
ウクライナ第2の都市ハルキウは、今回のロシア・ウクライナ戦争で最も激しい攻撃にさらされてきた街の一つだろう。ロシア国境と市中心部とは三十余キロしか離れていないため、ロシア領内からはミサイルを使わないでも、砲弾やドローンによる大規模攻撃が可能である。また、ロシア語話者が多いことから、市民が占領に協力するだろうと、ロシア側は勝手に期待を抱いたかもしれない。
2022年2月24日、全面侵攻を始めたロシア軍は、ハルキウ市内に砲撃を加えるとともに、地上軍約2万人の態勢で街に迫った。彼らは、郊外での戦闘を経て27日には市街地に入ろうとしたが、ウクライナ軍が街道筋で激しく抵抗し、押し返した。翌28日、ロシア軍陸上部隊は郊外に撤退し、街は持ちこたえた。もしハルキウが陥落していたら、多くの犠牲者と莫大なインフラ被害はもとより、ウクライナ経済への影響も甚大だったに違いない。
筆者は侵攻の約2週間前にあたる2022年2月9日から12日にかけてハルキウに滞在し、ロシア国境地帯にも足を運んだ。その後、現地の情勢を気にかけてはいたものの、再訪する機会を失っていた。侵攻3周年を控えた2025年2月半ば、侵攻後として初めてハルキウを訪ね、知り合いと再会できたことで、少し義理を果たした気分である。
最近の地上戦は、焦点が東部ドネツク州での攻防に移り、やや膠着状態にあるハルキウ州からの情報は多くないだけに、現地の最近の姿を伝えられたらと考える。
板に覆われた街
ハルキウは、キーウから鉄路で5時間の距離である。昼前、電車がハルキウ駅に到着しようとした時に、空襲警報のサイレンが鳴り響いた。標的になるのを恐れてだろう、発令中は駅舎内に立ち入れないため、ホームから地下道を通って駅前広場に出た。
好天で青空が広がっているが、半端ない寒さである。気温は-10度ほどだろうが、体感温度だと-15度以下ではないか。キーウも寒いが、レベルが異なる。じっと立ってはいられない。
間もなく、ボリス・レディン(56)が私を車で迎えに来てくれた。3年ぶりの再会である。
ボリスの本職は電気関係の技師だが、仕事をしているようには見えず、ウクライナの民主化活動家として走り回っている。2014年の民主化運動「マイダン革命」ではハルキウでの運動の中心となった。3年前の訪問では、ウクライナ公共放送ハルキウ支局長のスラヴァ・マヴリチェヴ(37)から彼を紹介してもらい、ウクライナ・ロシア国境の村に一緒に行った。
彼の車に乗って街に出る。
ハルキウに関しては、街がどうなっているのか、なかなか想像できないでいた。例えばキーウだと、侵攻当初の2022年春から夏にかけてのころは多くの市民が避難して人影もまばらだったが、数カ月で徐々に人々が戻ってきて、市民生活も復活した。現在では、少なくともぱっと見だけだと、他の欧州の街の風景と大差ない。人々は普通に職場に出勤し、朝夕のラッシュ時には交通渋滞が起きる。仕事が終わるとカフェで談笑し、休日はショッピングを楽しむ。1日に1~2度ほどは空襲警報が出され、日によってはミサイルやドローンが飛来し、時には犠牲者も出るが、こうした状況へのある種の慣れが人々にはうかがえる。ハルキウはどうだろう。流れてくるニュースの映像は、被弾現場での救出作業など悲惨なものが多く、日常生活が戻ってきているとは想像しにくい。しかし、映像の背後で人々がどう暮らし、何を思っているかは、メディアを通じてだけだと見えてこない。キーウ市民のように、曲がりなりにも普通の暮らしを営んでいるのだろうか。日々恐れおののき、ミサイルやドローンの下で逃げ惑っているのか。
ボリスが運転する車で駅前を出ると、街路にはそれなりに車が走っている。路面電車もバスも普通に運行しているように見える。少し安心する。ただ、気がつくと歩行者は少ない。寒いせいもあるのだろうが、人の密度が希薄なように思える。しかも、街路の店舗の多くは閉まっている。
何より目立つのは、窓ガラスの大半が木質ボードや合板に置き換わっていることである。攻撃による振動や爆風で壊れたのだという。
「歴史的建造物もほとんど被害に遭いました。市議会も窓は全部板です」
ボリスが指さすその市議会ビルは、大通りに面して白く輝くひときわ優雅な建物である。木質ボード張りの窓が痛々しい。
「ただ、ボードだと迅速な対応ができますからね。壊されても修復は早いですよ。ジャーナリストからよく文句を言われるのです。『攻撃を受けたというから現場に急行したら、もう直されている。被害の写真が撮れないよ』なんて」
ボリスが笑いながら説明する。どこまでが冗談なのかわからない。

便器も割れた
やがて、街の中心「自由広場」に着く。ハルキウの象徴であり、約12ヘクタールの広さは世界有数の規模を誇る。

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