多くの人が不意を突かれ、仰天したのは間違いない。欧州議会選の投開票が進み、フランス国内で野党の右翼「国民連合」が躍進を見せた6月9日、大統領エマニュエル・マクロンが突如表明した解散総選挙である。大統領と国民議会(下院)の任期が同じ5年のフランスで、大統領任期中の解散が想定外だったからだけではない1。国民連合が上り調子である一方、大統領与党「ルネサンス」がじり貧状態の時だっただけに、自らの首を絞める行為とみなされたのである。新聞の1面には「衝撃」(『フィガロ』紙)、「解散という地震」(『ラクロワ』紙)、「愚かな賭け」(『ユマニテ』紙)といった見出しが躍った。
いい意味でも悪い意味でも、マクロンが「あえてリスクを取る男」であるのは間違いない。そもそも、一度も選挙に出たことのない立場で2017年に大統領を目指したこと自体が、大いなる冒険だった。就任後は、米大統領ドナルド・トランプを対話に引き込もうと尽力したり(結果は失敗)、ロシア軍のウクライナ侵攻でロシア大統領ウラジーミル・プーチンとの交渉を試みたり(こちらも頓挫)、非難を覚悟の上であえて踏み込む姿勢を何度も見せた。ただ、いくら何でも今回は無謀すぎるというのが、内外の受け止めだった。
もっとも、マクロンは欧州議会選での敗北で頭に血が上ったわけでも、自らの支持率の低下に自暴自棄になったわけでもない。彼は間違いなく、彼なりに綿密に計算を重ね、それなりの勝算を持って解散に臨んだ。もちろん、その思惑通りに物事が進むかどうかは、また別問題である。
解散総選挙を策略した「四銃士」
今回のフランス総選挙は第1回投票が6月30日、決選投票が7月7日だが、その間の7月4日には英国で総選挙がある。この英国総選挙も、解散に踏み切った首相リシ・スナクの判断が「無謀」と受け止められた。与党保守党が支持率20%余と低迷しているのに対し、野党労働党の支持率は40%半ばを推移し、その差が倍以上に開いて勝ち目が薄かったからである。
もっとも、スナクとマクロンには大いなる違いがある。欧州連合(EU)離脱実現を掲げたボリス・ジョンソン政権下の2019年選挙で大勝して圧倒的過半数を議会で維持する英保守党に対し、中道のルネサンスなどでつくる与党連合は2022年の大統領再選直後の総選挙で勝利を収めきれず、過半数を50議席前後割り込んで少数与党の立場を余儀なくされていた。すなわち、スナクに比べ、マクロンには失うものが少なかったといえる。
マクロンはすでにこの2年間、少数与党での国会運営を強いられ、出す法案が次々と押し返される状態となっていた。当初計画していた改革は一向に進まず、マクロンやその周辺ではいらだちが募っていた。このまま何もしないと、2027年の次期大統領選までレームダック状態となって先細るだけだろう。さらに、今回の欧州議会選で伸張した国民連合は今後、野党として好き勝手な政権批判を繰り返してマクロン政権を追い詰め、その勢いで3年後の大統領選になだれ込みかねない。「ならばこの際リスクを取るべきだ」と考えてもおかしくない。
実際、彼が解散総選挙に打って出るのでは、との噂は、以前からベテラン政治家らの間で流れていたという。5月には外相ステファン・セジュルネが解散の可能性を公言したこともあった。
解散を決めたのがマクロン自身であるのは間違いない。彼はいつも、自ら1人で決断するといわれる。ただ、その決断を支える道筋は、10人に満たない取り巻きグループが整えた。『ルモンド』などによると、以下の4人が中心となり、計画を綿密に練った。
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