米国「暗号資産規制」の裏にも「大きな政府vs.小さな政府」

執筆者:岩田太郎 2023年7月3日
エリア: 北米
米議会の保守とリベラルのスタンスは「暗号資産は禁止すべきではない」という点で一致している。しかし、一致しているのはその点だけだ[2023年6月15日、ニューヨークのマンハッタン連邦裁判所に出廷するFTX創設者のバンクマンフリード氏](C)AFP=時事/GETTY IMAGES NORTH AMERICA
米証券取引委員会(SEC)が暗号資産取引所大手のバイナンスとコインベースを立て続けに提訴した。昨年のFTX破綻で一気に焦点となったように見える暗号資産規制だが、実はSECと米商品先物取引委員会(CFTC)の間で長年にわたり縄張り争いが続いている。背後に潜む民主党と共和党のイデオロギー闘争が事態の複雑化に拍車をかける。そしてそのせめぎ合いの本丸は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)になるだろう。

 米暗号資産業界の危機が続いている。2022年には価値の暴落を皮切りに、暗号資産取引所FTXが百数十億ドル顧客資金を分別管理せずに流用の末、11月に経営が破綻。6月末現在で説明できない87億ドル(約12兆5545億円)の不足が生じていることが明らかになった。FTXを率いていた時代の寵児であるサム・バンクマンフリード氏は、詐欺・資金洗浄などの罪で起訴された。

 これらの余波で、他の暗号資産業者が米地域銀行のシグネチャー・バンクとシルバーゲート銀行に預けていた巨額の預金の多くが引き出され、両行は2023年3月に清算された。銀行破綻の直接的な原因ではなかったものの、暗号資産が米国の金融システムや実体経済に及ぼすトリガー的な影響力が、潜在的に重大であることが示されたと言える。

 こうして「アブない私鋳銭」のイメージがついてしまった暗号資産だが、2023年6月には米証券取引委員会(SEC)が世界最大規模の暗号資産取引所のバイナンスとコインベースを相次いで提訴。これに先立つ3月には、米商品先物取引委員会(CFTC)がバイナンスを提訴している。

 本稿では、①潜在的に巨大な市場である暗号資産の新たな規制利権をめぐる官庁間の縄張り争い、②規制の強弱をめぐる民主党と共和党の見解の相違、③暗号資産と潜在的な競合関係にある中央銀行デジタル通貨(CBDC)の発行準備で対立する両党のイデオロギー闘争から、米当局の動きの政治的な背景を読み解く。

「証券」なのか、あるいは「デリバティブ商品」か

 まず、バイデン政権をはじめ、民主党・共和党も暗号資産の規制が必要であるとの認識で一致している。

 ジョー・バイデン大統領が2022年3月に署名したデジタル資産研究・開発促進に関する大統領令を受けて、米財務省が2022年9月に発表した報告書では、暗号資産の価値が不安定であることや詐欺の横行を指摘し、当局の監視と規制の強化および消費者教育が勧告された。

 また、米議会で進行中の議論においても、暗号資産を金融商品として規制することに両党が賛意を示している。暗号資産を追い詰めるよりは、規制の網をかけた上で安心して取引できるようにする流れだ。

 だが、合意があるのはそこまでである。暗号資産はそのデジタル性や非中央集権性のゆえに、従来の取引にかけられた規制の枠組みにはまらず、どの役所が主管庁となるべきか、縄張り争いがあるからだ。しかも、連邦政府の内部抗争が政争の具にされている。

 金融商品の規制に詳しい弁護士のゲリー・デウォール氏は、「不幸なことに、米国における暗号資産の規制はCFTCやSECをはじめ、財務省の金融犯罪捜査網(FinCEN)や各州当局など多岐にわたっており、その複雑さ(による規制の非効率)がFTXなどの破綻につながった」と指摘する。特に、CFTCとSECの争いは10年ほど前から続いており、決着がついていない。

 具体的には、SECがバイナンスとコインベースに対する提訴で「暗号資産が証券の特徴を持つにもかかわらず、それを証券商品として登録しなかった」と主張したように、暗号資産を「証券」と見るか、CFTCがバイナンスに対する提訴で「商品デリバティブ取引を提供・実行しているのに、規制遵守をしていなかった」と論じたように、暗号資産を先物デリバティブ商品と見るかの神学論争になっている。

 暗号資産取引所は一種の共同事業で、顧客が期待する将来の収益に対する出資を受けるのだから、証券のような投資契約があるとみなすことは可能だし、暗号資産をコモディティのような先物とみなすこともまた可能だ。

 一方で、暗号資産は決済当日に現金を受け渡す「現物」の側面も持つため、CFTCの管轄外との主張は正しいように思える。また、単なる個人間の暗号資産取引を「共同事業」とみなすことには無理があり、SECに監督権限がある投資契約に当たらないとの説も、うなずける。

 結局、暗号資産は従来の枠組みではうまく説明も規制もできない。加えて、主管庁に関する司法の判例も確定していない。そのため、立法による明文化が求められている。

党派性を帯びるCFTCとSECの縄張り争い

 ところが、米議会における規制権限の明確化を複雑にするのが、CFTCとSECの縄張り争いに介入する民主党と共和党の思惑だ。民主党がSECを主管庁とする厳格な規制を目指すのに対し、共和党はCFTCによるどちらかと言えば放任的なアプローチを好む。

 たとえば、共和党のパトリック・マクヘンリー下院議員(ノースカロライナ州選出、金融サービス委員会の委員長)とグレン・トンプソン下院議員(ペンシルベニア州選出)が6月に提出した暗号資産規制法案では、暗号資産を主に非中央集権型(分散型)のコモディティとみなしてCFTCに登録を義務付け、CFTCがすでに持つ法執行の権限で、先物だけではなく現物も規制を行わせる。

 従来CFTCは法執行のみを実施し、業者の登録を実施する権限はなかったため、これはCFTCにとって大きな権力の拡大となる。翻って同法案は、中央銀行が発行する通貨と価値が連動するステーブルコインなど、中央集権型のデジタル資産を証券としてSECに登録・規制させる。

 だが、暗号資産の大部分は分散型ネットワークにおける商品としてCFTCの管轄下に置かれることから、SECにとっては発展を続けるデジタル分野における「降格」に近い扱いだ。共和党提出の法案は全体的に、投資家保護よりも金融イノベーションや取引の効率化と拡大が主眼のため、暗号資産業界はこの法案を歓迎している。

 さらに共和党は別の法案で、規制に熱心なゲリー・ゲンスラー委員長率いるSECの委員長職を廃止して組織自体を弱めることを狙ってさえいる。一連の法案はそのままの形で成立するとは見られていないものの、民主党は強い反対を表明し、既存の金融商品規制の枠組みを利用して、SECに暗号資産を規制させるべきだとしている。

 SECは共和党議員たちが法案を提出した直後に、証券法による登録を怠ったとしてバイナンスとコインベースを提訴しており、業界の一部は「投資家保護のための提訴ではなく、業界監督の主管庁としての地位を確保するための動き」と解釈している。

 このように、米議会の保守派とリベラル派は暗号資産の全面禁止が最善の方法ではないという点では一致するものの、規制撤廃を志向する共和党と規制強化を目指す民主党の呉越同舟に過ぎず、両党の志向する方向性には大きな相違がある。

 こうした意見の隔たりに加え、米政界は2024年の大統領選挙に向けて選挙モードに突入しつつあり、優先順位がさほど高くない暗号資産規制法案は後回しにされる可能性がある。そもそも暗号資産は、米世帯が保有する資産の0.3%を占めるに過ぎない(米金融大手のゴールドマン・サックスの推計)。

本丸はCBDCをめぐる争い

 こうした暗号資産の規制方針をめぐる民主党と共和党のせめぎ合いは、金融商品に対する考え方の違いにとどまらず、世界の基軸通貨である米ドルをCBDCとしてデジタル化させるか否かという、より重要なイデオロギー闘争の前哨戦と位置付けられる。……

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カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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執筆者プロフィール
岩田太郎(いわたたろう) 在米ジャーナリスト 米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。現在、米国の経済を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などの紙媒体に発表する一方、『ビジネス+IT』『ドットワールド』や『Japan In-Depth』などウェブメディアにも寄稿する。海外大物の長時間インタビューも手掛けており、IT最先端トレンド・金融・マクロ経済・企業分析などの記事執筆が得意分野。「時代の流れを一歩先取りする分析」を心掛ける。noteでも記事を執筆中。https://note.com/otosanusagi
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