オペレーションF[フォース] (34)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第34回

執筆者:真山仁 2023年10月14日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】対馬沖で地元漁船と衝突した台湾海軍の潜水艦を、中国軍が拿捕! 「自国の潜水艦を保護した」と言い張る中国を、日米台は見過ごすしかないのか。衝撃と緊張が走る。

 

Episode4 カナリア

 

8

 草刈らがいるプレスルームでは、広報課長からのレクチャーが始まっていた。

 中国の艦船が、台湾の潜水艦を曳航していること、中国のフリゲート艦が事故で海に放り出された漁船員を救出したという発表がなされた。

 だが、それだけでは誰も納得しない。

 ここにいるのは、安全保障担当記者なのだ。

 海自の対応に質問が集中した。

「現在のところ、何の予定もございません。まもなく、大臣も参加した対策会議が行われます。それによって、新しい決定等がございましたら、発表致します」

 疲れを隠せない広報課長が、そこで会見を終えた。

 昨日からずっと寝ていない草刈も、眠くて頭が回らないが、来たからには、何らかのネタを仕入れる必要があった。

「暁光さん、凄いのを飛ばしてくれたよねえ。あれは、どこから?」

 東西新聞の美濃部が話しかけてきた。髪が寝癖で跳ね上がっている。こんな大物記者ですら、プレスルームで仮眠するような事態なのか。

「それは、企業秘密ってことで」

「僕も草刈さんの記事を拝読してから、関係者に聞いて回ったけれど、デマじゃないんだね。とはいえ、こうなると、簡単に防衛大臣は更迭できなくなっちゃったね」

「こんな時だからこそ、もっとしっかりした方に、防衛大臣をお任せしたいところですけれど」

「一触即発に近い状況ですからね。引き継ぎをやる余裕もない。それに、舩井はアメリカの受けが良いんだ」

 自身の一存で、勝手に米軍の基地司令に「要望があれば、いつでも防衛出動する」などと約束してしまう大臣なのだから、受けがいいのは当然だろう。

「大臣のことより、私は中国の横暴の方が気になりますが」

「良い視点だね。それについては、ウチの記事を読んで。じゃあね」

 ここで夜を明かしたのに、もう帰るのか……。

 パソコンで東西新聞のオンラインニュースのページを開いた。すぐに大きな見出しが目に入った。

《中国軍強硬の背景

 日米の緊急対応をテストか》

 中国は、台湾有事を起こした時、日米両軍がどのような対応を行うのか、その対応速度と規模をテストしようとしていたフシがある――という情報を、美濃部は自衛隊幹部の証言として書いていた。

 この「事件」で、日米両国の連携の悪さが露呈し不信感が拡大したと、辛辣に批判していた。

 しかも、防衛省のキャリアのリークに乗った提灯記事じゃない。

 あんな出来事が起きたその日に、衝撃的な事実を物にするなんて、さすがだ。

 美濃部の記事が、保守系新聞の面目躍如と言えるものであるなら、日本唯一のクオリティ・ペーパーを自負する「暁光新聞」らしい記事で応戦しなければ。

 それは、いったい何だろう。

 ――おまえら中堅は、『発生もの』にしか反応しない。だが、戦争が起きるかも知れないのに、誰も何もしないのは、それ自体が大事件じゃないのかな。

 あれは衝撃的なアドバイスだった。

 そして、そういう市井の声をまとめることこそ、今の新聞がやるべき仕事だとも痛感した。

 そこまでは、すんなりと納得できる。

 だが、その取材の大変さを思うと、腰が引けてしまう。人使いの荒い児玉に振り回され、育児も大変で、その上、雲を掴むような取材ができるのか。

 いや、できるのかではなく、やるしかない――。

 そこで、広報課長からの新たな発表があるというアナウンスが、プレスルームに響き渡った。

 

9

 大臣の機嫌は、最悪のようだ。

 磯部は、舩井大臣の表情を窺いながら、時々刻々と入ってくる情報に耳を傾けていた。

 海保によると、潜水艦の救出活動をしていた台湾軍の2隻は、完全に中国軍の妨害に遭い、「海隼」を救出する機会を得られなかったようだ。

 さすがに、その場で交戦するわけにもいかず、台湾艦船は、中国軍の行動を静観するばかりだったという。

 アメリカ政府が、中国を厳しく非難する声明を発表したが、中国は沈黙している。

 そして、「ホノルル」は、当分、海域から離れる予定はないらしい。

 一方、官邸は沈黙を守っている。それどころか、総理は官邸に姿を見せていないらしい。

 情報を聞くほどに、舩井大臣は不機嫌になっていく。

「ここに来る30分程前、私の元に横須賀基地司令のティモシー・クライトン少将から、お電話があった。

 アメリカは、救難目的のために『ホノルル』を派遣した。日本も足並みを揃えて欲しいと。

 にもかかわらず、現時点で、君らはなんら行動を起こしていないではないか。

 自国の領海の目と鼻の先で、中国軍にこれほど好き勝手をされているのに、何もしないとは、どういうことだね!」

 統幕長の三国一輝[みくにいっき]が、発言した。

「海自と空自は、いつでも出動する準備を整えております。後は、総理のご判断一つです」

「つまり、アメリカ海軍と行動を共にするという理解でいいんだね」

「大臣、そのご質問には飛躍がございます。我々は準備は致しますが、行動を決めるのは、総理ただお一人です」

「そんな暢気なことでどうするんだ。米中が戦争になったら、日本が戦場になるんだぞ」……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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