「第7次エネルギー基本計画」策定に向けて:2024年の日本を待つ5つの論点

執筆者:小山 堅 2023年12月27日
タグ: 原発 脱炭素
エリア: アジア その他
脱炭素化の重要性は変わらないが、総合的なコストの勘案も求められる[アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)首脳会合で発言する岸田文雄首相=12月18日、首相官邸](C)時事
2024年、3年ぶりの改定へ向けた議論が本格化するとみられる「エネルギー基本計画」。ロシア・ウクライナ戦争の勃発、中東紛争の激化など、現行の第6次計画が策定された3年前からは情勢が大きく変わった。日本にとってますます重みを増した戦略文書の策定で踏まえるべき視点を5つに整理する。

「エネルギー基本計画」は、2002年に制定されたエネルギー政策基本法に基づいて、概ね3年程度毎を目途に改定が行われてきた日本のエネルギー政策の基本・骨格を定める極めて重要な長期エネルギー戦略である。2003年の第1次エネルギー基本計画を皮切りに、その時々の状況変化を反映して累次改定が実施され、現行の第6次エネルギー基本計画は、2021年10月に閣議決定された。

 2024年には、現行計画の議論の際には顕在化・深刻化していなかった課題が多数浮上する内外の新情勢の下で、次期エネルギー基本計画策定に向けた政策検討が始まると予想されている。以下では、それら新情勢を踏まえ、新たな基本計画の検討にあたって欠かすことのできない論点を、筆者の個人的な考察を基に、整理し提示することとしたい。

はじめに.新情勢の下で「S+3E」の同時追求する次期計画

 エネルギー基本計画の策定においては、「S+3E」の同時達成を目指すことが基本原理として確立されている。これは福島第一原発事故の反省を踏まえ、安全性(Safety)を大前提としつつ、エネルギー安全保障(Energy Security)、環境(Environment)、経済効率(Economic Efficiency)の3つの「E」を同時に達成するエネルギー政策を定める、ということを意味する。

 現行の第6次基本計画については、その閣議決定のタイミング、そしてそのための審議の時期を考えると、2020年10月のカーボンニュートラル目標の宣言などに代表される通り、気候変動対策・温室効果ガス(GHG)排出削減強化を最重要の問題として捉え、それに沿った議論・内容となったことはある意味で自明であり、当然のことであった。

 しかし、今回の改定では事情が大きく異なる。COP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)の合意で掲げられた「2035年に世界全体でGHG排出を2019年比60%削減する」という目標を意識することになるなど、2050年のカーボンニュートラルを目指す脱炭素化の取組みが一層求められていることは間違いない。その上で、現行計画の策定時には発生していなかったロシア・ウクライナ戦争によって、エネルギー安全保障確保の要請が劇的に高まり、ある意味では今日の世界のエネルギー政策において最優先課題として浮上していることが、次期計画の策定においては不可避の考慮要件となる。

 ロシア・ウクライナ戦争を機に、世界の分断が劇的に深刻化し、多層化している。この分断の中で、日本には米欧など西側との連帯・連携強化を図りつつ、中露に向き合い、存在感を高めるグローバルサウスを意識した戦略が必要となる。その中で経済安全保障問題が大きくクローズアップされることになる。エネルギーなどの戦略物資やその供給チェーンの安定確保、カギとなる戦略・先端技術オプションが、安全保障に大きな影響を及ぼす。

 また、「S+3E」を追求するエネルギー転換によって、エネルギーコストの上昇が予想されるが、ウクライナ危機以降の今日までの世界を見ると、社会がエネルギーコスト上昇に対して脆弱性を有することも明らかとなった。そこで、まずは、気候変動防止とエネルギー安定供給に必要な対策強化の重要性と、それに伴うコスト負担発生の可能性に関して、社会全体での共通理解を改めて確保する必要がある。同時に、起こりうるコスト上昇の最小化を、国情やエネルギー事情に即して追求することが何よりも重要となるのである。

 これらの問題意識に対応するための5つの論点を、以下、順を追って述べる。

論点1.経済安全保障を踏まえた「総合的なコスト」の勘案

 脱炭素化とエネルギー安全保障の両立のための強力なエネルギー対策が求められる中で、それに伴うコスト上昇を如何に抑制するかが極めて重要になる。そのための最適なエネルギー需給構造=ベストエネルギーミックスを求め、実現する必要がある。従来、最適な電源構成を考える場合、電源毎の発電コストの分析が最重視されてきた。最もコストの安い電源の活用を進めるという原則は、次期基本計画の議論においても変わらない。また、電源毎のコスト削減も不可欠となる。

 しかし、それに加え、例えばゼロエミッション電源として期待される太陽光・風力のような再生可能エネルギーについては、その供給が自然由来で変動性が高いため、変動対応のための蓄電システム・火力発電による調整・電力連系線強化などのコスト(統合コスト)が発生することも勘案する必要が出てくる。さらに、再エネや蓄電池、電気自動車などの推進によってレアアースなど稀少鉱物の需要が激増し、需給逼迫と価格上昇、特定供給者の市場支配などが経済安全保障上の懸念事項となる。こうした経済安全保障上のコストも加味したベストミックスを考える必要がある。そうした総合的な視点でのコスト最小化を考えなくてはならない。

 なお、その際、日本の固有事情を考えると、コスト上昇を抑制する最有力の手段が、既存の原子力発電所の有効活用である点に留意すべきである。安全性を確保し、国民の理解を得て再稼働を進め、運転延長を実施していけば、CO2排出削減、エネルギー自給率向上、電力コスト削減に、極めて高い効果を持つことは明らかである。2050年の長期的視点も含め、新情勢の下での原子力の位置づけをしっかりと議論し、定めることが次期基本計画のポイントになろう。

論点2.次世代技術を活かした「成長戦略との融合」

 新たなエネルギーシステムへの転換は容易ならざる挑戦であると同時に、成長機会の提供という側面も有し、時代を切り開く道筋でもある。特に、カーボンニュートラルなどを実現するためには、水素・炭素回収利用貯留(CCUS)・次世代原子炉などのイノベーションが果たす役割も期待されており、これらの新技術を制する者が、2050年に向けた世界で競争上優位な立場に立つ。

カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
小山 堅(こやまけん) 日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員。早稲田大学大学院経済学修士修了後、1986年日本エネルギー経済研究所入所、英ダンディ大学にて博士号取得。研究分野は国際石油・エネルギー情勢の分析、アジア・太平洋地域のエネルギー市場・政策動向の分析、エネルギー安全保障問題。政府のエネルギー関連審議会委員などを歴任。2013年から東京大公共政策大学院客員教授。2017年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授。主な著書に『中東とISの地政学 イスラーム、アメリカ、ロシアから読む21世紀』(共著、朝日新聞出版)、『国際エネルギー情勢と日本』(共著、エネルギーフォーラム新書)など。
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