やっぱり残るは食欲 (3)

上達の鍵

執筆者:阿川佐和子 2024年9月4日
タグ: 日本
エリア: アジア
料理上達の鍵は、食べさせる相手がいることと、手元の材料でチャチャッと作ること(写真はイメージです)

 料理研究家の松田美智子さんとトークショーを行った。なぜ料理を仕事にしようと思ったのですかという私の問いに対し、松田さんはこんな話をしてくださった。

「私が学生だった頃、母が麻雀好きでしょっちゅうウチに麻雀仲間が集まっていたんです。そのとき、飲み物とか食事の世話をするのはもっぱら娘の役回りになって、まるで雀荘のママみたいなことをずっとしていたの。あれが、そもそものきっかけかもしれません」

 もともと料理好きだったことに加え、客の好みと要望に応じて、冷蔵庫にあるものを使って短時間でチャチャッと作る。お洒落なサンドイッチや軽食を供しては麻雀客に喜ばれたそうである。こうして松田さんはその後さらに腕を磨き、自らの勘とセンスに頼るだけでなく、基礎から料理を学び直し、今や人気の料理教室の先生として活躍しておられる。

 松田さんの話を伺っているうちに気がついた。やっぱり食べさせる相手がいることと、手元の材料を駆使してチャチャッと作ることは、料理上達の鍵になるのだな。

 もちろんそれだけで松田先生やプロの料理人のように他人様からお金をいただくだけの腕は身につかないだろう。しかし、家族や来客のために日夜台所で格闘し続けていれば、おのずと上達するのではなかろうか。

 高校時代から親しい仲間と誰かの家で集合すると、台所方はおおむね私が担当した。材料を持ち寄って、料理を作る。

「アガワ、なんか手伝うことある?」

 他の連中は私の指示に従って、お皿を並べたり野菜を切ったり炒めたり。みんなが私の助手だった。そんな様子を見ていたその家のお母さんに、いつも言われたものである。

「アガワさんがこの仲間の中ではいちばん最初にお嫁に行きそうねえ。いい奥さんになるわよお」

 いえいえ、そんな。と謙遜しつつ、内心では、きっとそうだろうと思っていた。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
阿川佐和子(あがわさわこ) 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』、『レシピの役には立ちません』(ともに新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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