第2部 チェルノブイリの捕虜たち(2) 連日の暴行

執筆者:国末憲人 2024年11月30日
エリア: ヨーロッパ
ノヴォジブコフ第2拘置所で、捕虜らは後ろ手に縛られ、体を丸める姿勢を取らされた。その様子を再現するアンドリー・グリシェンコ(以下、特記のないものはすべて筆者撮影)
捕虜たちはまずベラルーシ領内に運ばれ、次にロシア国内に移送された。電撃侵攻に頓挫したロシア軍兵士の態度は一変、激しい暴行が始まった。殴打やスタンガンによる電気ショックなどのみならず、男性兵士による男性へのレイプも繰り返された。原発の運用に精通するオレクシー・ルトチェンコに尋問したFSBらしき人物は、ロシア市民になれと勧め、「ウクライナはもう存在しないよ」と言った。【現地レポート】

 2022年3月31日、ロシア軍がキーウ周辺から引き揚げるのに伴い、チェルノブイリ原発で拘束されていたオレクシー・ルトチェンコ(47)やアンドリー・グリシェンコ(28)らウクライナ人警備隊員169人は、バスでベラルーシ領内に連れ去られた。原発を占領している際に比較的穏やかだったロシア兵らは豹変した。アンドリーはバスに乗った途端、いきなり殴られた。敗走する軍だけに、気が立っていたのだろう。ただ、その後の残酷さに比べると、まだ序の口に過ぎなかった。

 数時間後、バスはベラルーシ南部の町ナロウリャに到着した。警備隊員らは、息もできないほどの密度で地下の会議室に詰め込まれた。トイレもなく、バケツで用を足すよう命じられた。1人ずつ呼ばれて尋問を受けた。ロシアの「特別軍事作戦」を妨害したのが拘束の理由だと説明された。

 本格的な暴行が始まったのも、その地だった。大勢の中から、理由もなく2人が選ばれた。その1人がアンドリーだった。床に倒され、ロシア兵5人に蹴られた。

「私が目をつけられたのは、タトゥーを入れて目立っていたからです。『タトゥーをしているなら、お前はナチスだろう』と言われましたから」

 アンドリーは、鬼や般若のタトゥーを両腕にびっしり入れている。ロシア人はそれを、何かの組織に入っていると見なしがちなのだという。

 ナロウリャに3日間とどまった警備隊員らは、次にロシア国内に移送された。

警備隊員らを移送するため、チェルノブイリ原発に着いたトラック(スラヴチチ地域史・チェルノブイリ原発博物館提供、SSE Chornobyl NPP撮影)

拘置所での「レイプ」

 行き先は、ロシア西部ブリャンスク州ノヴォジブコフの第2拘置所である。ベラルーシやウクライナとの国境に近い町だった。

 そこに向かうバスの車内でも、アンドリーは殴られた。到着し、全員車外に出されると、地面にしゃがむよう命じられた。後ろ手に縛られ、身動きもままならない。

「名前を呼ばれたら顔を上げろ」

 ロシア人がそう指示した。名前を呼ばれたアンドリーは顔を上げた。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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