取り残された前線州――ヘルソンへの旅

執筆者:国末憲人 2024年6月23日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
ヴィソコピリヤ村で占領時の状況を語る村人たちと弁護士のアキーレ・カンパーニャ[右]、元知事のアンドリー・プティロフ[右から2人目] (筆者撮影、以下すべて)
ドニプロ川対岸からの攻撃を避け、整備された幹線道路ではなく敢えて悪路の田舎道を行く。「こんな道路のお陰で、ロシア軍の進撃も妨げられたんだ」と運転手が笑う。ヘルソン州は2022年11月に占領から解放されたが、ヴィソコピリヤ村の建物の内部は駐留ロシア軍の装備品が放置された混沌世界だ。「復興計画はあるのですが、戦争が終わった後になるでしょうね」と、案内してくれた行政当局者が話す。しかし、戦争は終わりそうにない。【現地レポート】

 ロシア・ウクライナ戦争は、北部から東部にかけての前線が最近、緊迫化している。

 1つの焦点となっているのは、ウクライナ第2の都市、東部ハルキウをにらんだロシア軍の攻撃である。ハルキウはロシア国境から40キロ程度しかなく、2024年5月から国境近くの町村にロシア軍が侵入し、戦闘が繰り広げられたほか、ロシア軍による住民虐殺も起きているようである。ハルキウの街自体もミサイルやドローンによる激しい攻撃にさらされ、多数の犠牲者が出た1

 東部のドネツク州でも、2024年に入ってロシア軍が攻勢を強め、要衝チャシブヤールの攻略を目指した作戦を繰り広げた。

 これに対し、南部戦線では最近、目立った動きが伝えられない。この地方では2022年2月、クリミア半島から侵攻したロシア軍がヘルソン州のほぼ全域を制圧したが、その年の11月に同州のドニプロ川西岸をウクライナ軍が奪還した。その後、ウクライナ軍はさらなる反転攻勢を試みているものの、大河ドニプロに阻まれ、状況は大きな進展を見ていない。この間、2023年6月にはドニプロ川のカホフカ・ダムが破壊されて同州が広範囲にわたって浸水する出来事もあったが、戦況を大きく変えるには至っていない。現地からの情報も、最近は少なくなっていた。

 ヘルソンは今どうなっているのか。疑問を抱いていた折りに、訪問の誘いがあった。かねて親交があるサンマリノの弁護士アキーレ・カンパーニャからだった。

壊れたままの庁舎

 アキーレ・カンパーニャは、周囲をイタリアに囲まれたマイクロ国家サンマリノの国際弁護士である。国際刑事裁判所(ICC)の法廷活動に携わるICC弁護士協会(ICCBA)の登録メンバーで、ウクライナの戦争被害者や犠牲者遺族の救済に早くから取り組んだ。戦争犯罪や人道に対する犯罪と疑われる事例約60件をこれまで調査し、その書類をICC被害者参加賠償局(VPRS)に送付した。ICCは、被害者が裁判に参加して賠償も受ける制度を設けており、ロシアの戦争犯罪を問う裁判が開廷すれば、この60例の人々もそこに加わる可能性がある。

弁護士のアキーレ・カンパーニャはウクライナの戦争被害者や犠牲者遺族の救済に取り組んでいる

 アキーレはまた、ブチャ虐殺の犠牲者遺族がロシアを対象に欧州人権裁判所(フランス・ストラスブール)に提訴した裁判も担当している。筆者との交流が生まれたのは、ブチャの被害者遺族を通じてだった。筆者が取材した遺族と、アキーレが裁判を担当する遺族が、偶然同一人物だったのである。

 アキーレの活動範囲はこれまで、ブチャやジトーミルなど首都キーウ周辺が中心だったが、2022年11月にロシア軍の占領から解放されたヘルソン州の被害も著しい、との情報が彼のもとに寄せられていた。

カテゴリ: 軍事・防衛 社会
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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