【ダニエル・ヤーギン氏インタビュー】「シェール…」の一言に激昂したプーチン:多様化こそが必要な「新しいエネルギー安全保障」

ロシアはドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルドストリーム1」の輸送量を大幅に削減した。ポーランドとブルガリア向けのガス供給も止まっている。「エネルギーの武器化」に対して市場からロシアを締め出したい米国だが、西側諸国はロシアを抜きにしたエネルギー確保は可能なのか。中ロの結びつきはどこまで強まって行くのだろうか。S&Pグローバル副会長のダニエル・ヤーギン氏に話を聞いた。(聞き手:長野 光 シード・プランニング主任研究員)

*ヤーギン氏の談話をもとに編集・再構成を加えてあります。

ヤーギン氏の質問に激怒したプーチン大統領

――近著『新しい世界の資源地図−エネルギー・気候変動・国家の衝突』の中で、シェール革命がいかに米国のエネルギー戦略を変え、地政学的に大きなインパクトとなったかについて詳細な論考を行っていらっしゃいます。再生可能エネルギーがシェアを拡大する中、シェールガスは今後も米国のエネルギー政策において、大きな存在となり続けますか?

「シェール革命は巨大なインパクトでした。今では米国の石油のおよそ60%は自国産で、米国を世界最大の石油と天然ガスの生産国にしました。各国との外交関係には余裕が生まれ、雇用や所得など、米国の経済にも大きく影響しました。さまざまな国へのエネルギー資源の輸出を生み出し、日本のエネルギーの輸入の選択肢も増やしました」

「環境負荷が話題になった時期もありましたが、十分な規制の中で掘削は管理されており、問題は発生していません。たしかに太陽光や風力発電のこの10年の成長にはめざましいものがあります」

「しかし、シェールも伸び続けている。米国は今年、1日あたりの石油の生産量を数百万バレル増やしました。これは米国以外の世界中の新たな生産量の合計を超える水準です」

――2013年のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムで、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が東欧のシェールガス開発に対する不満を語ったとも記されていますね。ロシアにとって、米国から始まったシェール革命はどれほどの脅威だったのでしょうか?

「シェールガスについて質問されたプーチンは激怒しました。本には書きませんでしたが、実はあの時、プーチンに怒鳴られたのはこの私です。私は多くの人が疑問に思っていたことについて率直に質問したのです。エネルギー資源が多様になり、従来の石油や天然ガスだけで稼げる時代ではなくなってきた。そこで私が『シェール…』と口にしたら彼は怒鳴った。『シェールなどとんでもない最悪のもので、環境災害の要因だ』とまくし立てました」

「彼は特に東欧でシェールが掘られることを嫌がりました。ロシアのビジネスとぶつかるのです。米国とシェアを奪い合う状況も怖い。しかし、それこそが今まさに現実になっている」

――そのような感情的な反応を予想していましたか?

「まったく予想していませんでした。衝撃を受けました。会場には3000人ほどの聴衆がいて、私の席はロシア政府の幹部に囲まれていました。かなり緊張する状況です。戦慄しました」

「エネルギー武器化」の先に「ポピュリストの勢力拡大」というシナリオ

――ロシアがノルドストリーム1の輸送量削減に踏み切るなど、従来から懸念されてきた「エネルギーの武器化」が現実化する様相を見せています。ロシア・ウクライナ戦争の行方、あるいは戦後の国際社会にどのような影響を及ぼすでしょうか?

「ロシアはソ連時代も含む50年にわたり、輸出先の国々に対して政治の影響がビジネスに出ることはないと語ってきましたが、それも2月24日のウクライナ侵攻で終わりました。プーチンは今やエネルギー資源を武器にしている」

「天然ガスで仕掛けていますが、資源を出し惜しみして、欧州経済に困難な状況を生み出そうとしている。相手の国に軋轢を生じさせ、ポピュリスト政党を勢いづかせて欧州のエリート層を取り替えたい。そしてウクライナとの連携を掻き乱したいのです」

「プーチンは日本も脅迫していますね。LNG(液化天然ガス)の輸入を妨げようとしている。こうした戦略は短期的には成果を上げるかもしれませんが、長期的にはサプライヤーとしてのロシアの信頼を失墜させる。欧州はロシアへの依存を減らし、ロシアのエネルギー供給国としての存在は縮小し、売り先は中国になっていくでしょう。失った信頼を取り戻すのは容易ではありません」

「興味深いことに、ロシアの主要な売り先の1つがインドになりました。ロシアとインドの結びつきは古く、インドはロシアからたくさん武器を買ってきました。石油需要の85%を輸入に頼るインド経済は、石油価格に大きく左右されます。ですからロシアの30%ディスカウントになった石油に魅了されているのです。中東はインドのシェアを落としており、顧客を再構築する必要に迫られています」

ダニエル・ヤーギン著/黒輪篤嗣訳/東洋経済新報社刊

――石油と天然ガスの巨大な需要を当てにしたロシアが中国に接近しようと努力する経緯は、『新しい世界の資源地図』にも記されています。ロシア・ウクライナ戦争でロシアへの批判が高まる中、習近平国家主席はロシアと今後どう付き合っていくと考えますか?

「中国は思惑が交錯していると思います。中国企業は制裁の対象になりたくない。しかし、ロシアからの輸入は増えている。コロナ禍のロックダウンで中国の石油需要は縮小しましたが、ディスカウント価格はやはり魅力なのです」

「もともと中国にはロシアと戦略的なパートナーシップを強めたいという気持ちがあります。プーチンと習近平がタジキスタンの首都ドゥシャンベで会談したときに、プーチンはロシアで人気のアイスクリームを持参して習近平をもてなしました。両者は何十回も会って関係を深め、幾度も互いを“ベストフレンド”と呼び合ってきました。しかし、今の情況では両国の接近によって、中国の方が失うものが大きい」

「そして、中国はロシアのウクライナ侵攻を眺めながら、台湾の攻略にダブらせている。中国は今回の対ロシア制裁を、自分たちの番が来たきた時のレッスンとして緻密に分析しているでしょう」

日本の戦略は正しかった

――日本のエネルギー供給は海外に大きく依存しています。しかし、サハリン2がプーチン大統領によって接収されかかっているように、エネルギー安全保障上のリスクは日本の宿痾とさえ言えます。日本は今後どのようなエネルギー戦略を取るべきでしょうか?

「我々はエネルギーの安全保障を、これまで忘れてきたのです。米国や欧州は改めて考える必要がある。しかし、日本は1970年代からずっとエネルギーの安全保障を忘れたことがありませんでした。日本の考えは、エネルギー資源の調達方法を分散させることでした。これは戦略的であり、その知恵が正しかったことが証明され始めています」

「日本はLNGの発展にも協力的です。いろんなところから調達できるのは都合がいいからです」

「しかし、日本では原子力の稼働が問題になっている。人々は改めてその問題と向き合っています。福島の悲劇を見た後、ドイツも原子力を止めました。しかし、結果としてロシアの天然ガスへの依存を強めてしまった。誤った判断だったと思います」

――脱ロシア産エネルギーが西側社会の大きな課題になった今、一時は退潮に向かうかに見えた米国の中東関与は、再び強まっていくのでしょうか?

「バイデン米大統領がサウジアラビアを訪れ、湾岸協力会議に参加した背景には、ある問題意識がありました。米国とこの地域との関係が薄れ、ロシアや中国が核の問題で活発になっている。バイデンは国内で多くの批判を受けました。そこでサウジアラビアで現地との関係を確認し、改めて関与するというステートメントを作成しました。とても重要視している、という表明です」

「ロシアはウクライナ侵攻前と同じ状況にはなく、中東地域の存在は安全保障上より大きなものになっています。12月以降は欧州はロシアの原油の調達を止める構えです。来年の始めにはロシア製品は受けつけない。では、その代わりにどこからエネルギーを得るのか。バイデンの訪問が意味するのは中東の資源の重要性です。しかし、米国に供給するためではなく、グローバル市場のために確保することが重要なのです」

EVには2.5倍の銅が必要、“多様化”こそが安全保障に

――電気自動車(EV)、自動運転車、ライドヘイリング(乗客が車両を呼び寄せるサービス)など新たなモビリティの影響をどうお考えでしょうか。EVの拡大で石油から電気へ大きくエネルギーの需要がシフトしていくことが想像できますが、ご著書でも触れられているように、ファティ・ビロル国際エネルギー機関(IEA)事務局長は「EVは石油時代の終わりを意味しない」と述べています。

「電気自動車の普及ペースが速い1つの理由は、政府がインセンティブを出すからです。ガソリン価格の高騰に対する反応もある。世界中の多くの自動車メーカーは、100%か、あるいはかなりの割合を将来的に電気自動車に変えたいと考えている。これはすごいことです」

「イーロン・マスクがテスラを立ち上げてから約20年経った今、電気自動車に懐疑的だった自動車メーカーの多くがこの分野に注力しています。しかし、生産するための材料はどうでしょうか」

「自動車の電化には素材として銅が必要です。我々は最近、銅に関する大規模な調査を行いました。2050年のネット・ゼロエミッションの目標を考えると、それまでにどれだけの銅が必要になるか。EVは従来の自動車の2.5倍の銅が必要なのです」

「銅を大量に採掘するためには、より効率的な鉱業技術が必要になり、銅のリサイクル技術も必要になる。しかし、こういった物理的な困難は十分に分析されておらず、現実との間にギャップがあります」

「ですから石油や石油との混合製品は、多くの人が思うよりも長く続くと思います。ここで求められるのはエネルギーの多様化です。それこそが必要な安全保障なのです」

複雑な方程式が支配するエネルギーの「新しい地図」

――アレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏やバーニー・サンダース氏など民主党左派は競うように巨額のグリーン・ニューディールを唱えてきましたが、米国は今後どれくらい環境分野に投資していくと予想されますか? また、先日のG7(主要7カ国)サミットでドイツが提唱した「気候クラブ」については、どのようにご覧になっていますか?

「グローバルな気候の危機がありますが、エネルギー資源の転換には、それに見合うエネルギーの安全保障が必要であると各国のリーダーたちは認識しています。ドイツは風力と太陽光の最前線と言えますが、同時に石炭火力も再開した。電力が足りないからです。十分なエネルギーを現実的な価格で供給できなければ、人々は反乱を起こすでしょう」

「バイデン政権は環境政策に力を入れています。しかし一方で、エネルギーの安定的な供給には苦戦している。我々は今まさに『新しい地図』の上に生活しているのです。『新しい地図』はエネルギー、気候、政治の衝突で構成されており、現実世界ではトレードオフが生じて政策通りにはいかない。とくにウクライナ戦争が始まってから、全体を考えるための方程式は複雑になりました」

「そして、これも忘れてはいけないのがインフレです。再生可能エネルギーへの転換はインフレ傾向につながる。中央銀行はインフレを抑えるために金利を上げますが、我々は景気低迷、あるいは景気後退のリスクにも直面しています」

「しかし、やがて経済が順調な流れに戻ったときには、エネルギー転換に必要な鉱物やメタルの需要が、急速に伸びていくでしょう」

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執筆者プロフィール
ダニエル・ヤーギン(Daniel Yergin) S&Pグローバル副会長。エネルギー問題、国際政治、経済学の権威であり、インド首相から生涯功労賞を、エネルギーと国際理解の促進における生涯功績に対して米国エネルギー賞を授与されている。米エール大学で学士号、英ケンブリッジ大学で博士号を取得した。著書に『石油の世紀――支配者たちの興亡』(ピューリッツァー賞受賞)、『探求――エネルギーの世紀』、『新しい世界の資源地図ーエネルギー・気候変動・国家の衝突』などがある。
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