オペレーションF[フォース] (13)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第13回

執筆者:真山仁 2023年5月20日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】暁光新聞政治部の草刈は、産休から復帰早々に、焦点となっている防衛費増額問題の担当を命じられる。政治部長の茨木は、子を持つ母の視点での記事が必要だと説く。

 

Episode2 傘屋の小僧

 

10

 第2回目の折衝の翌朝、周防は松平に呼ばれた。

「官邸に行きます。君も同行して下さい。5分後に出発です」

 問答無用だった。その様子を見ていた本岡が新聞を見せてくれた

「この記事のせいだと思います」

   自国民の命を守るための覚悟に欠けた総理を憂う

 日本最大の部数を誇る東洋新聞の主筆が、朝刊一面で吠えていた。

「マジで?」

「だって、『フラフラ殿下』ですから」

 現総理の大迫泰三[おおさこたいぞう]のあだ名だった。メディアや世論、財界、さらには保守党の大物議員に批判されると、フラフラと持論を変えていく姿勢を揶揄された。そして、「殿下」は、4代目の世襲議員という意味と、容貌が藤子・F・不二雄の漫画「ウメ星デンカ」に似ているとSNS上で話題になって命名されたらしい。

「つまり、僕らは叱られるわけか」

「だと思いますよ。でも、松平さんが一緒なら安心です。あの方は、相手が誰でも日和りませんから」

  “財務省の仕事人”は、頑固一徹だからなあ。

 事務次官の岡山穂積[おかやまほづみ]、主計局長の十和田晃弘[とわだあきひろ]を合わせた4人が、官邸に向かう次官公用車に慌ただしく乗り込んだ。

「総理への対応は、私と次官で行うから、君らは指名されない限り発言しないように」

 という十和田のプランに、それは松平がやるべきだと、岡山が反対した。

 岡山は官邸重視を貫いており、とにかく官邸からの命令には絶対服従だった。そのため「弱腰」という批判もある。

 先輩の土岐は、「事務次官は、政治家から叱られるためだけに存在する」と言って憚らない。財務官僚のトップである次官は、実務的な判断は局長に委ねるのが一般的で、省内外の折衝、特に政治家の圧力から省を守るためにいると、周防も考えていた。

「では、主計局長として、私が対応致します」

 十和田が答えると、岡山はそれ以上は抗わなかったが、不満を隠そうともしない。

 何とも気まずい雰囲気が車内に流れた。

「防衛費増額の件ですか」

「東洋新聞主筆の記事の影響ですか」

 正面ロビーに群がった官邸番の記者たちが口々に質問をぶつけるのを、4人は無視した。

 久しぶりの首相官邸に足を踏み入れた周防は、緊張していた。知り合いの記者はいなかったようで、少し安心した。

 官邸番の記者は若手が多いので、5年も日本を留守にした「お騒がせ男」を知っている者もいないのだろう。

 エレベーターを降り、総理執務室に続く廊下を歩きながら、官邸で事務秘書官補として勤めた日々が、甦ってきた。

 今から思うと、あの時は若く青かった。とにかく信じるものを一途に追いかければ道は拓けると信じていた。

 5年を経て、自分も、日本も、すっかり変わってしまった。

 執務室では、総理以外に財務大臣、防衛大臣、官房長官、そして政務・事務秘書官が待ち構えていた。

 かなり面倒なことが起きそうだ、と周防は覚悟した。

「お呼びだてしたのは、来たるべき防衛力整備計画のための防衛費増額についてです。防衛大臣の話では、なかなか厳しい対応をされていると聞きましたが」

 問題の根源と思われる舩井惣一郎防衛相は、仇敵のように岡山を睨み付けている。十和田が口を開いた。

「現状を申し上げると、まだ、地ならしのレベルでして、まずは防衛省の要求内容を整理しているところです」

「そんな必要はないだろう。もはや自主防衛に向けた対策は待ったなしなんだ。通常通りの予算折衝なんぞを、やってもらっては困る」

「梶野元総理の正統後継者」を自任している舩井は、最初から喧嘩腰だ。派閥の領袖を不慮の事故で失い、後継者が決まらない梶野派は、今、凄まじい鍔迫り合いが続いているらしい。

「日本が自主防衛に大きく舵を切ったのは重々承知しております。そして、従前とは異なるあらゆる事態を想定する必要がございます。だとすれば、限られた予算をいかに有効に用いるかについて、弊省と防衛省で精査しなければなりません」

「生ぬるい! 明日、中国が戦争を仕掛けてきたらどうするんだね」

「僭越ながら大臣、明日、中国が攻めてきたら、我々には為す術はございません。しかし、それは非現実的なお話では?」

 松平があっさり言ってのけた。

 すかさず総理が介入した。

「まあまあ舩井先生も、落ち着いて。松平さんの指摘は的を射ています。それに、コロナ対策で随分支出しておりますので、何でもかんでも予算をつけるのは、無理ですよ」

 財務相経験者ではあるが、総理が、松平の名を知っていたのに驚いた。

「総理、あんた、いつ私が何でもかんでも予算をつけてくれと申し上げましたか。我が省が求めているのは、今すぐ絶対に必要なものばかりだ」

「舩井大臣、その辺でよしませんか。まだ、現場レベルの折衝が始まったばかりなんです。大臣がしゃしゃり出て威圧する時ではありません。それより、あなたはここを先途とばかり、1円でも多く予算を分捕れ!などと言っている外野を抑える度量を見せて欲しいですな」

 栗橋義和[くりはしよしかず]財務相が軽蔑するように言った。

 元大蔵官僚出身の財政通で、国際局が長く語学と数学の秀才だった。沈着冷静な態度が時に「冷酷」と評されることもあるが、本人は一向に気にしていないらしい。

 大蔵省出身ではあるが、必ずしも財務省の味方というわけではなく、大臣就任以降、財務省の驕りを直すことに熱心だった。

 防衛費問題については、増額は止むなしと考えているようだが、舩井のような強引な大臣は、冷たく突き放したのだ。

 おかげで周防の気分もいくぶん良くなった。

 舩井の怒りは収まらないようだが、栗橋は気にもしない。栗橋の方が年下なのだが、当選回数は2回多い。しかも、栗橋は初当選以来9回連続当選だが、舩井は2度落選を味わっている。格が違うのだと言外に匂わせている。

「そんなことをおっしゃるなら栗橋大臣、あんたが先陣を切って防衛費増額を導くべきじゃないんですか」

「そんな下品な文化は、財務省にはありませんよ。財務省は常に冷静かつ合理的に予算を策定していきます。予算増を求めるなら、理路整然とした説得力を磨いた方がいい。総理、そういうことでしょ」

「まあ、そうではあるんですがね。でも、この問題はアメリカからも強く要請が来ていますから、ここは栗橋大臣にも一肌脱いで戴き、防衛省を御指導戴ければと考えているんですよ」

 何を言い出すんだ、この方は。……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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