【前回まで】舩井防衛大臣は、中国軍の国境侵犯には自衛隊が対処すると米軍に約束していた。記者会見でも暴言を並べ立て、引きずり下ろされる。草刈は防衛省の磯部に電話をかけた。
Episode4 カナリア
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“ちょうど電話しようと思っていたんだ。今どこ?”
本省の会見室の前だというと、磯部は防衛省の薬王寺門前に、公用車を止めるから、そこまで来て欲しいと言った。
磯部とこれから会うと、児玉に報告してから、草刈は会見場を後にした。
午前1時に近い時刻なので、さすがに国防の砦も寝静まっている。
それにしても、磯部の用件とは何だろう。
今まで、記事の精度を上げるために、かなり世話になった。それだけに、ある程度の無理には応えるつもりだが、相当な無理を押し込まれるかも知れない。
例えば、もっと高度な防衛問題についての記事の要請か。
だが、そんな重たい記事は今どき流行らないのだ。価値観が多様化し、「お国のために尽くす」などと考える国民が減り続ける現代において、防衛問題を我が事として意識させるためには、大所高所からの記事では、何の発信力も持たない。
そして、画一的な「軍拡反対」や「増税反対」という声と、「中国を叩け!」「国民の命を守れ!」という感情論がネットを埋めつくし、本質の議論がないまま炎上ばかりを繰り返す。
これで、万が一戦争が起きたら、ネットの住人たちはどう反応するのだろう。
いや、それ以上に、我々メディアに責任はないのだろうか。
だからこそ、今回の対馬沖の衝突事故も、問題の本質がどこにあるのかを、しっかりと見極める必要がある。
そのために、磯部の意見を聞きたかったのだが……。
薬王寺門の正面に、黒塗りのワンボックスカーが停まっていた。
草刈が乗り込むと、「遅くまでお疲れさん、お子さんは大丈夫なのか」と磯部が労ってくれた。
「母と夫に託してますから。それより、磯部さんこそお疲れ様です」
「いやあ、今日は疲れたよ。久しぶりに早く帰宅してビールを一杯飲んだところで、緊急呼び出しだからね」
磯部の家庭のことは詳しくは知らないが、普通の公務員の家庭らしい。
車が近くの立体駐車場に入ると、磯部は運転手に外で待つように言った。
「それで、大臣会見には出たのか」
暴言を目の当たりで聞いたと伝えた。
「まったく、何を考えているのやら」
「大臣は、もう辞表は出されたんですか」
「とんでもない。すっきりした顔で、本省を後にしたらしい。辻岡さんもお気の毒なことだ」
「私には、常軌を逸しているとしか思えなかったんですが、官邸で何かあったんですか」
「官房長官と外務大臣からコケにされて、大変なお冠だったよ」
磯部は何の制約もかけずに話している。つまり、これはオフレコではないということだ。
「ったく、いくら見た目が空母でも、大臣ともあろうものが、護衛艦を空母と呼ぶなんて、ありえないよ」
そんな失言を……。言語道断と言っていい。
「それも許せませんが、なぜ、ご自身で海自の出動をあれほどまでに、強く押されているのかが、理解できないのですが」
「ああ言わざるを得ない状況を、自らつくってたんだ」
磯部によると、在日米国海軍基地司令と極秘で会って、中国と衝突のリスクが生じたら、海自が総力を挙げて先兵を務める、とぶち上げたらしい。
さすがに怖くなってきた。
「あの、それ全部書いていいんですか」……
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