」の深刻度 

 ひとたびシーレーン破壊の危機が起こると、目下のウクライナがそうであるように、数カ月、1年では済まない。こうなると翌年以降の供給も考えなければならない。しかし、有時の食料増産には、平時の農業生産とは別の考慮が必要となる。

 現在の生産者は、石油なしの農業についての経験も技術もない。現在の農業を保護するだけでは、食料危機時の生産に役に立たない。

 輸入途絶時に、国民に食料を供給するために最も必要なのは農地などの農業資源である。終戦時、小学校の運動場をイモ畑にして飢えをしのいだように、農地を確保するため、ゴルフ場、公園や小学校の運動場などを農地に転換しなければならない。どのようにして土地の所有者や利用者の承諾を得るのかなど、真剣に検討しておくべきである。

 また、機械、化学肥料、農薬が使えない以上、労働でこれらを代替しなければならない。田植え機が使用できないので、手植えになる。経験のない人が作物を栽培することは容易ではない。国民皆農を視野に入れた教育も考えなければならない。 これまで農政は食料安全保障という概念を農業保護の方便として利用してきただけで、食料有事に備えた現実的・具体的な対策はほとんど検討してこなかった。今回の危機に便乗して小麦や大豆の生産を拡大するとしているが、これは1970年の減反開始から行ってきたことで、全く成果のなかった政策である。食料自給率が下がり続けているのは、その証左である。

 現在毎年約2300億円かけて作っている麦や大豆は130万トンにも満たない。しかも、国産小麦の品質は悪い。同じ金で1年分の消費量を超える約700万トンの小麦を輸入できる。エサ米生産66万トンにかかる950億円の財政負担で約400万トンのトウモロコシを輸入できる。

 しかも、この生産を維持するためには、毎年同額の財政支出が必要である。仮に10年後に危機が発生するまで継続すると、3兆3000億円の財政負担となる。これで6年分の小麦やトウモロコシを輸入できる。安い費用でより多くの食料を輸入・備蓄できる。どれだけ費用がかかってもアメリカ製よりも国産の戦闘機を購入すべきだと言う人はいないはずだ。いくらゴルフ場を転換したとしても600万ヘクタールの農地を創設することは不可能だ。そう考えると本当の食料安全保障、国民のことを真剣に考えるなら、大量の輸入・備蓄を考えるべきだ。

 戦前、農林省の減反提案を潰したのは陸軍省だった。ロシア軍がキーウを陥落できなかったのは、食料や武器などを輸送する兵站に問題があったからだ。古くは、漢王朝の創始者劉邦が、彼の窮地を度々救った軍師の張良や目覚ましい軍功を上げた韓信を差し置いて、蕭何を功労第一に挙げたのは、兵站の功績を重視したからだ。食料がないと戦争はできない。ところが、日本の国防族の幹部は防衛費の増額を主張するかたわらで、減反の強化を主張している。安全保障もタコツボ化している。

 農林水産省やJA農協に農政を任せてしまった結果、日本の食料安全保障は危機的な状況になっている。台湾有事になると日本は食料から崩壊する。国民は食料政策を自らの手に取り戻すべきだ。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。1955年岡山県生れ。77年東京大学法学部卒業、同年農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年から現職。近著に『日本が飢える!』(幻冬舎新書)、『国民のための「食と農」の授業』(日本経済新聞出版)、『いま蘇る柳田國男の農政改革』(新潮選書)
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