出井伸之と西室泰三:「シックスシグマ」栄えて工場滅ぶ

執筆者:杜耕次 2023年7月6日
エリア: アジア 北米
ソニー株がストップ安に追い込まれ、日経平均もバブル後最安値の更新を繰り返した「ソニーショック」以後、出井が「シックスシグマ」を口にすることはほとんどなかった[2003年3月期決算の発表後、記者会見するソニーの出井伸之会長兼CEO(当時)=2003年4月24日](C)AFP=時事
米モトローラが日本のポケベル市場での失敗体験から編み出した品質管理(QC)手法「シックスシグマ(6σ)」を、ウェルチは費用対効果の数字を上げる魔法の杖に利用した。その「カネになるQC」に惹かれたソニーと東芝が、やがて揃って製造部門の切り離しに走ったのは偶然ではないだろう。

 品質管理を中心に据えた経営改革手法「シックスシグマ(6σ)」の登場は、1980年代初めに遡る。当時、日本のポケットベル市場への参入に失敗した米モトローラが原因分析を進めた結果、劣悪な品質が元凶と断定。その対策として、日本のQC( Quality Control、品質管理)活動を参考に統計的な手法を取り入れて体系化した「全社的な品質改善運動」を指す。2000年代初頭からリーマン・ショックに見舞われる2008年まで、この「6σ」が米国内のみならず、日本を代表するエレクトロニクス産業の間で魔法の呪文の如く珍重されたのは、「20世紀最高の経営者」(米フォーチュン誌)と賛美されていた米ゼネラル・エレクトリック(GE)元会長、ジャック・ウェルチ(1935〜2020年)が熱心に唱導行脚していたからである。

「6σ」に独自のアレンジを加えたGE

 1995年6月、1カ月前に心臓バイパス手術を受け、自宅療養中だったウェルチはかつての部下(1984〜91年GE副会長)ラリー・ボシディ(88)から見舞いの電話をもらった。長話になったのは、当時ボシディが米大手航空宇宙・自動車部品メーカーのアライド・シグナルの最高経営責任者(CEO)として熱心に取り組んでいた「6σ」に話題が及んだからだった。ボシディが語るところでは、一般的なアメリカ企業では平均100万回のオペレーションにつき3万5000回のミスがあるのが普通であり、品質を「6σ」のレベルにするというのは、ミスの頻度を100万回につき3.4回以下にすることなのだという。

 ちなみに「σ(シグマ)」は統計用語で「バラツキ」を示す標準偏差である。1σから6σへ、数字が大きくなるに従って分布のバラツキは減っていく。例えば、4σは100万回当たりの不良率は6210回、5σは233回、そして6σは3.4回といった具合だ。

 ボシディの話を聞いたウェルチはさっそく外部の財務アナリストを使って費用対効果分析を実施。その結果、仮にGEの品質管理の現状が3σから4σの範囲だとすると、これを「6σ」に向上させた場合、70億〜100億ドルのコスト削減が実現できる可能性があるとの報告が出てきた。「これはとてつもない数字で、GEの売上高の10%から15%に匹敵する」とウェルチは報告を受けた当時の興奮気味の様子を回顧録に記している。

 病み上がりながら行動力に衰えを見せないウェルチは、即座に元モトローラのマネジャーで当時アリゾナ州スコッツデールで「シックスシグマ・アカデミー」を経営していたマイケル・ハリーを講師に招き、GEが毎年恒例で10月に開く管理職ミーティング後のゴルフコンペを急遽取り止め、約170人の同社幹部にハリーの話を聞かせた。

「出席者のほとんどが、私も含めて、統計の専門用語が理解できなかった」とウェルチは振り返っているが、その3カ月後の1996年1月、GEは社内でシックスシグマ・プログラムの立ち上げを決定。ウェルチは各事業部門のCEOたちに最高の人材を「ブラックベルト(BB)」と呼ばれるシックスシグマのリーダーとして育成するよう命じた。

 GEの「6σ」がモトローラをはじめ他社の前例と大きく違っていたのは、まず品質改善運動のリーダーとなるBBの候補に社内エリートを指名したことだ。GEにおけるBBは最初の4カ月間に座学とトレーニングで基礎を学んだ後、それぞれの担当部署に関わるテーマ(例えば「コールセンターの応答率改善」「工場の生産能力向上」「請求書の処理ミス」「在庫削減」など)の設定を行う。

 そのBBの下には10日間ほどのトレーニングで「6σ」のコンセプトやツールを学習した数千人の「グリーンベルト(GB)」を配置。GBは従来の職務を継続しながら日常的な作業の中で問題点を見つけ、改善策を講じる。そして、抜かりないことに、ウェルチはBBやGBらで構成するチームに活動の効果を計測する財務スタッフを1人張り付けた。つまり「6σ」がどれほどコストを削減し収益をアップさせたかを、この財務スタッフが金額で弾き出してくれるのである。

「QCはカネになる」

 こうしたGEの取り組みが日本に伝わってきた当初、多くの経営者は「これまで我々がやってきたQCの真似事に過ぎない」とにべもなかった。彼らには「品質管理の神様」とされた統計学者、W・エドワーズ・デミング(1900〜93年)の直伝で1960〜70年代に日本企業の専売特許だったQCがなぜ今さら持て囃されるのか、といった感情的反発が隠せなかったが、故意だったのか無意識だったのか、見落としている要素があった。それは、日本のQCが職場レベルや労組主導の活動だったのに対し、GEは経営トップのウェルチが先頭に立って実践する全社的な業務改革運動の色彩を帯びていたことである。

「6σ」導入の初年度である1996年にGEは2億ドルを投じて3万人の社員を訓練した結果、合計1億5000万ドルのコスト削減を達成。この達成金額は1997年に3億2000万ドル、1998年には7億5000万ドルに増え、営業利益率は1996年の14.8%から2000年には18.9%に上昇した。「QCはカネになる」ということを如実に証明したのである。

 GEの「6σ」成功の評判を聞き、日本の経営者で真っ先に追随したのはウェルチの弟子を自任・自称していたソニー社長(当時)の出井伸之(1937〜2022年)だ。……

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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