2030年より前に需給逼迫も 重要鉱物(クリティカルミネラル)を巡る国際情勢と地政学

執筆者:小山 堅 2024年9月24日
エリア: アジア その他
中国はレアアースの精製・精錬段階で高いシェアを占める[“レアアースを生かした街作り”を進める中国・内モンゴル自治区包頭市には「レアアース通り」もある=2024年07月14日](C)時事
各国がエネルギー安全保障を強化する中で、石油やガスのみならず、再生可能エネルギーや電気自動車の普及に不可欠なレアメタル・レアアースの安定確保が課題となっている。しかし、これらの重要鉱物(クリティカルミネラル)は特定国への依存度が高く、ドミナントプレイヤーが供給削減などで市場を揺さぶるリスクもある。また、分断が進む世界で国家間の資源囲い込み競争が激化すれば、市場全体が不安定化するという悪循環に陥る恐れもある。

 市民生活や経済活動、そして国家運営にとって必要不可欠な物資であるエネルギーを巡る国際情勢は厳しさを増し、将来の不確実性が高まっている。ウクライナ危機によってエネルギー安全保障問題が世界的に脚光を浴び、エネルギー政策における最重要課題となった。他方、気候変動防止も待った無しであり、脱炭素化を進めていくことも世界の課題である。こうして、エネルギー安全保障と脱炭素化の両立のためのエネルギー転換推進が今日では最重要課題となったが、これはまさに容易ならざる挑戦である。エネルギー転換推進によってコストが上昇していく可能性があり、その場合の政治・社会・経済的なインパクトは、エネルギーが必要不可欠な物資であるだけに極めて大きい。世界の主要国はそのコスト上昇を抑制・最小化しつつ、エネルギー転換を進めることが求められている。

 エネルギー転換推進が容易ならざる挑戦となる理由はもう一つある。米中対立の激化や、西側と中ロの対立の深刻化など、世界の分断は国際的な秩序を動揺させ、世界経済や貿易・投資の流れに影響を及ぼしつつある。分断が深刻化する前は、自由貿易と国際分業を徹底することで、最も低コストの生産・供給への集中を世界全体で追求することが「是」とされてきた。しかし、分断後の世界ではそうはならない。戦略的重要性を有する資源・物資・技術などは、出来るだけ国産化し、それを同盟国や戦略的パートナーとの間の供給チェーン構築・確立で補完する取り組みが進められている。

精製・精錬段階の圧倒的シェアを握る中国

 石油、ガスなど輸入エネルギーの安定供給確保やエネルギー自給率向上の重視なども、その一例に含まれる。しかし、今日、新たな重大問題として浮上しているのは、クリーンエネルギー投資と重要鉱物に関連した経済安全保障問題である。

 エネルギー安全保障と脱炭素化の両立を図るうえで、世界が注目しているのがクリーンエネルギー投資であることは言を俟たない。クリーンエネルギーには、様々なオプション・技術が存在するが、急速な拡大を続け今後の可能性という点で大きく注目されているのが、太陽光や風力などに代表される再生可能エネルギーである。こうした供給変動性が高い自然由来の再生可能エネルギーの拡大に合わせて、蓄電システム・バッテリーの重要性が高まっている。さらに、交通部門の脱炭素化への取組みとして、電気自動車の普及が世界的に進められ、将来についても期待が大きく高まっている。こうした技術・オプションの利用拡大が進むことはエネルギー転換の推進にとってプラスの効用を持つ。

 しかし、これらの急速な普及や利用拡大は、クリーンエネルギーの製造・供給能力において、高い世界シェアを有する特定国への依存を高めることにつながる。例えば、太陽光発電の供給チェーンにおいて中国の世界シェアは、物品・部材によっては9割など圧倒的に高い。さらに重要なポイントは、これらのクリーンエネルギー投資を行う場合に必要不可欠となる重要鉱物においても、特定供給源への高い集中が見られることである。

 エネルギー転換の推進には様々な重要鉱物が必要だが、再生可能エネルギー、バッテリー、電気自動車などの普及拡大が進む場合には、リチウム、コバルト、そしてネオジムやジスプロシウムなどのレアメタル・レアアースの需要が劇的に拡大する。その大幅需要拡大によって、鉱物種によっては2030年より前に需給逼迫と価格高騰が発生する可能性が指摘されるようになっている。この需給逼迫時において問題となるのが特定供給源への依存である。重要鉱物に関しては、鉱物という名の示す通り、上流すなわち鉱石の開発・生産が重要であり、その段階での供給集中の問題も課題となる。

 しかし、それ以上に世界の注目を集めているのが鉱石を精製・精錬する中流過程における高い集中の問題である。そして、特に様々な重要鉱物の精製・精錬段階において、高いシェアを有しているのが中国である。

カテゴリ: 環境・エネルギー
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
小山 堅(こやまけん) 日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員。早稲田大学大学院経済学修士修了後、1986年日本エネルギー経済研究所入所、英ダンディ大学にて博士号取得。研究分野は国際石油・エネルギー情勢の分析、アジア・太平洋地域のエネルギー市場・政策動向の分析、エネルギー安全保障問題。政府のエネルギー関連審議会委員などを歴任。2013年から東京大公共政策大学院客員教授。2017年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授。主な著書に『中東とISの地政学 イスラーム、アメリカ、ロシアから読む21世紀』(共著、朝日新聞出版)、『国際エネルギー情勢と日本』(共著、エネルギーフォーラム新書)など。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top