ジェフ・ベゾスは言う、「10年経っても変わらないものこそが重要だ」:「新しい資本主義」を疑え(後編)

執筆者:辻野晃一郎 2022年3月1日
エリア: その他

 

宇宙旅行を成功させたジェフ・ベゾス[中央左]は、「不易流行」にも通じる思想を持ち合わせている   (C)AFP=時事/BLUE ORIGIN
「新しい」というキャッチフレーズに飛びついて、試行錯誤を御破算にしては意味がない。新自由主義を筆頭に、これまで導入してきた欧米流の検証がまず必要だ。その上で考えるべきは、貨幣を中心にした現在の「マネタリー経済」に代わる新たな経済の姿だろう。前編では日本を代表する三人の経営者に焦点を当てたが、後編では「新しい資本主義」とは何かということについて考えてみる。

*『世界を本当に変えた日本人経営者を挙げるなら:「新しい資本主義」を疑え(前編)』は、こちらのリンク先からお読みいただけます。

経営者として如何なる世界観を持っているか

   経営リーダーには、時代認識に基づいた独自の世界観と、それに沿ったビジョンや経営哲学が求められる。世界観の構築には、生きた時代の影響が大きい。前編で取り上げた三人の日本人経営者、井深大、盛田昭夫、出光佐三は、祖国が太平洋戦争に負けて敗戦国になるという強烈な体験を味わった。焦土と化した国土を目の前にして、「国を復興させる」ということに対する思いには並々ならぬものがあっただろう。

   ソニーは1962年、ニューヨークの5番街にショールームをオープンした時、店頭に星条旗と共に日章旗を掲げた。その日章旗を実際に見上げたり報道を見たりした日本人の多くが戦後からの脱却を実感した。また、出光の日章丸が川崎港に凱旋した時には、多くの一般市民が出向いてその無事な帰還を祝うと共に大国に立ち向かった勇姿を讃えた。

   我々は、彼らのような日本人経営者の活躍を決して昔話として片付けたり忘れ去ったりしてはならないと思う。彼らの世界観は、この連載で何度も取り上げて来た米国のディスラプターズに決して劣るものではないし、大きな力にひるむことなく対峙する姿勢は、グローバル時代を生きる現代の日本人経営者たちにとっても大いに励みになるものだ。

   ソニーの井深や盛田は、最新鋭の電気製品を世界の誰よりも先んじて作り、絶えずイノベーションのイニシアティブをとり続けることこそが日本を復活させると信じた。また、後にハリウッドの映画会社を買収したときには、「ハードとソフトは車の両輪」と言い続けていたが、まさに今の動画配信全盛の時代を予見していたかのようだ。これらは井深や盛田の世界観を示すものだろう。

   また、出光には、日本の国と国民は、たとえ戦争に負けても、決して欧米に劣るわけではなく、その独自の精神性をいかんなく発揮することこそが日本を復興させ世界に貢献する道だ、という信念があり、それが出光の世界観を構成する原点だった。

「新しい資本主義」は新しくない。しかし――

   先日GAFAについてインタビューを受ける機会があり、あらためて日本企業が参考にできる彼らの流儀についていろいろ話をしたのだが、記事化されてネットに流れたそのインタビュー内容を見て短絡的に反応した人から「ちょっと待ってください。アメリカ的経済の成功が本当に正しいのですか?」とSNSを通じた突っ込みが入った。

   前編の冒頭でも述べた通り、こちらの連載でもGAFAやマイクロソフト、テスラ、ネットフリックスなど、デジタル時代を先導する米国勢の話題が多いので、私があたかも米国流やグーグル流を手放しで絶賛しているかのように誤解されてしまうことがあるのかもしれない。しかし、もちろんそんなことはない。

   今の日本社会や日本企業が彼等から学ばねばならないことが多々あるのは事実だが、一方で、「日本流」の中にはそれこそニューノーマルの時代にグローバルスタンダードに昇華させた方が良いような、欧米流とは異なる思想や流儀がたくさんあるのも事実だ。今回、あらためて三人の日本人経営者の話を取り上げたのも、常日頃からそのような思いを強く持つからに他ならない。

   岸田文雄首相が「新しい資本主義」というスローガンを打ち出しているが、先日、「株主資本主義からの転換は重要な考え方の一つだ。政府の立場からさまざまな環境整備をしなければいけないという問題意識を持っている」と述べたそうだ(時事通信)。また、その時の「株主還元という形で成長の果実等流出」という発言(Bloomberg)も、さまざま物議を醸している。

   失礼ながら、「新しい資本主義」は何が新しいのかさっぱり見えてこないし、株主資本主義の是正などという問題提起も何を今さらという類のもので少しも新しくない。しかし、首相が現在の資本主義のあり方に違和感を覚え、「新自由主義からの脱却」や「人的資本への投資強化」などを打ち出していることに意味がないわけではない。

   株主資本主義に代わるものとして、顧客や従業員、地域社会など企業のあらゆる関係先の利益に配慮すべきとする「ステークホルダー資本主義」という言葉が使われるが、日本はもともと近江商人の商売哲学とされる「「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の「三方良し」というまさにステークホルダー資本主義を尊重してきた国だ。それが1990年代後半、日本で株主資本主義が持て囃されたのは、地合いとしてあまりにも株主軽視の経営が行われていたからだろう。そもそも「株主良し」の経営をしなければ株式会社は成り立たない。

   株主軽視の反省から、やみくもに欧米型の流儀を導入、定着させようとしてきたのがこれまでの政府や日本経済界のスタンスだった。その結果、行き過ぎた株主偏重や所得格差を招いたのだとするなら、新自由主義、コーポレートガバナンスコード、社外取締役制度など次々と欧米流のスタイルを日本社会や日本企業に強いてきたことの検証が、まずは先にあるべきだろう。何が良くて何が良くなかったのか。うわべや形だけのものになってはいなかったのか。諸々の検証もなしに「新しい資本主義」などという新奇のラベリングをすることは、さまざまな試行錯誤の積み重ねをいきなり放棄してしまうようでもあり危険だ。

新しく考えるべきは「目に見えない資本」の創出策

   その上で、「新しい資本主義」を掲げるのであれば、資本主義を支える経済原理がどう変化するのか、すなわち現在の貨幣を中心にした「マネタリー経済」がどう変わるのか、また、貨幣に変わって何が新しい資本となるのか、について政府の考えを具体的に示して欲しい。

   端的にいえば、デジタルやインターネット、SNSの普及は、共助の経済ともいえるいわゆる「ボランタリー経済」との親和性が高い。ボランタリー経済とは、人々の善意や好意に基づいて行われる経済活動のことで、事例としてはNPO(非営利組織)や社会起業家の活動などだ。この連載でもアフガンに半生をささげた中村哲氏について、かつて触れたことがある。さらに身近な事例としては、主婦の労働や育児、老人介護なども含まれる。

   これからの経済原理は、マネタリー経済にこのボランタリー経済がデジタルの力によって定量化されて影響力を増し、融合していくというのが、一つの方向性になるだろう。そして、ボランタリー経済においては、人々の知識、暗黙知、信用、評判、関係といった「目に見えない資本」がその役割を増していくことになるのではないか。

   岸田首相は、令和版「所得倍増」「成長と分配」「富の再分配」などと簡単に言うが、第4次産業革命ともいわれる大変革がもたらすニューノーマルの時代はAI失業時代でもある。そのような時代に人々の所得を増やし適正な分配を行うのは並大抵ではない。まずは人材そのものの価値を高めていくしかなく、教育改革やリカレント教育の環境作りなどを含め、目に見えない資本としての豊かな「高度知識資本」の創出や蓄積を促進する取り組みが重要だろう。

「日本型資本主義」についても再評価、自由な思考を巡らせる

   ステークホルダー資本主義は決して新しいものではなく、従来日本で尊重されてきたスタイルであることを上述したが、「サステナブル」ということについても同様だ。日本には社歴200年以上の企業が1300社以上で世界全体の65%、社歴100年以上の企業は3万3000社を超え世界全体の41%を占めるという。もともと持続可能性に優れた企業を多く生み出してきたわけだ。そこには暗黙知や信用など日本流の「見えない資本」が大きな役割を果たしてきた。

   今回前編で取り上げた井深大の壮大な世界観や深い暗黙知、盛田昭夫の逃げない姿勢、出光佐三の日本人としての誇りや「大家族主義」「人間尊重」「黄金の奴隷になるな」などの思想、そして彼らが築いたソニーや出光興産の経営スタイルは、近江商人の時代から継承されてきた「日本型資本主義」を反映したものだ。

   2030年の経営者たちにとって重要なことは、まずは大きな変化が続く世界を俯瞰し、その中での日本の立ち位置をしっかり確認することだ。この連載でもさまざま取り上げてきたが、デジタル後進国といわれ産業競争力が低下した理由についても自分なりに分析することを勧める。「Information Technology and the Good Life」という論文で初めてDXという言葉を使ったとされる現米インディアナ大学教授エリック・ストルターマンが唱える「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という、DXの包括的で底抜けに明るいコンセプトについては邪念なく素直に受け止めたい。

   欧米や中国から学ぶべきことは何か、同時に日本固有のやり方の中で忘れていたことや再評価すべきことは何か、さらに、これからの世界における日本の役割、自社や自分たちの役割とは何か、自由に思考を巡らせてみるといい。「和魂洋才」「温故知新」「不易流行」などの言葉もあらためてじっくり噛みしめてみよう。スティーブ・ジョブズは日本の「禅」に魅了されていたし、ジェフ・ベゾスの「10年経っても変わらないものこそが重要だ」という言葉は不易流行にも通じる。

「新しい資本主義」は政府が作るものではない。政府はその道筋を示すのがせいぜいで実体は経営者たちが企業改革を行う試行錯誤の中から生み出していくものだ。経営者たちのパフォーマンスや言い訳抜きの本気度が試されているのではないだろうか。 (本稿了)

 

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カテゴリ: 経済・ビジネス
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執筆者プロフィール
辻野晃一郎(つじのこういちろう) 福岡県生まれ。アレックス株式会社代表/グーグル日本法人元代表。1984年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了し、ソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社し、アレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長兼CEOを務める。2012年4月~2017年3月早稲田大学商学学術院客員教授、2013年10月~2016年8月 内閣府高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)規制制度改革分科会メンバー、2016年6月~2018年9月 神奈川県ME-BYOサミット神奈川実行委員会アドバイザリーメンバー。2017年8月より株式会社ウェザーニューズ社外取締役。著書に、『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』(2010年 新潮社、2013年 新潮文庫)、『成功体験はいらない』(2014年 PHP ビジネス新書)、『リーダーになる勇気』(2016年 日本実業出版社)、『「出る杭」は伸ばせ!なぜ日本からグーグルは生まれないのか?』(2016年 文藝春秋社)、『日本再興のカギを握る「ソニーのDNA」』(2018年 講談社)。
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