来年3月のロシア大統領選、プーチン圧勝で「無風選挙」の怪

執筆者:名越健郎 2023年9月21日
エリア: ヨーロッパ その他
投票箱を見下ろす位置に掲げられたプーチン大統領の肖像[ロシア占領下のウクライナ東部ドネツク州の投票所にて=2023年9月9日](C)EPA=時事
ロシア統一地方選は与党系候補が全勝、昨年までの番狂わせや混乱は皆無だった。電子投票を選挙結果の偽造に使い、選挙監視システムを解体し、戦争を選挙の争点から徹底して排除するなどで「官製選挙」化は一層進んだと、ロシアのリベラル系メディアや政治学者は指摘する。来年の大統領選挙も政権による対立候補の吟味が進み、「プーチン圧勝」の環境は整いつつあるようだ。

 2024年3月17日のロシア大統領選まで半年を切り、ロシア政局の焦点は大統領選の動向に移る。ウラジーミル・プーチン大統領は5選を目指す構えで、年内に出馬表明し、クレムリンは過去最高の得票率で圧勝を狙うと伝えられる。

 8月23日の航空機事故でエフゲニー・プリゴジン氏ら民間軍事会社「ワグネル」幹部らが殺害され、不測の事態につながる「ワイルド・カード」が一掃された。9月8~10日の統一地方選も、与党が勝利する「無風選挙」だった。

 プーチン氏は大統領選勝利を経て、ロシア・ウクライナ戦争を長期戦に持ち込み、ウクライナや欧米諸国の疲弊を待つ構えだ。内政や戦況でサプライズがない限り、プーチン続投は揺らぎそうにない。

「官製選挙」徹底に電子投票システムを利用

 大統領選の前哨戦とされた統一地方選は、21の知事・首長選で与党「統一ロシア」候補19人など現職が全勝した。地方議会選では、2地域を除いて、与党候補が7割の議席を占めた。政権側が強引に実施したウクライナ東部・南部4州の議会選は、政党名を選ぶ投票となり、統一ロシアの得票率は、ドネツク州(76%)、ルハンシク州(72%)、ザポリージャ州(66%)、ヘルソン州(63%)だった。

 昨年までの統一地方選では、大都市部や極東で与党候補が敗北することもあり、昨年は地方議員が反戦を訴える共同アピールを発表したが、今回は番狂わせや混乱はなかった。

 リベラル系の「モスクワ・タイムズ」紙(9月13日)は、「クレムリンは選挙結果を操作し、投票率を上げるため、電子投票システムを使用した。投票用紙の水増しや企業・組織の投票強要など、より粗暴な手段を混在させた。例年、与党候補は無所属で出馬するケースがあったが、今回はモスクワのセルゲイ・ソビャーニン市長らも与党から出馬した」と指摘した。

 政権側はロシア・ウクライナ戦争を統一地方選の争点にしなかった。独立系メディア「メドゥーザ」(9月13日)は、「候補者らは選挙戦を通じ、ウクライナ侵攻にほとんど触れなかった。与党の知事や議員の大半は演説やSNSで戦争に言及せず、経済の安定や開発問題を取り上げた。モスクワは反戦意識が最も強い都市だが、ソビャーニン市長は戦争の話題を極力避けた」と伝えた。

 ロシアの選挙専門家、フョードル・クラシェニンニコフ氏は、独立系メディア「ノーバヤ・ガゼータ欧州」で、「今回の統一地方選が、従来に比べてインパクトが薄かったのは驚くべきことではない。開戦後、多くの野党活動家や記者は国外に脱出し、数少ない野党は解散した。批判的なメディアは潰され、選挙監視システムも解体された。選挙はあらかじめ設計されたシナリオ通りに進み、何事も起きなかった」「来年の大統領選がどうなるかを知るには、今回のモスクワ市長選を見るのがいい。主要な候補者はいるが、対立候補は真剣に挑戦するそぶりも見せない。選挙を監視する者もいなければ、関心を持つ者もいない。ネット投票でボタンををクリックしても、誰が誰に投票したかは分からない」とコメントした。

 選挙監視団体「ゴロス」のスタニスラフ・アンドレイチュク共同議長は「ロシアではどのレベルでも、選挙を望む人の数が激減している。最近では、署名を集める必要のない人や、政権と合意した人だけが候補者になり、無所属で立候補するのは不可能だ。候補者や活動家、有権者への圧力も強まった。すべての野党議員らは逮捕、拘留、裁判の危険にさらされている。検閲が蔓延し、政党が禁じられた話題を避け、有権者との対話も難しい。投票所の管理者は選挙結果を改竄したが、システム全体が透明性を欠いているため、何が問題なのか分からない。選挙管理委員会の独立性が根本的に損なわれている」と批判した。

 不正の多い「官製選挙」で、政権の厳しい統制下、選挙がすっかり儀式になったとの見立てだ。

 先進7カ国(G7)外相は、ウクライナ4州での「選挙」強行を「違法な占領を正当化しようとする喧伝工作」と非難したが、ロシア側は無視し、4州の「ロシア化」を進める構えだ。大統領選の前哨戦としては、クレムリンの望み通りの展開だった。

「高齢問題」隠しでジュガーノフ氏に出馬要請

 現状では、来年3月の大統領選もプーチン氏の当選を確認する「無風選挙」となりそうだ。「メドゥーザ」(7月19日)によれば、クレムリンはプーチン氏が少なくとも80%の得票率で勝利することを目指しているという。過去4回の大統領選で、プーチン氏の得票率は50~70%台だった。大統領府のセルゲイ・キリエンコ第一副長官が選挙戦略を指揮し、支持者の組織化や行政・企業を動員、電子投票を有効に活用する方針という。

 与党の推薦候補となるプーチン氏の出馬宣言は、11月にモスクワの見本市で開催予定の愛国イベントの場になる可能性がある。プーチン氏は9月12日の「東方経済フォーラム」で、大統領選への出馬を問われ、「年末の選挙公示後に話すことになるだろう」と述べていた。独立系世論調査機関、レバダ・センターによれば、プーチン氏の支持率は80%台前半で安定している。「メドゥーザ」は、プーチン氏が昨年中止した国民とのテレビ対話を今年後半に実施したい意向で、そこで発表する可能性もあるとしている。

 政権側は着々と5選の準備を整えている。

 この夏、プリゴジン氏だけでなく、左右両派の反プーチン勢力が弾圧された。服役中の活動家、アレクセイ・ナワリヌイ氏に対して新たな裁判で19年の刑が言い渡されたほか、多くのリベラル派が拘束された。続投に反対した極右活動家、イーゴリ・ギルキン氏も過激行動の容疑で逮捕された。

 下院は8月、選挙監視団体の活動を大幅に規制する法律を制定した。従来の選挙では、民間選挙監視団体が不正や混乱の実態を動画で撮影して公表したが、今後は投票所や開票所の監視活動が制限される。最大の監視団体「ゴロス」の幹部らも逮捕された。

 政権側は対立候補の人選も進めており、野党第一党の共産党に対しては、79歳のゲンナジ・ジュガーノフ委員長に出馬を要請したという。これは、10月で71歳になるプーチン氏の高齢問題が争点になるのを防ぐためで、対立候補は高齢者やアピール度の低い候補で固める意向という。

「スパーリング・パートナー」と呼ばれる対立候補は、下院に議席を持つ政党が無条件に擁立できるが、野党第2党「公正ロシア」のセルゲイ・ミロノフ党首はプーチン氏を支持し、候補者を出さない方針だ。ミロノフ氏は個人的に親しかったプリゴジン氏を大統領候補に擁立する動きを見せていたが、反乱後、政権寄りに寝返った。野党第3党の自由民主党の候補は、レオニード・スルツキー党首になる見通し。野党第4党の「新しい人々」が誰を擁立するかが注目点だ。

 無所属での立候補には30万人の署名が必要で、ハードルが高い。ただし、「民主選挙」を装うため、クレムリンが承認した中立系、リベラル系候補が参加する可能性もある。

 投票日翌日の3月18日は、クリミア併合記念日であり、政権は社会にユーフォリア(多幸感)が広がった2014年のクリミア併合の記憶をプレーアップして選挙に臨みそうだ。

 政権は戦争長期化への国民の反発を防ぐため、「安全運転」を進めるとみられる。プーチン氏は最近の演説や発言で、戦争にあまり触れず、もっぱら経済の安定や地方の開発に言及している。総動員令や戒厳令は避け、年金や公務員給与増などバラマキ政策も進めそうだ。

 当選すれば、6年のフリーハンドを手にし、民意を気にせず、戦争継続が可能になる。

「プーチン氏の信任投票」に広がる悲観

 筆者らは最近、ロシアの政治学者とオンラインで会見したが、政治情勢にはシニカルで悲観的な意見が多かった。

 カーネギー国際平和財団モスクワセンターのアンドレイ・コレスニコフ研究員は大統領選について、①政権から最も遠い立場の候補への投票を訴えるナワリヌイ氏のスマート投票戦術は、候補者が政権のコントロール下に置かれるため、機能しない②独立監視機関の選挙監視活動ができなくなった③電子投票が拡大し、結果の偽造が可能になった――とし、「選挙はプーチン氏の支持を問う信任投票になる」と予測した。

 また、「戦争長期化の中で、プーチンは社会が正常であることを国民に錯覚させようとしている。国民は戦場に動員されない限り、体制に我慢するだろう。経済が悪化し、我慢の限界になるレッドラインがどこかは見えない。戦争が長期化すれば、体制は侵食されるが、社会には耐久力がある」と語った。

 後継者候補には、ドミトリー・パトルシェフ農相、ミハイル・ミシュスティン首相、ソビャーニン市長、アンドレイ・トルチャク上院第一副議長らがいるが、プーチン氏が恒久政権を目指す以上、後継者論議は意味がないという。

 レバダ・センターのレフ・グドコフ副所長は、「6月の調査でプーチン続投を望む人は68%だった。ロシア人は二重思考で、公の発言と内心は異なることがあるが、ロシアの安全を保証する守護者としてプーチンを支持する人も多い。戦争に反対しても、国家の危機に直面して体制に抵抗したくない意識も働く。しかし、軍事的に敗北すれば、プーチンの権威が揺らぎ、安定の保証者ではなくなる」とし、プーチン政権の存続は戦争の行方次第と述べていた。

 グドコフ氏によれば、中堅官僚や地方幹部の中には早期終戦を望み、汚職・腐敗まみれの現体制一掃を望む人々が多く、将来的な体制転換の中核になり得るという。一方で、新生ロシア32年の歴史において、3分の2はチェチェン、ジョージア、ウクライナ、シリアで戦争をしており、戦争が常態となったことが国民の危機感を失わせていると指摘していた。

健康不安がサプライズ

 無風選挙にサプライズがあるとすれば、プーチン氏の健康問題かもしれない。反プーチンの政治学者、ワレリー・ソロベイ氏は自らのユーチューブ・チャンネル(9月14日)で、「プーチンは重い病気で回復の見通しはない。極東で金正恩が会ったのは、プーチンの影武者だった。金正恩は中国の情報機関からそのことを通報され、知っていた」と話していた。

 しかし、コレスニコフ氏は「プーチンは元気で健康問題はない。影武者は安全対策以外に使う意味がない」と否定していた。

「プーチンの戦争」を終結させる最も効果的な手段は、プーチン氏が不在になることだが、政権存続と戦争継続は一体化しているだけに、「退陣」の二文字はプーチン氏にはなさそうだ。

 

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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