オペレーションF[フォース] (31)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第31回

執筆者:真山仁 2023年9月23日
タグ: 日本
エリア: その他

(C)AFP=時事[写真はイメージです]

国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】舩井防衛大臣は、中国軍の国境侵犯には自衛隊が対処すると米軍に約束していた。記者会見でも暴言を並べ立て、引きずり下ろされる。草刈は防衛省の磯部に電話をかけた。

 

Episode4 カナリア

 

4

 “ちょうど電話しようと思っていたんだ。今どこ?”

 本省の会見室の前だというと、磯部は防衛省の薬王寺門前に、公用車を止めるから、そこまで来て欲しいと言った。

 磯部とこれから会うと、児玉に報告してから、草刈は会見場を後にした。

 午前1時に近い時刻なので、さすがに国防の砦も寝静まっている。

 それにしても、磯部の用件とは何だろう。

 今まで、記事の精度を上げるために、かなり世話になった。それだけに、ある程度の無理には応えるつもりだが、相当な無理を押し込まれるかも知れない。

 例えば、もっと高度な防衛問題についての記事の要請か。

 だが、そんな重たい記事は今どき流行らないのだ。価値観が多様化し、「お国のために尽くす」などと考える国民が減り続ける現代において、防衛問題を我が事として意識させるためには、大所高所からの記事では、何の発信力も持たない。

 そして、画一的な「軍拡反対」や「増税反対」という声と、「中国を叩け!」「国民の命を守れ!」という感情論がネットを埋めつくし、本質の議論がないまま炎上ばかりを繰り返す。

 これで、万が一戦争が起きたら、ネットの住人たちはどう反応するのだろう。

 いや、それ以上に、我々メディアに責任はないのだろうか。

 だからこそ、今回の対馬沖の衝突事故も、問題の本質がどこにあるのかを、しっかりと見極める必要がある。

 そのために、磯部の意見を聞きたかったのだが……。

 薬王寺門の正面に、黒塗りのワンボックスカーが停まっていた。

 草刈が乗り込むと、「遅くまでお疲れさん、お子さんは大丈夫なのか」と磯部が労ってくれた。

「母と夫に託してますから。それより、磯部さんこそお疲れ様です」

「いやあ、今日は疲れたよ。久しぶりに早く帰宅してビールを一杯飲んだところで、緊急呼び出しだからね」

 磯部の家庭のことは詳しくは知らないが、普通の公務員の家庭らしい。

 車が近くの立体駐車場に入ると、磯部は運転手に外で待つように言った。

「それで、大臣会見には出たのか」

 暴言を目の当たりで聞いたと伝えた。

「まったく、何を考えているのやら」

「大臣は、もう辞表は出されたんですか」

「とんでもない。すっきりした顔で、本省を後にしたらしい。辻岡さんもお気の毒なことだ」

「私には、常軌を逸しているとしか思えなかったんですが、官邸で何かあったんですか」

「官房長官と外務大臣からコケにされて、大変なお冠だったよ」

 磯部は何の制約もかけずに話している。つまり、これはオフレコではないということだ。

「ったく、いくら見た目が空母でも、大臣ともあろうものが、護衛艦を空母と呼ぶなんて、ありえないよ」

 そんな失言を……。言語道断と言っていい。

「それも許せませんが、なぜ、ご自身で海自の出動をあれほどまでに、強く押されているのかが、理解できないのですが」

「ああ言わざるを得ない状況を、自らつくってたんだ」

 磯部によると、在日米国海軍基地司令と極秘で会って、中国と衝突のリスクが生じたら、海自が総力を挙げて先兵を務める、とぶち上げたらしい。

 さすがに怖くなってきた。

「あの、それ全部書いていいんですか」……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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