「メルケル後の欧州」と「中国・台湾」への不安と警鐘(2021年10・11・12月-2)

独ショルツ首相(右)の対外政策に注目が集まる ⓒEPA=時事
米国際政治学者スティーブン・ウォルトは、「ヨーロッパははたして本当に中国に対抗するつもりなのか?」と不信を示す。ただし独新政権の対中姿勢はむしろ強硬、米欧関係の乱れは修復が進んだと言えるだろう。一方で台湾をめぐる懸念は続く。宥和策への警戒のみならず、もはや台湾統一は「所与の前提」とせよとの議論も。

3.ヨーロッパのインド太平洋関与

■「本当に中国に対抗するつもりなのか?」

 アメリカやイギリス、さらにはオーストラリアがこのようにアングロサクソン諸国での結束を含めて、ミニラテラリズムによって限定的な少数国での連携を優先する背景には、ヨーロッパ大陸諸国の防衛能力に対するアメリカ側の失望が見られる。30カ国で構成されるNATO(北大西洋条約機構)においては、アメリカ一国で全体の7割の防衛費を占めており、アメリカの防衛負担が圧倒的となっている。近年では、NATO内で目標としている、欧州の加盟各国のGDP比での2%以上の防衛費支出についてその条件をクリアした国の数が11カ国まで増えており、アメリカ政府からの批判に応えるかたちで欧州諸国の防衛費支出が増大している。とはいえ、財政支出だけではなく技術革新の領域においても、アメリカと欧州大陸諸国との格差は開く一方であり、そのような現実が、オーストラリア政府が、フランスではなく、共同開発の相手国をアメリカやイギリスへと変更した背景であろう。

 とりわけ、インド太平洋地域で軍事行動を活発化させ、軍事費を増大し続けて技術もアメリカに対抗できる水準に近づいてきた中国に対して、ヨーロッパ諸国がどのように対応するかが問われている。国際政治学者のスティーブン・ウォルトは、自らの「恐怖の均衡」理論に基づいて、地球の裏側の中国の軍事的脅威に対してヨーロッパ諸国は一定程度以上の関与はしないであろうし、そのような脅威を真剣に受け止めて対抗することもないだろうと想定する[Stephen M. Walt, “Will Europe Ever Really Confront China?(ヨーロッパははたして本当に中国に対抗するつもりなのか?)”, Foreign Policy, October 15, 2021]。あくまでもヨーロッパ諸国にとっては、ウクライナ東部へのロシア軍による軍事攻撃の可能性という実在的な脅威こそが優先事項であり、ポーランドやバルト3国のようなEU加盟国の安全確保が優先されるべきだと考えられている。人権問題や、公衆衛生問題、国際貿易、気候変動などの領域では米欧間の協力は可能だろうが、それ以上のことを欧州諸国に求めることは不適切であるとウォルトは論じる。それゆえ、この論考のタイトルは、「ヨーロッパははたして本当に中国に対抗するつもりなのか?」となっている。

 他方で、アメリカで保守派を代表する外交評論家のウォルター・ラッセル・ミードも、インド太平洋地域における米軍の関与について、欧州諸国では適切に理解されていないことを批判している[Walter Russell Mead, “In Europe, Confusion Reigns About the U.S.(欧州では、米国についての混乱が続いている)”, The Wall Street Journal, October 25, 2021]。たしかに、イギリスやオランダ、ドイツはこの夏から秋にかけて、海軍の艦船をインド太平洋地域に派遣した。ただしそれは名ばかりのものであって、実際にこの地域で有事が発生した際に実質的な軍事的貢献ができるかどうかは不明である。むしろ欧州諸国はそれ以外の方法で、中国が国際的なルールを守るように説得するなど、重要な役割を有している。ウォルトとミードは、いずれも、アメリカのインド太平洋での責任や軍事的関与についての欧州諸国における理解の不足から、米欧間の摩擦や、インド太平洋政策の軋轢が生じていることを指摘する。

■欧州でも「バランシング」を戒める指摘

 インド太平洋の地政学的な変動に対して、欧州諸国の対応が不十分であるという声は、ヨーロッパ内部からも聞こえてくる。ドイツにおける代表的な外交評論家であり、アジア問題についても積極的な発言をしてきたハンス・マウルは、中国の脅威に対抗するための対応が不十分であるということを、冷戦期のヨーロッパにおける事例と比較して、次の3点から指摘する[Hanns W. Maull, “The Gaps in the New Regional Security Architecture for the Indo-Pacific(インド太平洋地域の新しい安全保障構造における間隙)”, The Diplomat, October 16, 2021]。第1は、コミットメントの欠如である。冷戦期のヨーロッパが安定と安全を維持できたのは、アメリカがヨーロッパの安全に対して明確なコミットメントを約束したからである。しかしながらクアッドもAUKUSも、そのような明確な軍事的コミットメントを示すものではない。第2には、中国の脅威に対抗するために必要なインド太平洋における多国間枠組みの不在である。第3には、主要国における、この地域の安全保障に対するコミットメントに対する国内的な支持の強さである。冷戦期のヨーロッパでは、欧州へのコミットメントに対する超党派的な国内政治的基盤が存在していた。しかしながら今のアメリカで、そして欧州主要国で、中国に対抗するための軍事関与に賛同するような明確な国内政治的基盤があるわけではない。これらのことからハンス・マウルは、中国の野心を抑止するために十分な要素が不在である問題を指摘する。重要な点である。

 NATO事務総長やデンマーク首相を務めたアナス・フォー・ラスムセンは、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙へ寄稿した論考の中で、ヨーロッパが自己満足的な姿勢を改めて、中国に対抗するためにアメリカとの提携を強めるべきだと提言する[Anders Fogh Rasmussen, “Europe’s Complacency Heightens the China Challenge(ヨーロッパの自己満足が中国の脅威を高めている) ”, The Wall Street Journal, October 10, 2021]。ヨーロッパではもっぱら、ロシアの脅威が強調される傾向が見られるが、現代のアメリカにとっては何よりも、中国の覇権を求める挑戦こそが最大の脅威と認識されている。そのような現実を直視して、アメリカがインド太平洋地域での優位性を失わないようにしなければ、そのことがヨーロッパにも巨大な負の影響を及ぼすであろうと警告する。自由主義と権威主義とのイデオロギー的な対立において、ヨーロッパは曖昧な立場であるべきではなく、また傍観者という立場で過度にアメリカに依存したりバランシングのような中立的な位置に立ったりすべきでない。ヨーロッパからのこのような警告も、重要ではないか。

 同時に、イギリスの王立防衛安全保障研究所(RUSI)のシニア・フェローを務めるオランダ人の中国専門家であるフェール・ノオウェンスは、次第にEUがインド太平洋関与の重要性を認識するようになり、9月に発表したインド太平洋戦略が示すようにこの地域への関与を深めることは価値があると強調する[Veerle Nouwens, “Why Europe’s Enhanced Military Presence in the Indo-Pacific Is an Asset(インド太平洋における欧州の軍事的プレゼンス強化が資産となる理由)”, Internationale Politik, October, 2021]。EUはそれ自体がこの地域でのメイン・プレーヤーになることはできないが、アメリカなどのこの地域のパートナーと緊密に協力することや、長期的な一貫性のある戦略を持つことで、一定の役割を担うことはできる。そのためにも、イギリスとEUが戦略を整合させるために協力分野を見出すことが重要になると指摘する。

■足並みの乱れは克服へ

 インド太平洋地域におけるEUの役割についてはこれまでしばしば批判がなされたが、現在ではEU独自のインド太平洋戦略を公表し、またよりいっそう深く安全保障領域でも関与する姿勢が示されている。国連安保理常任理事国であり、EU加盟国としてもっとも強靱な軍事力を保持していたイギリスがEUを離脱したことによって、EUの安全保障領域での世界的な役割は縮小が想定されることが多かった。しかし、今までよりもはるかに真剣に、中国がもたらす問題や脅威に対抗する姿勢が示されている。そのことは、EUの「外相」にあたる、ジョセップ・ボレルEU外務・安全保障政策上級代表が寄稿した論考でも示されている[Josep Borrell, “A Strategic Compass for Europe(ヨーロッパのための戦略的羅針盤) ”, Project Syndicate, November 12, 2021]。EUは、「戦略的羅針盤」と題する新しい安全保障協力のプロセスを2020年にスタートさせて、2022年にはそれを実行に移す予定である。EUは危機に際して、よりいっそう迅速かつ実効的に対処するために、サイバーや海洋、宇宙の領域においても迅速な対応が可能となるようなガイドラインを策定することになる。

 フランスやドイツ、オランダ、イギリスなどの諸国が、独自のインド太平洋戦略を提示することによって、個別的に推進されてきたヨーロッパのインド太平洋政策について、アフガニスタン撤退AUKUS結成などにより米欧関係の足並みの乱れが顕著となっていたが、秋から冬にかけてその修復と、連携の強化が試みられている。依然として、相互不信や調整の欠如が見られ、また民主主義サミットがもたらす成果も限定的ではあるが、中国に対抗する民主主義諸国間の連携は着実に前進しつつあると見てよいのではないか。

4. メルケル後のドイツ政治

■「戦略的自立」への警鐘も

 はたして中国のもたらす困難や問題に対して、ヨーロッパ諸国はどの程度実効的に対処できるのか。このことは、EU最大の大国であるドイツの対応に大きく左右されるといえるであろう。

 16年間もの長きにわたって首相の座にあったアンゲラ・メルケルがその座から退き、新たに社会民主党(SPD)のオーラフ・ショルツが2021年12月8日に連立政権を成立させた。はたして新しいドイツの連立政権は、メルケル政権の対外政策の基本路線を継承するのか。あるいは新しい特徴が見られるようになるのか。国際論壇ではこの点をめぐっても、いくつもの論考が見られた。

 メルケル政権で国防相を務め、一時期はメルケルの後継者と見なされた時期もあったアンネグレート・クランプ=カレンバウアーは、インタビューの中で防衛上の観点から、ヨーロッパで論じられている「戦略的自立」に警鐘を鳴らす[Florian Eder and Laurenz Gehrke, “German defense minister warns Europeans: Don’t detach from NATO(ドイツ国防相、欧州諸国に警告。NATOから離れてはいけない)”, Politico, October 21, 2021]。クランプ=カレンバウアーは、アフガニスタンからの米軍撤退を契機にヨーロッパ諸国でアメリカへの信頼が低下して、ヨーロッパが独自の軍事行動をとることへの積極的な見解が見られるようになったことに対して、否定的な姿勢である。むしろこれを契機にアメリカとの協力関係を強化することを提唱し、ヨーロッパがアメリカから離れていくことへの警告を発する。さらにはAUKUSをめぐるフランスの不満や苛立ちに共感を示しながら、フランスが米英豪3 国との対話を強化することで不信感を乗り越えていく必要があるという。重要な指摘であろう。

■厳しい対中姿勢を示しているショルツ政権

 シンガポールの南洋工科大学のリサーチ・フェローを務めるドイツ人アジア専門家のフレドリック・クリームは、新しく成立することが想定されていた「信号機連合(SPD、緑の党、自由民主党=FDP=各党のイメージカラー3色の組み合わせがこのように称される)」において、メルケル政権よりも強硬な対中政策が示されることを予期し、それによってドイツがアメリカやイギリスなどと積極的に協力関係を構築できると見通している[Frederick Kliem, “Germany set to toughen China stance under new coalition(新たな連立政権のもと,ドイツは強硬な対中スタンスへと向かう)”, NIKKEI Asia, October 3, 2021]。これまでのメルケル政権はどちらかというと、経済的な利益を重視する観点から、中国との関係では過度に強硬になることを回避して、アメリカとは一線を画する政策を示してきた。しかしクリームは、ドイツにおける中道左派政権の成立によって、米欧関係が今後強化される可能性を見通している。実際、ショルツ内閣が組閣されてからは、そのような傾向がしばしば見られるといってよい。

 欧州外交問題評議会(ECFR)の研究員であるヤンカ・オルテルアンドリュー・スモールの2人による「ドイツの新たな中国政策」と題する論考は、これを具体的に示している[Janka Oertel and Andrew Small, “Germany’s new China policy(ドイツの新たな中国政策)”, European Council on Foreign Relations, December 8, 2021]。「信号機連合」の3党連立政権の連立協定を見ると、対中政策をめぐって台湾の困難な情勢や、新疆における人権侵害、香港における民主化の抑圧など、中国に対する厳しい姿勢が見られる。また、ドイツの経済界においても従来とは異なり、ここ2、3年で中国に対する見方が大きく修正されたことが指摘されている。連立協定では、ドイツの主要なパートナーとしてフランスとアメリカがあげられている。両国ともに、近年厳しい対中政策を展開していることからも、ショルツ政権の下でドイツがそれらと乖離した対外政策を示すことは考えがたい。このように、依然としてドイツ新政権の外交方針は明確ではないものの、メルケル政権と比較して新しい中道左派政権が過度に親中路線となることはなさそうな見通しだ。

5.台湾防衛は可能か

■米の「建設的な戦略的明確さ」を歓迎する台湾

 国際論壇においてもっとも緊迫感を持って取り上げられている論点は、台湾防衛である。中国が攻勢をしかけ、かつてない水準で台湾への圧力を強める中で、はたして台湾を防衛することが可能かどうか、またアメリカがどの程度台湾防衛へと明確なコミットメントを示すべきかをめぐって、さまざまな議論が見られた。

 10月28日の中国の『環球時報』紙の社説では、「米軍の台湾駐留は越えてはいけないレッドラインだ」と題して、もしも米軍が台湾駐留を決定すればそれは一線を越えたことになり、中国はいずれ台湾に武力で制裁を加えねばならないと警告を発する[「社评:美军不得驻台,这是不可逾越的红线(社説:米軍の台湾駐留は越えてはいけないレッドラインだ)」、『环球网』、2021年10月28日]。これは、台湾の蔡英文総統がCNNとのインタビューで語った内容をもとにしたものであり、そこでは訓練目的で米軍が台湾に駐留したことを初めて明らかにした[「總統接受『美國有線電視新聞網』(CNN)專訪(総統はCNNのインタビューを受けた)」、中華民国総統府、2021年10月28日]。この社説では、そのような米台の行動が「サラミ戦術」として現状変更を企てる試みであり、戦争を誘発する危険な行為であると論じる。中国の反国家分裂法に基づいて、そのような状況を放置するわけにはいかず、軍事力を用いて台湾の独立を阻止しなければならない。同時に、この社説は「短期的な政治ショーに流されてはいけない」と論じることで、中国の世論が加熱して政府へと軍事行動を求める圧力をかけるような状況を抑制しようとする要素も受け止められる。そして「民進党当局は袋のネズミであり、ネズミが袋を敢えて破ろうとすれば、死ぬのはネズミである」と喩えている。

 他方、中国政府からの圧力が強まる中、台湾政府はアメリカの台湾へのコミットメント強化を歓迎している様子である。台湾国防部系の国防安全研究院国防戦略与資源研究所所長の蘇紫雲(Su Tzu-yun)とのインタビュー記事で、緊張感が高まっている台湾海峡へのアメリカの対応は、「建設的な戦略的明確さ」と解釈できると論じられている[「专访:美国对台战略趋清晰 台湾四个月兵役已够(インタビュー:米国の台湾戦略が明確になりつつある 台湾の4カ月の兵役は十分)」、『德國之聲』、2021年10月28日]。実際に、CNNでの蔡英文総統のインタビューでは、慎重に言葉を選んだ上で、台湾における米軍の存在を表明して、それを「station」(駐留)でも「residence」(駐在)でもなく、「presence」(存在)と表現した。後に訂正されたとはいえ、アメリカには台湾を防衛する責務があるというバイデン大統領の発言は、「建設的な戦略的明確さ」を示したものとここでは論じられる。中国政府の米台双方への反発と牽制、さらにはその後の軍事的圧力の増強と危機の高まりの背景には、このような動きが見られる。

■「抑止は平和を担保するが、宥和は必ず戦争に帰結する」

 アメリカの台湾に対する軍事的関与の明確化がこのようにして危機を回避し、戦争勃発を防ぐと論じるのは、エルブリッジ・コルビーである。コルビーはトランプ政権で国防次官補代理を務め、アメリカのインド太平洋戦略の策定に重要な役割を担った。コルビーは10月27日付の『ウォール・ストリート・ジャーナル』へ寄稿して、台湾や日本が防衛力を強化することで抑止力を高めると同時に、アメリカが台湾の防衛能力を向上させるためによりいっそうの関与を行うことこそが、中国を戦争という手段に訴えさせない最善の方法だと論じる[Elbridge Colby, “The Fight for Taiwan Could Come Soon(台湾を守る戦いはすぐそこかもしれない)”, The Wall Street Journal, October 27, 2021]。さらに12月2日付の『ナショナル・レビュー』紙における「アメリカは台湾を防衛すべきだ」と題する論考の中でより明確に自らの見解を提示しており、台湾防衛は中国のアジアにおける覇権確立を阻止するために不可欠な前提条件であり、それはアメリカの国益でもあると論じる[Elbridge Colby, “The United States Should Defend Taiwan(アメリカは台湾を防衛すべきだ)”, National Review, December 2, 2021]。また、対中抑止のためにアメリカ単独では不十分であり、コルビーは台湾や日本などとの提携を強め、アメリカが中心となって「反覇権連合」を結集させる必要を説く。

 このような主張は、オーストラリアの元国防次官で、現在はオーストラリア戦略政策研究所の事務局長を務めているピーター・ジェニングスの論考にも見られる[Peter Jennings, “Stronger deterrence will avoid war over Taiwan(より強い抑止は台湾での戦争を避ける)”, The Strategist, October 18, 2021]。ジェニングスによれば習近平は台湾を制圧することが可能となるように人民解放軍を配置しており、それが実現可能になるまで台湾は3年、アメリカは6年と見積もっている。ペンタゴンにおける机上演習では、台湾をめぐる戦争が勃発した際には、アメリカが敗北することが想定されている。このことがよりいっそう、中国の挑発的で冒険主義的な行動を可能としているのであろう。

 ジェニングスは、なんとしても台湾をめぐる戦争の勃発を防ぐ必要があると論じており、そのためには戦争を勃発させることへのリスクとコストに関する習近平の計算を変えることだと論じる。すなわち、どこまで台湾軍、米軍、そして自衛隊で強力な抵抗を示すことができるかによって、抑止力を高め、習近平による冒険主義的な決断を抑制し、回避することができるのである。日米豪の3国間の協力を強化して、さらには台湾政府の主張に国際社会が耳を傾ける機会が増えれば、中国政府にとっては戦争という選択肢がより難しくなるであろう。ジェニングスによれば、北京が台湾を統一するという願望を諦めることがないのは明らかだが、軍事行動のコストが著しく高いと認識するようになれば、そのような決断を将来の世代に委ねることになるであろう。抑止は平和を担保するが、宥和は必ず戦争に帰結するというジェニングスの主張は、上に述べたコルビーの議論とも繋がっている。また、実際に蔡英文総統がCNNのインタビューを受けたり、『フォーリン・アフェアーズ』誌において台湾の民主主義を守るために国際社会が結束する必要を説いたりしていることは、それだけ中国からの圧力が増大していることの証左でもあるのだろう[Tsai Ing-wen, “Taiwan and the Fight for Democracy: A Force for Good in the Changing International Order(台湾と民主主義のための戦い:変化する国際秩序における善の力)”, Foreign Affairs, November/December 2021]。

■台湾統一を「所与の前提」とする議論も

 とはいえ、そのような緊張が高まる中で、あえてアメリカが台湾防衛を行うべきではないと主張する議論も見られる。バーミンガム大学のパトリック・ポーター教授は、中国の台湾統一の意思は揺るぎなく、意思は堅固であり、抑止は難しいと主張する[Patrick Porter, “The United States Should Not Defend Taiwan(アメリカは台湾を防衛すべきではない)”, National Review, December 2, 2021]。むしろ、台湾防衛よりも、アジアにおける中国の覇権確立を阻止することに注力するべきだと論じる。ポーターによれば、「中国にとっての台湾は、アメリカにとってのテキサス」のようなものであり、国内政治的な理由からも容易に退却することは不可能だ。中国が台湾統一を明確に希求している以上、対中抑止が成功する可能性は低く、戦争の危険性からもアメリカ国内で台湾関与からの後退や、アジアへの軍事駐留からの撤退を求める声が強まるだろうと論じる。いわば、ポーターは、中国による台湾統一を所与の前提として、それ以外の領域で中国の覇権に対抗する必要を説いている。

 はたして、台湾情勢をめぐり今後中国政府とアメリカ政府はどのように動くであろうか。また台湾は次の総統選挙を通じて、どのような指導者、そしてどのような対中政策を求めるであろうか。依然として不透明な領域が大きいながらも、台湾情勢をめぐり米中間の緊張が高まる中で、台湾に近隣する日本はそれらに無関心、無関係でいることはできないのではないか。 (10・11・12月、了)

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)
米中対立が熾烈化するなか、ポストコロナの世界秩序はどう展開していくのか。アメリカは何を考えているのか。中国は、どう動くのか。大きく変化する国際情勢の動向、なかでも刻々と変化する大国のパワーバランスについて、世界の論壇をフォローするアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の研究員がブリーフィングします(編集長:細谷雄一 研究主幹 兼 慶應義塾大学法学部教授)。アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)について:https://apinitiative.org/
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