フランス総選挙中間報告(上) マクロン「解散」の勝算と「四銃士」の策謀

執筆者:国末憲人 2024年6月25日
エリア: ヨーロッパ
良くも悪くも「あえてリスクを取る男」なのは間違いない[テレビ演説で国民議会の解散と総選挙実施を発表するマクロン大統領=2024年6月9日、フランス・パリ](C)AFP=時事
マクロンにとっての欧州議会選挙は2027年次期大統領選に向かう「中間選挙」の性格もあった。その敗北で総選挙カードを切るのは確かに “危険な賭け”なのだが、国会運営に苦しみ続けた過去2年の延長線上にレームダック化しか見えなかったのも事実だろう。マクロンとその側近は欧州議会選の何カ月か前から解散の可能性を探っていたとも伝えられる。そして、勢力を拡大しても政界では孤立が続く右翼・国民連合(RN)の現状と、左翼と距離を置く穏健左派の伸長を視野に入れ、再び中道の糾合を狙ったことはあながち無謀とも言い切れない。

 多くの人が不意を突かれ、仰天したのは間違いない。欧州議会選の投開票が進み、フランス国内で野党の右翼「国民連合」が躍進を見せた6月9日、大統領エマニュエル・マクロンが突如表明した解散総選挙である。大統領と国民議会(下院)の任期が同じ5年のフランスで、大統領任期中の解散が想定外だったからだけではない1。国民連合が上り調子である一方、大統領与党「ルネサンス」がじり貧状態の時だっただけに、自らの首を絞める行為とみなされたのである。新聞の1面には「衝撃」(『フィガロ』紙)、「解散という地震」(『ラクロワ』紙)、「愚かな賭け」(『ユマニテ』紙)といった見出しが躍った。

 いい意味でも悪い意味でも、マクロンが「あえてリスクを取る男」であるのは間違いない。そもそも、一度も選挙に出たことのない立場で2017年に大統領を目指したこと自体が、大いなる冒険だった。就任後は、米大統領ドナルド・トランプを対話に引き込もうと尽力したり(結果は失敗)、ロシア軍のウクライナ侵攻でロシア大統領ウラジーミル・プーチンとの交渉を試みたり(こちらも頓挫)、非難を覚悟の上であえて踏み込む姿勢を何度も見せた。ただ、いくら何でも今回は無謀すぎるというのが、内外の受け止めだった。

 もっとも、マクロンは欧州議会選での敗北で頭に血が上ったわけでも、自らの支持率の低下に自暴自棄になったわけでもない。彼は間違いなく、彼なりに綿密に計算を重ね、それなりの勝算を持って解散に臨んだ。もちろん、その思惑通りに物事が進むかどうかは、また別問題である。

解散総選挙を策略した「四銃士」

 今回のフランス総選挙は第1回投票が6月30日、決選投票が7月7日だが、その間の7月4日には英国で総選挙がある。この英国総選挙も、解散に踏み切った首相リシ・スナクの判断が「無謀」と受け止められた。与党保守党が支持率20%余と低迷しているのに対し、野党労働党の支持率は40%半ばを推移し、その差が倍以上に開いて勝ち目が薄かったからである。

 もっとも、スナクとマクロンには大いなる違いがある。欧州連合(EU)離脱実現を掲げたボリス・ジョンソン政権下の2019年選挙で大勝して圧倒的過半数を議会で維持する英保守党に対し、中道のルネサンスなどでつくる与党連合は2022年の大統領再選直後の総選挙で勝利を収めきれず、過半数を50議席前後割り込んで少数与党の立場を余儀なくされていた。すなわち、スナクに比べ、マクロンには失うものが少なかったといえる。

 マクロンはすでにこの2年間、少数与党での国会運営を強いられ、出す法案が次々と押し返される状態となっていた。当初計画していた改革は一向に進まず、マクロンやその周辺ではいらだちが募っていた。このまま何もしないと、2027年の次期大統領選までレームダック状態となって先細るだけだろう。さらに、今回の欧州議会選で伸張した国民連合は今後、野党として好き勝手な政権批判を繰り返してマクロン政権を追い詰め、その勢いで3年後の大統領選になだれ込みかねない。「ならばこの際リスクを取るべきだ」と考えてもおかしくない。

 実際、彼が解散総選挙に打って出るのでは、との噂は、以前からベテラン政治家らの間で流れていたという。5月には外相ステファン・セジュルネが解散の可能性を公言したこともあった。

 解散を決めたのがマクロン自身であるのは間違いない。彼はいつも、自ら1人で決断するといわれる。ただ、その決断を支える道筋は、10人に満たない取り巻きグループが整えた。『ルモンド』などによると、以下の4人が中心となり、計画を綿密に練った。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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