オペレーションF[フォース] (39)

連載小説 オペレーションF[フォース] 第39回

執筆者:真山仁 2023年11月18日
タグ: 日本
エリア: その他
(C)時事[写真はイメージです]
国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】潜水艦事故の3日前、保守党政調会長の都倉は、渡中の計画を練っていた。表向きの目的は留学時の恩師を偲ぶ会への出席だが、彼女はもう一つの計画を秘めていた。

 

Episode5 四面楚歌

 

3

 衝突事故の2日前――。

 予想通り、外務大臣の繁森忠興[しげもりただおき]に呼び出された。

 東アジア諸国の結束を政治信条に掲げている大臣には、胸中を全て吐き出そうかと、都倉は考えた。

 だが、徳村に止められた。

 ――繁森君は次期総裁の最有力候補でもある。それだけに今は、親中の思想信条を押し殺し、李下に冠を正さないのが、常道だ。しかも、外務大臣という立場で、アメリカの意向に背くような真似をする国会議員はいないよ。

 繁森は、いわゆる外務省的な発想はしない。母校である早稲田の人脈、留学したオックスフォード大学人脈に加え、国会議員として築いてきた独自のパイプを中韓に有し、「繁森ドクトリン」と名付けた日中韓の3ヵ国連携を模索している。

 それは、日本単独の国益ではなく、東アジア全体の連携で、世界をリードしていくという壮大なものだった

 一方の都倉は、政治学専攻とはいえ、日中外交を専門に学んだわけではない。北京大学に留学したのも、「これからは、中国の時代が来る」と考えて選んだにすぎない。

 また、都倉の政治信条は、日本が「未来に生き残るためのスクラップ・アンド・ビルド」だ。すなわち、日本が未来に生き残るために、「昭和」という古い軛[くびき]を破壊し、新しい22世紀志向の日本社会を築き上げることだ。

 だから、財政赤字を解消したいし、無防備な軍事的安全保障のてこ入れをしたい。アメリカ一辺倒の外交ではなく、東アジアやロシア、オーストラリア、さらには英国との関係強化を考えていた。

 つまり、繁森とは考えに大きな隔たりがあるのだ。

 そのため、外務省に対して、「個人の立場として北京に渡航」とのみ申請していた。

 できれば、繁森には黙認して欲しいと願っていた。しかし、やはりそれは叶わなかったようだ。

 大臣室で待っていた繁森は、身だしなみも英国紳士そのものだった。サヴィル・ロウの高級紳士服店で誂えたスリーピースに、オックスフォード大のレジメンタルタイというスタイルには、隙がなかった。

 驚いたのは、同席者が誰もいなかったことだ。

「中国に行く本当の理由は聞きません。しかし、保守党の総務会長であるという自覚を、忘れないで戴きたい」

 紅茶を勧められ、口にしたところで、繁森が核心を突いてきた。

 都倉は、黙って頷くしかできなかった。

「以前から、あなたには注目していました。しっかりとした思想、抜群の行動力に加え、熱い愛国心がある。しかし、今回の行為は、今までのあなたの実績を全て帳消しにし、将来を失うかも知れません。その覚悟は、ありますか」

 繁森の威圧感には怯みそうになるが、ここは突破あるのみだ。

「大臣、私は自身の評判や将来の野望のために、行動致しません。身を挺して国に尽くしたい。その一念です」

「結構な覚悟です。ならば、お好きに。但し、私は外務大臣として、あなたの行動を糾弾することになるでしょう。

 また、あなたは、保守党の党籍を剥奪される可能性が高い」……

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
真山仁(まやまじん) 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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