【前回まで】都倉防衛大臣の「反撃発言」の直後、イージス艦による迎撃が成功した。暁光新聞の草刈は、防衛費について話したいという財界のご意見番・五條良朔の自宅に赴く。
Episode6 一世一代
11(承前)
「今のアメリカは、自国の繁栄しか頭にない。それどころか、世界秩序を無視してでも、自国の生き残りに汲々としている。
一方で、中国にも問題は多い。現在の国家主席の頭の中は、誰にも分からない。まさかとは思うが、アメリカと事を構えないと決めつけることは、できない。
そんな状況の中で、我々はアメリカから捨てられようとしている。それが分かった以上、自国のことは自国で守るという至極当然の発想が浮かぶものだろう。
しかし、この国に危機感はないし、安全保障なんて他人事だ。本当にそれでいいんだろうか」
その問いは、草刈に向けられたわけではないだろう。それでも、少しだけ五條に、自分が書いた記事が響いた理由が分かった。
安全保障なんて、誰も気にもしていないし、生活に影響が出るまで考えもしない。あの記事では、その点について、大勢の一般人に話を聞いてまとめたのだ。
「草刈さんが書いた記事は、私がぼんやりと抱いていた疑問、そして、我が国の行く末についての不安を言い当てたんだ。だから、申しておきたいことがある」
五條は、草刈を見つめたまま暫く黙り込んだ。その視線に押されるように、草刈は言葉を発した。
「ぜひ、伺わせてください」
「日本の国民、特に未来がある若者や子どもたちの命と財産を守るために、我々は一致団結して国を守るための義務を果たすべきなんだ」
「義務とは、何を指すのでしょう」
「赤字国債などに頼らず、堂々と法人税を上げてくれればいい」
そんなことをすれば、財界が猛反発する。
安全保障に興味がないのは、何も庶民だけではない。経営者たちだって、大半は無関心じゃないか。
「お言葉ですが、法人税増を、財界が認めるとは思えません」
「私が、命がけで説得する。いや、既に今の会長以下に、日本の安全保障について危機感を持ち、財界としてやるべきことをなせ、とハッパをかけている。
日本に戦争をする気がなくても、これだけ世界情勢が不穏なんだ。いつ巻き込まれるかも知れない。そんなことになれば、経済活動はできなくなるんだ。
自国を守るための備えに力を貸すのは、財界の義務なんだ」
つまり、その五條の心の叫びを書けというのか。
「素晴らしいお考えだと思うのですが、それが、今の社会に響くでしょうか」
「これは、年寄りの妄想ではないんだよ。日本が経済大国になれた大きな要因は、安全保障の憂いがなかったからだ。しかし、本来であれば、企業も国民も自国の安全のための資金を国に託さなければならなかった。
それをほとんどせずに約70年過ごしてきたことが異常だったんだ。昨年、アメリカから在日米軍は台湾有事に重点を置くから、日本のことは日本で守れと言われたという。それは、アメリカのエゴでもなんでもない。ようやく日本がまともな独立国になったということだ。しかし、70年間もの長きにわたり、防衛費を抑え込んできた結果、日本は無防備な状態に陥っています。
その空白を埋めるために、まず、日米安保で最も恩恵を受けた財界が、率先して防衛費増のために義務を果たさなくてはならない。
それは、きれい事でもなんでもない」
五條の語気はどんどん荒くなり、声に熱も籠もってきたせいで、草刈の胸に彼の言葉と想いが強く突き刺さった。……
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。