悪党たちのソ連帝国
悪党たちのソ連帝国 (8)

第8回 ブレジネフ 帝国の大成者(後編)

執筆者:池田嘉郎 2024年8月25日
タグ: ロシア
エリア: ヨーロッパ
1973年、ブレジネフ(左)はアメリカを訪問しニクソン大統領(右)と会談した(1973年6月19日、Wikimedia Commons)
かつてのソ連に君臨した6人の悪党たちの足跡から、ロシアという特異な共同体の正体を浮き彫りにする好評連載第8回。チェコスロヴァキアへの軍事侵攻や中国との国境紛争、アフリカでの社会主義陣営拡張などはあったものの、ブレジネフ時代のソ連帝国は、アメリカとのデタントのもとで安定と成熟を手にした。

3. 帝国の成熟

政治の名手

 権力の座についた最初の3年間、ブレジネフは謙虚であったという1。だが、次第にそうではなくなった。実際のところ彼は、自分の権威を高めることを求めていた。「指導者には権威が必要だ、助けてほしい」と彼は狭い仲間内で語った2。指導者が権威をもつことが体制の安定につながると考えていたのだろう。1966年に政治局と書記長という名称を復活させたのも同じ発想による。この改称案について提起した3月17日の書記会議でブレジネフは、書記長という名称が「党内でどう受け止められるか、われらの党最高機関のプレステージを強めるかどうか、自分には結果が気になる」と述べている3
 権威を表現するための形式を重んじるのが、ブレジネフの特徴であった。彼は片腕のポドゴルヌイに、首都の社会活動家との会合で、自分の発言中の適当なタイミングで立つように頼んだという。そうすれば会場全体が然るべきときに起立して、拍手できるからというのが理由であった。「もしかしたら、これはよくないことかもしれない、だが必要なんだ、そうするべきなんだ」とブレジネフはつけ加えたという。ブレジネフはまた、党大会において自分以外の政治局員は発言しないように求めた。自分が政治局を代表して中央委報告を行なうので、他のものは発言しなくてもよいはずだというのである。1966年の第23回党大会では同僚たちはしぶしぶこれにしたがい、1971年の第24回党大会ではすでに完全な規範となった。ブレジネフは同僚たちの出張も規制するようになった。閣僚会議第一副議長また政治局員として各地を飛び回っていたマーズロフは、あるときブレジネフから「どうして君はケメロヴォに行ったのに僕に何もいわなかったんだ」と咎められた。ブレジネフは出張を事前の許可制に変えた。政治局員のなかには反対するものもいたが、ブレジネフは自分の意見を通すことができた。というのは彼は政治局ではなく書記局に依拠するようになったからである。ブレジネフはそこでスースロフ、キリレンコ、ウスチーノフといった書記たちと事前に合意を取り付けていた4
 異議を唱えるものや邪魔になったものは、権限のない職務に移された。畜産の実態について粉飾された統計ではなく実際の数字を挙げ、ブレジネフの後援する農業大臣を非難したシェレーピンは、1967年に中央委書記から全ソ連労働組合中央評議会議長にされた5。 KGB(国家保安委員会)内で「たまたま権力の座についただけの人物」ブレジネフへの不満が高まっているという情報が本人に伝わった結果、KGB議長セミチャスヌイも同年にウクライナ共和国閣僚会議第一副議長に配置換えされた。ポドゴルヌイの諫言だけには耳を傾けるという状況が長く続いたが、コスイギンが占める閣僚会議議長(首相)ポストにブレジネフが関心を示したことがきっかけで状況は変わった。ポドゴルヌイは、そもそもフルシチョフが第一書記と首相を兼任したことをわれわれは批判したではないか、それに首相職は激務であるといってブレジネフを思いとどまらせた。だが、ブレジネフは今度はポドゴルヌイの占める最高会議幹部会議長ポストに狙いをつけ、裏工作の才能を存分に発揮した。彼はまず、1976年の第25回党大会に向けた代議員選挙において、ポドゴルヌイが選出されるハリコフ州党組織で650票中250票が反対票となるように仕組んだ。こうして彼の権威を落とした上で、1977年に辞任に追い込んだ6
 これらの例に見るように、ブレジネフはスターリンのようなテロルや、フルシチョフのような露骨な降格ではなく、高位ではあるが実質的な権力のないポストへの配置換えによって、政敵を無力化した。引退させる場合でも名誉や生活水準は保てるようにした。フルシチョフにも年金と別荘を保障し、クレムリンの食堂と中央委員専用の診療所の利用を認めた7

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
池田嘉郎(いけだよしろう) 1971 年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士(文学)。専門は近現代ロシア史。主な著書に『革命ロシアの共和国とネイション』(山川出版社、2007 年)、『ロシア革命 破局の8か月』(岩波書店、2017 年)、『ロシアとは何ものか―過去が貫く現在』(2024年、中公選書)、共著に『世界戦争から革命へ (ロシア革命とソ連の世紀 第1巻)』(岩波書店、2017年)、訳書にミヒャエル・シュテュルマー『プーチンと甦るロシア』(白水社、2009年)、アンドレイ・プラトーノフ『幸福なモスクワ』(白水社、2023 年)などがある。
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