世界の長期エネルギー見通しの利点と副作用――2050年GHG排出ゼロは「予測」ではなく「目標」

執筆者:小山堅 2024年11月14日
タグ: 脱炭素
(C)SuPatMaN/shutterstock
国際エネルギー機関(IEA)の長期エネルギー見通し「World Energy Outlook」には3つのシナリオがあるが、中でも注目を集めてきたのが、2050年に世界全体で温室効果ガス(GHG)排出が実質ゼロになるとした「NZEシナリオ」である。これは本来、理想として将来の着地点を先に定め、そこにどう到達するかを示すバックキャスト分析である。だが、それが正確な将来予測であるかのようにミスリードされると、化石燃料への新規投資は不要との誤解を生み、需給の逼迫という副作用も生んでしまう。

 コロナ禍によるエネルギー需要の世界的な劇的減少、カーボンニュートラルの潮流の急速な加速、ロシアによるウクライナ侵攻とエネルギー危機の発生、ガザ危機やイラン・イスラエルの対立深刻化に象徴される中東情勢の激動など、2020年からこの方を振り返るだけで、国際エネルギー情勢は激震に晒され続けている。考えてみると、国際エネルギー市場では、過去も現在も、様々な予想外の撹乱要因や政策変更、技術進歩などによる大きな変化が次々に発生し、世界を変化させてきた。おそらく、今後もこうした想定外の激変は続くであろう。エネルギーの世界の未来は不確実性に満ちている、と言ってよい。

 にもかかわらず、エネルギー政策の立案や実行に関わる政策決定者や、企業としてのエネルギー選択や投資・調達の決定に携わる経営トップ・マネジメント層は、エネルギーの将来を予想しようと考え、長期の「見通し」を自ら持ちたいと考えている。未来の問題に備え、ありうる問題を克服し、さらなる発展や成長を望むからである。

 こうした時、政策・意思決定者にとって、重要な参考情報を提供することになるのが、世界的に知られ、一定の権威を持つと考えられる専門的な機関が発表する長期エネルギー見通しである。そうした機関には、様々なものがあるが、類型的に見ると、国際エネルギー機関(IEA)や石油輸出国機構(OPEC)などの国際機関、米国エネルギー情報局などの政府機関、BP・シェル・エクソンモービルなどの国際石油メジャー、弊所も含むシンクタンクなどに分類することができる。それぞれの機関・組織毎にその特徴や強みを活かした多様な見通しが発表されている。

IEAによるバックキャスト分析の特徴と課題

 さて、そうした中、10月16日にIEAの代表的な長期エネルギー見通し「World Energy Outlook(WEO)2024」が発表され、2日後の18日に弊所の「IEEJアウトルック2025(以下、アウトルックと略)」が発表された。ごく最近発表されたばかりの、この2つの長期エネルギー見通しを参考にして、以下では世界のエネルギーの未来・将来を読み解く際のポイントや注意点を考察する。

カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
小山堅(こやまけん) 日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員。早稲田大学大学院経済学修士修了後、1986年日本エネルギー経済研究所入所、英ダンディ大学にて博士号取得。研究分野は国際石油・エネルギー情勢の分析、アジア・太平洋地域のエネルギー市場・政策動向の分析、エネルギー安全保障問題。政府のエネルギー関連審議会委員などを歴任。2013年から東京大公共政策大学院客員教授。2017年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授。主な著書に『中東とISの地政学 イスラーム、アメリカ、ロシアから読む21世紀』(共著、朝日新聞出版)、『国際エネルギー情勢と日本』(共著、エネルギーフォーラム新書)など。
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