オペレーションF[フォース] (27)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第27回

執筆者:真山仁 2023年8月26日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】主税局調査課の土岐は、事務次官や主税局長・我妻らと共に、保守党の防衛問題特別チームに呼び出された。梶野元総理の後継を狙う三神は、増税は認めないと息巻く。

 

Episode3 リヴァイアサン

 

10

 保守党本部の玄関ロビーで、土岐と我妻は枚岡らと別れた。別のミーティングがあるからだ。

 岡山と枚岡が乗り込んだ次官車を見送ると、我妻と土岐は、局長車で経団連会館に向かった。

 会館の1階で、我妻は「ちょっとコーヒーブレイクしますか」と言って、自販機で二人分の缶コーヒーを買うと、ベンチに腰を下ろした。

「怒り心頭に発すってところかな、土岐君。でも、大丈夫だよ。あの人たちの意見は無視すればいいから」

 ブラックコーヒーを一口飲んでから、我妻が嬉しそうに言った。

「昨日、私と岡山さんが官邸に呼ばれたでしょ。そこで、総理からお許しを得たんだ」

 何も決められない「フラフラ殿下」が、三神ら「過激派4人衆」を無視せよと命じたというのは、信じがたかった。

「厳密には、官房長官が仰る隣で、総理が頷いたんだがね」

「今まで、党内融合に努めてこられた総理とは思えませんが」

「地位は人をつくる、ってことだな。大迫さんも、総理就任から1年を経て、そろそろ派閥の呪縛から解き放たれたくなったんでしょ。

 それに、あの方は、図々しい人がお嫌いだからね。無理が通れば道理が云々を黙認すれば、総理の威厳は失墜し、再選も難しくなるのにも気づかれたのでしょう」

 それもまた、個人のエゴじゃないか。誠心誠意、国家国民に尽くそうという意識が微塵もない。

「ところで君は、省内で“ミスター正義”って呼ばれているそうじゃないか」

「そんなあだ名、初めて聞きます」

 宮城からはそう呼ばれているが、省内で言われているのは耳にしたことはない。

「名誉なニックネームじゃないか。僕なんて“寝業師”だよ。酷いよね」

 だが、本人は一向に酷いと思っている風には見えない。

「いずれにしても、僕らは政治家ではないけれど、国民の側に立って、国民の期待に応えるという意味で、同じでしょ。それを実現させるためには、誰とも対立せずに、最適解の結果を手に入れる。特に来年度のような難しい予算は、それに徹するべきなんだ。それが財務省が担うミッション・インポッシブルのスタンスだよ」

 我妻は簡単に言うが、そんな曲芸は、“寝業師”にしかできない。

「果たして、私が適任なのか分かりませんが、努力します」

「まずは、肩の力を抜くことです。相手は敵ではないし、単なるバカでもない。国会議員は、何万人という有権者に投票された人であり、これから会う財界人だって、皆超一流の企業を経営している。そういう側面を理解すれば、少しは相手をリスペクトできるでしょう」

 反論の余地はない。

「こう見えて僕なりに揺るぎない正義があるんです。でも、正義は押しつけたり、見せびらかしたりしてはならない。これは、何度も失敗した先輩からのアドバイスです」

 我妻は空になったコーヒー缶をリサイクルボックスに捨てた。土岐もそれに続いた。

 経団連でのミーティングは、会長と3人の副会長という顔ぶれだった。

「本日、主計局と防衛省との折衝が終わり、来年度から向こう5年間の総額は43兆円となりました」

「思ったより、増えましたな」

 思ったより、か。会長の溝端公之[みぞばたきみゆき]の予想は、いくらだったのだろう。……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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