【前回まで】在日米軍が完全撤退した日、江島副総理は宮城県庁にいた。仙台沖にミサイルが弾着してもなお、防衛強化に消極的な前園知事に、防人税導入を説得するためだった。
Episode7 独立独歩
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移動中の車内で、土岐からのショートメールが、周防に届いた。
“さすが、江島さん! 前園知事が軍門に降った。『防人税』導入に協力するそうだ”
「よし!」
思わず、声が出た。
「何か、朗報かね?」
すかさず戸増に尋ねられた。
「江島大臣が、前園知事の説得に成功されたそうです」
「そうか! やはりあの方は、素晴らしいな。いや、凄い!」
感激屋の戸増は、何度も大きくガッツポーズを繰り返した。
戸増はとにかくエネルギッシュだ。
県内に世界最大級の原発を抱えているという現実に真摯に向き合うだけではなく、「新潟副首都計画」なるものを提案している。海を隔ててロシア、朝鮮半島、中国に接する本州日本海側唯一の政令指定都市を擁する新潟こそ、日本の未来を担う牽引役たるべし、と気勢を上げてきた。
そして、北朝鮮からのミサイルが新発田市に弾着する直前に自爆した事件を受けて、日本海連合を発足。国を守るための防衛プランを積極的に提案し続けている。
周防は、日本海連合設立の立役者でもある同期の山科一平に誘われて、連合の例会に参加し、戸増の発想とバイタリティに魅了された。
その後、江島から密命を受けて、財務省から出向。江島が主導する「防人税導入推進班」との連携役を務めて、すでに2年が経つ。
今週末には仙台市内で防人税を考えるシンポジウムを日本海連合主催で行う予定だ。
「これで、『防人税』導入実現に向けて、大きく踏み出せそうですね」
周防の言葉に、戸増は表情を硬くした。
「どうだろう。まだまだ道は険しいんじゃないか。実際、シンポジウムの参加希望者は、想定の半分にも満たない。おまけに、全国メディアを中心に、増税と軍拡反対キャンペーンが、相変わらず強力だからね」
「それでも、前園知事が『防人税』に賛成すれば、変わりませんか」
助手席に座っていた山科が、振り向いて問うた。
「期待したいところだが、そもそも関心がないだろう。ミサイルが飛来したと言っても、仙台市沖の公海上だ。新発田の時とは、恐怖のレベルが違う」
日本海側と太平洋側の防衛意識に対する温度差は、一向に狭まらない。
元々、朝鮮半島、中国に近い日本海側と比べて、太平洋側の住民は、外国から侵略される恐怖が薄い。
だが、ミサイルが自身の生活圏に落ちない限り、自国の防衛を考えられないというのは、あまりにのんき過ぎないか。
日本人はそこまで愚かじゃないと思いたい。だとしても、地域による防衛意識の差は、重要な課題だった。
「『防人税』導入の鍵を握っているのは、仙台じゃない。首都圏から西の地域だ。日本海連合に参加している鳥取と島根は、かろうじて問題意識はあるが、福岡は無関心。九州以西で危機感を持っているのは、沖縄だけだろう」
日本の主要都市に住む人々が、国土の安全を守る意識を持てないのであれば、「防人税」は、新手の「増税」に過ぎない。
そこに、原理主義的な平和主義者や防衛費増は悪政と決めつけているメディアが加勢すれば、「防人税」実現は、画餅に帰す。
「防人税」推進をどれだけ訴えても手応えが感じられない現状に、周防は徒労感と虚無感を覚えずにはいられない。
「東京にミサイルが落ちるか、石垣島にでも、五星紅旗が立ちでもしない限り、日本人の平和ボケは、なくならないのかも知れない」
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