ロシア・ウクライナ戦争の重大局面「春季攻勢」、夏以降は「政治の季節」か

執筆者:名越健郎 2023年2月7日
エリア: ヨーロッパ
新年の演説を行うプーチン大統領は「戦って勝利する」と述べたが、具体的目標は示さなかった (C)AFP=時事
12月に次回大統領選の公示、9月に統一地方選を控えるプーチン大統領は、8月までに一定の戦果を誇示する必要がある。目下の焦点である「春季攻勢」は、南部を現状維持として、東部ドンバス地方の完全制圧を目指す公算が大きい。一方、米独の主力戦車やHIMARSを超えるミサイルシステムの導入でもウクライナが状況を打開できなかった場合、米国内の政治交渉論が力を持つ可能性がある。

 

 2月24日で満1年になるロシア軍のウクライナ侵攻は、双方に決め手がなく、長期化の様相を呈している。ロシア軍は春季攻勢に着手しつつあり、特に東部ドンバス地方の完全制圧を目指す構えのようだ。

 一方、ウクライナ側は、ドイツ製「レオパルト2」などの主力戦車が到着する4月以降、失地回復を狙った大規模な反攻作戦に出る模様だ。春から夏にかけての戦況が重大局面となる。

 来年3月17日に予定されるロシア大統領選も注目点で、秋以降のロシアは政治の季節に入る。夏までの展開が戦争の行方を左右しそうだ。

長期化はロシアに有利

 ウォロディミル・ゼレンスキー大統領とウラジーミル・プーチン大統領の新年ビデオ演説は、ゼレンスキー大統領が「今年の勝利」を訴えたのに対し、プーチン大統領は「長期戦」を示唆している印象を与えた。

 ゼレンスキー大統領は17分間の動画で、「私たちは戦うし、これからも戦い続ける。最も重要な『勝利』のために」と述べ、今年を「兵士が家族の元へ、捕虜が自宅へ、難民が自国へ、占領地がウクライナへ、生活が元の日常へと戻る『帰還の年』にする」よう訴えた。

 プーチン大統領は「軍人」をバックにした9分間の演説で、ウクライナ東・南部4州の併合を正当化し、「ただ前進し、家族や祖国のために戦って勝利する」と述べたが、今年の目標は示さなかった。

 米紙「ワシントン・ポスト」(1月8日)は、「ウクライナ側は今年の勝利を呼び掛け、ロシア側は長期戦への準備をさせている」と指摘。「ウクライナが大きな突破口を開けなければ、戦争がプーチンに有利な長期戦に持ち込まれる危険がある」とする米専門家の分析を伝えた。

   米国では、長期戦になれば、潜在力のあるロシアに有利に働くとの見方が強まっている。コンドリーザ・ライス元国務長官とロバート・ゲーツ元国防長官は「ワシントン・ポスト」(1月7日)に「時はウクライナに味方しない」と題する共同論文を発表。「ウクライナの対応は英雄的であり、軍もすばらしい活躍をしたが、経済は荒廃し、何百万もの国民が脱出し、インフラは破壊され、工業能力や多くの農地がロシアの支配下に置かれた。ウクライナ軍の大躍進と成功がない限り、軍事的膠着が続き、欧米の停戦圧力が高まる。ロシアは停戦が成立しても、いつでも侵略を再開できる」と警告した。

新型兵器供与で失地回復へ

 米独両国が1月25日、主力戦車をそれぞれウクライナに供与すると発表したのは、膠着状態に陥る前にウクライナ軍の攻勢を支援し、「大躍進」を可能にさせるためとみられる。ドイツは欧州諸国がドイツ製戦車「レオパルト2」をウクライナに供与することも認めた。

 ロイター通信(1月31日)によれば、米政府は射程150キロの地上発射精密誘導ロケット弾「GLSDB」を含め、総額20億ドル以上の追加支援を行う方針という。従来の射程80キロのロケット弾を発射してきた高機動ロケット砲システム「HIMARS(ハイマース)」から発射が可能で、これもウクライナ軍の攻勢に道を開くことになる。

 ちなみに、ハイマース及び現在使用されているロケット弾は世界最大の軍需企業ロッキード・マーチンが生産して戦果を挙げたが、より精度が高いGLSDBはボーイング社が製造しており、ボーイングが国防総省や議会国防族に売り込んで巻き返したとの情報がある。

 ウクライナ側が新型兵器を駆使し、春以降の大規模攻勢で失地をどこまで回復できるかが焦点だ。

ロシア大統領選は11人が出馬の意向

 長期戦を想定するプーチン政権にとっても、来年3月の大統領選に向けて国民に勝利を誇示する必要がある。

 ロシアの有力紙「コメルサント」(1月13日付)は、クレムリンがプーチン氏の5選に向けて大統領選の準備に着手したと報じた。次回大統領選は今年12月に公示され、2024年3月17日投開票の見通し。プーチン大統領は出馬の意向をまだ表明していないが、出馬しなければ戦争指導が困難になるだけに、出馬は既定路線だろう。

 政府系紙「イズベスチヤ」(1月23日)によれば、来年の大統領選に向けて、前回2018年大統領選に立候補して2位だった共産党の農園経営者、パベル・グルジーニン氏、同4位の女性改革派ジャーナリスト、クセニア・サプチャク氏、柔道家のドミトリー・ノソフ氏ら既に11人が出馬の意向を表明し、準備を進めているという。

 下院に議席を持つ5政党以外の候補の擁立は、推薦人集めなど困難を伴うが、候補者乱立はプーチン氏の求心力を弱める。ウクライナ戦争が争点に浮上しかねないだけに、政権にとって得策ではない。

 プーチン大統領は秋には与党・統一ロシアの候補として出馬宣言するとみられ、8月までに一定の戦果を誇示する必要がある。9月にはモスクワ市長選など統一地方選があり、秋以降のロシアは微妙な「政治の季節」に入る。

ゲラシモフ総司令官起用の意味

 プーチン政権が1月11日、ウクライナ侵攻を指揮するセルゲイ・スロビキン総司令官を事実上更迭し、後任に制服組トップのワレリー・ゲラシモフ参謀総長を任命したのは、春季攻勢を成功させるため、背水の陣を敷いた可能性がある。

 ウクライナ軍情報部によれば、プーチン大統領はその際、ゲラシモフ氏に対し、東部ドネツク州を3月までに完全制圧するよう命じたという。

 総司令官交代は、プーチン大統領が民間軍事会社ワグネルと正規軍の対立で、ワグネルを遠ざけ、軍を擁護したともとれる。ワグネルの創始者、エフゲニー・プリゴジン氏はSNSで参謀総長を口汚く罵るなど、軍との対立が先鋭化していた。

 クレムリンの内情に通じた謎のブロガー「SVR(対外情報庁)将軍」によれば、プーチン大統領はワグネルが前線で大量の犠牲者を出し、消滅しかねないこと、国防省内部にプリゴジン氏への反発が強いことを報告され、プリゴジン氏に近いスロビキン総司令官の更迭を決断した。大統領はその際、ゲラシモフ氏に「3カ月以内に期待に応えれば、侵攻当初の失敗は忘れる」と伝えたという。

 逆に言えば、「春季攻勢」に失敗すれば、参謀総長更迭の可能性もある。ロシア軍にすれば、主力戦車など新型兵器が届く前に叩きたいところだ。

ドンバス完全制圧が至上命題

 プーチン大統領は春季攻勢で、ドンバス地方の完全制圧を目指す一方で、南部のヘルソン、ザポリージャ両州は現状のままでいいと考えている形跡がある。ロシア軍は昨年11月、ヘルソン州の州都ヘルソンから退却。ザポリージャ州もドニプロ川南方を押さえ、州都を含む川の北部は制圧していない。

 大統領は昨年2月の侵攻後、「ドンバス地方の完全制圧」を何度も命じたが、南部2州の境界線には言及していない。ドミトリー・ペスコフ大統領報道官も昨年10月、ロシアが想定する「国境」について、東部2州は「州境だ」としながら、南部2州については、「地域住民と協議を続ける」と説明。政権にも定見がないことを示唆した。

 ロシアは昨年9月の住民投票で4州を一方的に併合し、憲法にロシア連邦領として書き込んだが、東部は「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」としながら、南部は「ヘルソン州」「ザポリージャ州」と規定し、差別化している。

 南部2州については、ドニプロ川を渡河して攻略するのは困難で、当面あきらめた可能性がある。

 ロシア軍は昨年末からベラルーシ領内に再集結して軍事演習を実施しており、首都キーウ攻略を目指すとの見方もあるが、ベラルーシ領にいた約2万の兵力の多くは既に東部に移り、5000人に削減したと報じられた。

 昨年2、3月のキーウ攻略作戦失敗の衝撃が大きく、再度首都攻略を目指すとは思えない。

 ただ、ウクライナ軍情報部によれば、1月末にロシア軍空挺部隊のミハイル・テプリンスキー司令官が解任されたのは、キーウ攻略作戦をめぐってゲラシモフ参謀総長と対立したためとされる。ゲラシモフ氏が首都キーウへの空挺部隊投入を指示したのに対し、司令官は「部下を無駄死にさせる」として反対したという。事実なら、キーウ攻略で軍内部に対立があり、春季攻勢の作戦計画は明らかでない。

米国内に政治交渉論

 プーチン大統領にとっては、来年3月の大統領選から逆算して一定の政治的成果を挙げる必要がある。その場合、「ドンバス地方完全制圧」を最優先し、南部は現状のまま防衛を固めて、停戦に持ち込みたい意向かもしれない。

 ワグネルが半年前からドンバス地方のバフムトやソレダルで大量の犠牲を出しながら攻撃を続けたのも、ドネツク州制圧の一環だろう。バフムトなどは戦略的要衝ではないものの、「ドンバス完全制圧」には攻略が不可欠になる。ロシア側はルハンシク州をほぼ制圧しているが、ドネツク州は6割程度にとどまる。現在は、ワグネルに代わってロシア軍空挺部隊がバフムトに投入された模様で、今後、ドネツク州の攻防が激化しそうだ。

 これに対し、ウクライナ側はクリミア半島を含む失地回復を掲げており、ウクライナがこれで停戦交渉に応じることはあり得ない。

 しかし、外交筋によれば、プーチン大統領はこの春に中国の習近平国家主席の訪露を要請しており、中国に仲介を依頼する可能性もある。ただし、対米戦略を最優先する中国がロシアの側に立って調停に奔走することは考えられない。

 一方、国防総省に近い米シンクタンク、ランド研究所は1月末、「戦争長期化の回避を」と題する報告書を発表し、「領土の奪還はウクライナにとって重要だが、米国にとっては最重要の要素ではない」「ロシアとの戦争や核使用を阻止し、長期戦を回避することが最優先だ」と指摘。「米国が領土の線引きを調整する能力は限られているが、ウクライナの方針に一定の影響を与えることは可能だ」と指摘した。

 マーク・ミリー米統合参謀本部議長も昨年11月、「ウクライナ軍が軍事力でロシア軍を国外に物理的に駆逐することは極めて困難であり、近いうちに達成される可能性は低い」とし、「政治的にロシア軍を撤退させる方法もある」と政治交渉に言及していた。

 ウクライナ軍の春・夏攻勢が成果を挙げられない場合、政治交渉の可能性が浮上するかもしれない。

カテゴリ: 軍事・防衛 政治
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 拓殖大学海外事情研究所客員教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所客員教授。国際教養大学特任教授、拓殖大学特任教授を経て、2024年から現職。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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