
【前回まで】保守党政調会長で財政再建派の都倉も、防衛費増額に強い関心を見せた。周防家の食卓でも、中国の脅威と日本の抑止力を巡り、子供たちまで侃々諤々の議論を戦わせていた。
Episode2 傘屋の小僧
8
日を追うごとに、防衛費増強問題が熱くなってきた。
派閥の領袖を失った保守党の梶野派は、「元総理の遺志を継いで日本の安全を死守する」として、防衛費をGDPの2%に引き上げるべしと全国で街頭演説を展開した。
また、普段は「主婦目線重視」を標榜するワイドショー番組が、「日本をウクライナ化しないために、防衛費を増額せよ」と訴えた。それを受けてSNSでは、「軍事費増額反対!」と訴えるコメントも増えたが、最終的には「国防!」の声が日増しに強まっていた。
平和主義者を標榜するつもりはないが、この社会の流れに周防は戦[おのの]いていた。
周辺各国との戦争勃発の危機が迫っているわけではないのに、「戦争が起きるかも」という方向に国民感情が流されている。
世論の動きに押されて、省内にも微妙な風が吹き始めている。主計官の松平はまったくぶれないが、主計局の職員や主税局からも「防衛費増額は止むなしなのか」という意見が増えた。
何より、与党議員からの呼び出しが増え、周防ら主査は連日、議員会館を飛び回って状況説明に時間を費やした。
多くの議員は、財務省の意向を知りたがり、「2%などとケチくさいことを言わず、もっと増やせ」と主張する声が次々上がった。
また、防衛省から「希望予算に優先順位[プライオリティ]をつけた」という連絡があり、この日の午後、折衝の場が持たれた。
防衛省サイドは前回と同じ顔ぶれが揃ったのだが、一様に顔に疲労が滲んでいた。
各担当主査が分厚い文書を受け取り、周防は、改訂された「防衛力整備計画」に目を通した。
ペーパーをめくる音だけが30分近く続いた後で、最初に口を開いたのは本岡だった。……

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