【前回まで】財務省主計局の周防は、SF作家・桃地が遺した未完の原稿を見せられ、そこに託された遺志を必死に探る。主税局調査課の土岐は、防衛費増額の財源問題で苦闘していた。
Episode3 リヴァイアサン
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3ヵ月後――。
暦が11月に入ると、頬を打つ風が急に冷たくなった。だが、この3ヵ月の大半を主税局と保守党本部の往復に費やしている土岐には、季節を感じる余裕すらなかった。
思い詰め自分を追い込んではいけない。こういう時こそ、平常心が大切だ――とは思うものの、さすがにやることが多すぎた。
この日は、事務次官の岡山以下、主税局長の我妻智徳[あずまとものり]、調査課長・枚岡瑞恵[ひらおかみずえ]と共に保守党本部に向かっていた。防衛問題特別チームから呼び出されていたのだ。
このチームは、防衛費倍増以上を訴える自主防衛推進派議員で組織され、その代表には党憲法改正推進本部長を務める三神諒子[みかみりょうこ]が就いている。
彼女は日本初の女性総理を狙っており、「防衛費増は、国債で賄う」という梶野発言は政治家としてのまさに「遺言」であり、それを継承するのが自分の天命だと宣言している。
そんな相手からの呼び出しだけに、全員、気が重かった。
どうせ、無理難題を一方的にまくし立てられるだけだからだ。
こんな時間の浪費に、果たして事務次官まで出向く必要があるのか。さりげなく、上司である枚岡に具申すると、「先生のご指名なのだから、致し方ないでしょう。それより土岐君、何を言われても、敵意をむき出しにしたらダメだよ」と釘を刺された。
土岐の正義に照らせば、三神は国賊だった。
彼女が、「梶野元総理の遺言」を振りかざすのは、梶野派の後継者が決まらない中で、自分こそ正統なる保守政治家であるとアピールするためだ。
元は全国紙の政治部記者だった三神は、梶野と会った時に「運命を感じた」らしい。その後、すぐに新聞社を辞め、33歳で政界に転身する。記者出身という利点を生かし、どんな分野の問題についても一定レベルの知見を有するゼネラリストとして、梶野に重宝がられた。
当初は、防衛問題に言及することはめったになく、女性活躍や少子高齢化対策に注力していた。それが、自主防衛を訴える幹部議員が梶野派にはいないと分かると、一気にそこに舵を切った。
土岐らが乗る次官公用車が党本部に着く頃に、周防からメッセージが届いた。
“防衛費、5年間43兆円で押し切られました。我々は、終戦です”……
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