カナダがウクライナを「全面支援」するこれだけの理由

執筆者:名越健郎 2022年12月21日
エリア: 北米 ヨーロッパ
ウクライナにルーツを持つフリーランド副首相は次期NATO事務総長にも取り沙汰される (c)AFP=時事
 
G7でも対露制裁の急先鋒であるカナダには、戦間期に移住した約140万人のウクライナ系住民が暮らしている。米国のウクライナ系とは違う強力な政治的パワーとなったこの人々は、次期NATO事務総長候補とされるクリスティーナ・フリーランド副首相のルーツでもある。カナダ世論で広がるウクライナへの支援強化やNATO加盟の呼び掛けが国際世論に影響力を増す可能性も。

 ロシアのウクライナ侵攻に反発するG7(主要7カ国)で、最も反露志向が強いのが英国とカナダだ。カナダには、人口の3.6%に当たる約140万人のウクライナ系住民が居住し、ウクライナ、ロシアに続く世界3位のウクライナ人を抱える。ウクライナへの親近感が強く、ロシア軍の侵攻開始から8カ月間のウクライナ向け軍事援助は9億2000万ドルと、米、英、ポーランド、ドイツに次いで世界第5位。数千人のカナダ人義勇兵がウクライナ軍に加わっているとの情報もある。

 ジャスティン・トルドー政権ナンバー2の女性、クリスティア・フリーランド副首相兼財務相(54)は母親がウクライナ人で、キーウ大学に留学。来年交代する北大西洋条約機構(NATO)事務総長の有力候補だ。戦争の行方に影響力を持つカナダのウクライナ・コネクションを探った。

ウクライナ独立を真っ先に承認

 筆者は時事通信記者としてモスクワに駐在していた1991年11月、「米政府がウクライナ独立を承認へ――カナダ外交文書」という独自記事を書いたことがある。たまたま入手したカナダ政府の外交機密文書に基づく情報で、米政府がカナダの強い説得を受け、12月1日のウクライナ独立国民投票が可決されれば、独立を承認するという内容だった。米国がソ連第2の共和国の独立を承認すれば、ソ連邦は崩壊に向けて動き出す。

 旧ソ連15共和国のうち、ソ連邦からの独立を問う国民投票を実施したのはウクライナだけで、90%以上の賛成で承認された。カナダ政府が真っ先に独立を承認し、米政府も後に追随した。

 当時のジョージ・ブッシュ(父)米大統領はミハイル・ゴルバチョフ・ソ連大統領との友情や地政学的変動に配慮し、ソ連解体には否定的だったが、カナダが強く働きかけていた。

 ウクライナの独立投票を経て、ロシア、ウクライナ、ベラルーシのスラブ3首脳はベラルーシのベロベーシにある政府宿舎で会談し、「ソ連邦は地政学的に存在を停止した」とする有名なソ連解体宣言を採択した。今から思えば、独立国民投票実施の背後でカナダ政府が暗躍していた可能性もある。

安倍対露外交への反発

 カナダの反露志向は、故安倍晋三元首相の対露外交批判でも実感した。安倍氏の対露外交は2014年のロシアによるクリミア併合を受けて停滞していたが、安倍氏は2016年5月のソチ訪問で、「新しいアプローチ」「対露支援8項目提案」を打ち出し、ウラジーミル・プーチン大統領との首脳交渉にのめり込んだ。

 当時、在京カナダ大使館政務班の若手外交官が筆者の研究室によく来て、「安倍首相はロシアの本質を見誤っている」「融和外交ではG7の結束が乱れる」などと日本の対露外交を酷評していた。2016年は日本がG7の議長国だった。

「日本外務省に直接言ったらどうか」と話すと、「何度も働き掛けているが、聞いてくれない」と苦笑していた。この外交官は「プーチン政権が島を返すはずがない。ナイーブな日本外交は必ず失敗する」と予想していたが、安倍対露外交はその通りになった。

 来年1月から1年間、日本がG7議長国を務めるが、ウクライナ侵攻で融和姿勢を取るなら、カナダが猛反発するだろう。

米国とは違うウクライナ系の影響力

 ウクライナ人のカナダ移住は19世紀末期に始まり、2つの大戦間に政治的、経済的理由から大量のウクライナ人がカナダに移住した。欧米に近いウクライナ西部の住民が多く、反ソ・反露志向が強い。

 カナダ西部のエドモントンは人口の1割に当たる10万人がウクライナ系で、「ウクライナ文化遺産村」がある。エドモントンのウクライナ系住民は教育水準が高く、発信力もあり、両国の関係構築に貢献しているという。(「朝日新聞デジタル」、2022年10月14日)

 ウクライナの独立後、両国は「特別なパートナー宣言」に調印し、カナダは多角的な経済・人道援助を実施。ウクライナへの経済援助額は主要国で最大級だった。

 2014年のロシアによるクリミア併合と東部2州の内戦を受けて、カナダは「平和維持プログラム」に着手。カナダ軍専門家がウクライナで軍事技術指導を行い、多数のウクライナ兵をカナダで訓練した。

 22年2月にロシア軍の侵攻が始まると、カナダ政府はロシア航空機の領空通過禁止、ロシア人1000人以上への制裁発動に着手。M72ロケット砲や155ミリ榴弾砲、軽戦車などの兵器をウクライナに供与した。ロシアとベラルーシへの最恵国待遇廃止は、カナダが最初に決定した。

 NATOやG7の会議でも、カナダが英国と共に反露の急先鋒だった。カナダ軍の特殊部隊や情報機関員がウクライナに潜入し、作戦指導に当たっている模様だ。相当数のカナダ人義勇兵が戦場でロシア軍と戦っているとみられ、義勇兵の戦死や負傷のニュースもカナダで報じられた。

 カナダ議会は6月、膨大な被害を出したウクライナへの損害補償のため、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)の資産を没収して復興に転用する国内法をG7に先駆けて採択。カナダ政府は12月19日、オリガルヒのロマン・アブラモビッチ氏がカナダで所有する会社の資産2600万ドル(約36億円)を差し押さえ、没収する手続きを開始した。

 この措置は、ロシア・カナダ間の投資保護合意に抵触する恐れがあり、法廷闘争を迫られかねない。しかし、カナダ外務省は「野蛮な侵攻で利益を得た人々に圧力をかけ続ける」としており、カナダの反露外交を象徴する動きだ。

 一方、ウクライナ、ロシア、カナダに次いで、ウクライナ系人口が多いのが米国で、約100万人とされる。多くはソ連崩壊後に移住し、ユダヤ教徒やプロテスタントが多い。ニューヨーク州やペンシルベニア州など各地に分散し、米人口の0.3%。高学歴者や著名人は少なく、カナダに比べて政治的影響力はなさそうだ。

ゼレンスキー大統領のアピールに呼応

 ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は侵攻開始後、各国議会でオンライン演説を行ったが、カナダ議会での3月15日の演説は最もエモーショナルな内容だった。「カナダにいるすべてのウクライナ人に言いたい。エドモントンに大砲が撃ち込まれ、住宅街を狙い撃ちされたらどうなる。この歴史的な瞬間に皆さんの有効な支援が必要だ。あなた方がウクライナの歴史の一部であることを証明しなければならない」と檄を飛ばした。

 同世代のトルドー首相には「ジャスティン」とファーストネームで呼び掛け、ウクライナのNATO加盟や上空への飛行禁止空域設定に動くよう求めた。

 トルドー首相は5月にキーウを電撃訪問し、「カナダはウクライナ戦争でプーチンを敗北させるため全力を尽くす」「プーチンは市民に対する残虐行為を行っているが、もはや敗北するしかない」などとプーチン大統領を激しく非難した。

 カナダのアルバータ大学ウクライナ研究所のジャース・バラン前所長はカナダのメディアで、「カナダ軍はウクライナで兵士の訓練をしてきたが、欧米諸国やカナダは飛行禁止空域設定や武器援助強化などもっとできることがあるはずだ」と述べ、軍事支援の拡大を訴えた。しかし、カナダ世論で広がる支援強化やNATO加盟の呼び掛けは、戦争のエスカレーションを恐れる米、独、仏などの抵抗で実現していない。

初の女性、初のカナダ人のNATO事務総長に?

 カナダのウクライナ政策で、キーパーソンがフリーランド副首相だ。両親は弁護士で、母はウクライナ人。両親の離婚後、母に育てられた。米ハーバード大卒後、キエフ大学にも留学し、英オックスフォード大でスラブ学修士号を取得。ロシア語、ウクライナ語など5カ国語を操り、「ワシントン・ポスト」紙や「フィナンシャル・タイムズ」紙の記者として働き、モスクワ支局長を務めた。カナダ紙やロイター通信でも働き、多数の本を出版。富裕層の実態を描いた著書はベストセラーになり、多くの賞を受賞したスーパーウーマンだ。夫は「ニューヨーク・タイムズ」紙記者。

 2013年に政治家に転身し、自由党国会議員を経て2019年から副首相。20年から女性初の財務相を兼務する。

 ロシア軍の侵攻が始まると、カナダ政府の先頭に立って各種の対露制裁を発動し、G7の議論をリードした。侵攻直後、ウクライナ語で演説し、連帯を表明したこともある。開戦当初、ウクライナの首相とは連日電話で話したという。

 12月13日にパリで行われた「ウクライナ人民会議」に出席し、ロシア軍に攻撃されたウクライナの電力網修復のため、ロシアからの輸入による関税収入のうち1億1500万ドルを供与すると演説した。

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」(11月4日)によれば、2023年9月に退任するイェンス・ストルテンベルグNATO事務総長の後任として、米政府はフリーランド副首相を推しているという。「記者会見の対応がうまく、発信力がある。任命されれば、初の女性、初のカナダ人のNATO事務総長になる」と同紙は指摘している。

 NATO事務総長になれば、持論のウクライナのNATO加盟を主導する可能性があり、プーチン政権にとって最大の脅威となりかねない。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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